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休日日課を利用してWikiのカスタマイズ.
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オペレーション会議.
ResponsibilityかAccountabilityか...会議が長引くわけだ...やれやれ
本当直.
今回の昭和基地再訪でたくらんでいた「計画その2」を一応完了した.これは,昨日からの当直業務で「どうせ本業に専念できないなら,これをやろう」とかねがね思っていたもの.
13年ぶりの昭和基地の第一印象として,その変貌ぶりと醜悪さが心に残ったことは昨年末にすでに書いた.その代表例は,完成当初には設備が必要十分に機能的にまとまっていた管理棟食堂が,これまでの13年間にそれぞれの隊が実施してきた内部設備の配置換え・追加・改装の積み重ねによって,雑然としたものに変わり果てていたことである.そこを,今回の越冬中に,自分の出来る範囲でなんとかしたい,というのがたくらみの動機.
管理棟食堂を雑然とした印象にさせている主要因は,私にいわせれば,食堂の場当たり的な使い方や物品の配置ということに尽きる.例えば,新しい物置台が作られていたり,AV機器の配線が追加されていたりするのだけれど,配線はむき出しスパゲティのまま放置され,どれがどれにつながっているのかを追うのさえ難しいし,物置台もその場にあったものを適当に並べてあるだけだったりして,本来の組み合わせが無視されていたりする.イベントのために臨時に作ったと思われる設備がそのまま使いっぱなしで残されていたりするのは最悪.
もちろんそれらが追加されたり変更されたりしたのにはそれなりの理由があったのであろうが,その意義には必然性が感じられないものも多い.それだけに,年月がたつに従って,その本来の意義が薄れ「そこにそうあったから」というただそれだけの理由で,根本的な吟味もなく惰性的に使われ続けていくことにもなる.最悪の場合は,全く別の用途に(しかもそれを使うのに最適とはとても思われない状況で)使われている物すらある.センスもへったくれもあったもんじゃない.
特に私が残念に思ったのは,食堂の北東角にある大陸と海氷が見渡せる窓が,無惨にも本棚の裏に隠されてしまっていたこと.この一角は,北向き(北半球で言う南向き)と東向きの窓が隣接する非常に明るい場所で,食堂の本来の雰囲気作りに大きく貢献していた一角であった.前回の越冬時には,薄暗い旧食堂を実際に体験してから管理棟食堂に引っ越したということもあって,新管理棟の誇るべき明るい環境を具現する一角として隊員の間でも人気の高い場所だった.実際,少しでも明るさを生活空間に取り入れることは,長く暗い極夜期を過ごす越冬隊の精神衛生上も重要な要素となる.
まあそんなこんなで,夏宿滞在期からずっと,昭和基地醜悪化解消プランの第一段として位置づけてきたのが,この「明るい一角」を取り戻すことなのである.
具体的な作業の段取りとしては,窓を覆っていた本棚をどこかへ移す必要がある.そのため.まず本棚の移設先を作ることから始めなければならない.あいにく,この本棚はすでに食堂の備品として登録されているので,どこかの観測棟へ持って行くわけにもいかない.そこが思案のしどころであった.
今回の当直の日をにらんで越冬交代後から念入りに食堂の調査を重ねてきた結果,移設場所は意外に容易に作り出せることが判明した.つまり,雑然と散らかっていたり,無作為に配置されているものを,合理的・機能的に再配置すれば,いくらでもスペースはできてしまうのである.これは一石二鳥.
結局,不要物品の廃棄や使用目的に合わせた物品の再配置によって,めでたく隠されていた窓を復活させることに成功した.
これにはオチがある.本棚をよけてみてようやく再会した私のお気に入りの窓は,実はガラスにひびが入っていたのである.
南極のブリザードは,どんな小さな隙間にも雪や砂を潜り込ませてしまう.もし,窓ガラスが致命的なダメージを受けていたとしたら,モロに強風を受ける位置にあるこの窓はとてもそのような環境には耐えられない.しかし,これまで,この窓から食堂に雪が吹き込んだという報告は聞いていない.幸い,管理棟の窓ガラスは,断熱性と強度が良いペアガラスになっていて,ヒビが入っていたのは室内側のものであった.そのため,これまでも問題なく使えてきたのだろうと思われる.
ここで,これだけ条件の良い窓をわざわざ本棚で封印してしまったのはなぜか,それはいつからなのかという疑問が残る.単に場当たり的に「ここに置こうか」として配置したのであれば,そのセンスのなさこそ昭和基地醜悪化の根源となるものだろう.
さらにガラスのヒビとの関連で推理をすすめると,そのヒビを隠すために応急処置として本棚を置いた,ということも考えられる.それならば,ヒビの入ったガラスを報告もしないで放置しておいたのはなぜか,という疑問が残る.本棚で隠してしまうことで,とりあえず人々の視界から厄介者が消えるのだが,逆にその記憶が薄れてしまって,しまいには放置されるに至ったという可能性もある.これもまた,一年に一度は必ず住人が入れ替わる昭和基地では,醜悪化がすすむ致命的な要因となる.
もう一つの可能性は,本棚を設置した時にはガラスは無傷であったが,裏に隠されていたために,なんらかの衝撃でヒビが入ったことが認識されずにここまできた,というものである.まあ,これならなんとなく許せるような気もする.けれど,一番条件の良い窓をつぶしてしまうというセンスはやっぱりいただけないし,知らないうちに危険な箇所が産まれていくという問題にもつながる.
いづれにしても「明るい日差しのコーナー」は復活した.ヒビは透明テープで補強する程度ですみそうだし,次に来る隊へ交換用のガラスを持ってくるように調達参考意見を出すこともできる.窓の復活作業をやって良かったと思う.本棚の移設スペースを作る過程でそのほかの物品も少しはより機能的に配置しなおせたとも思うし...
私が,当直業務のかたわら,食堂で一日せっせとやっていた作業を見ていた調理隊員が,「そういうことが気になるのは年寄りになった証拠だね」と言っていた.この,気が置けない越冬仲間の褒め言葉とも皮肉とも悪口ともつかないお言葉に「たしかにな」と自分でも妙に納得してしまったのは,ちょっと悲しいカナ?
また,これが何の権限もないヒラ隊員が独断で決行できる改革の限界かもしれないし,当直の本来の業務でもあるような気もする.今の当直の多忙さでは,そこまで気をまわす余裕すらなさそうなのも問題なのかもしれない.
毎日の雑用係としての当直業務は内容が多岐にわたるので,その日一日はほとんど自分の仕事にならない.それ以上に,仕事を覚えるのがたいへんなので,最初の一巡は翌日の当直とペアで徒弟制度をとることになっている.今日は,明日の本当直に備えて見習いの日.
午後,観測部会.
やっぱり業務時間内は仕事にならず.当直業務後,深夜まで自分の仕事を片付ける.
自分が管理する環境科学棟で火災発生.無線機と火災報知器を使って自分で通報し,消火器で初期消火にあたり,その後,ホースを使った本格的な消火活動を行う.私は筒先担当なので,酸素ボンベをしょってその上に銀色の防火服を来て,圧力のかかった筒先を火もとに向けて放水.
ということで,今日は月一で実施される昭和基地の消火訓練.火災報知器のボタンを押すのは生まれて初めての体験.「押してはいけない」と思いつつ,つい押したくなる,あのボタン.シナリオに沿って「予定時刻になったら通報するように」と言付けられていたとはいえ,ボタンを押すときはドキドキであった.
昨夜の吹雪は日中も続き,越冬開始後初の外出注意令がでた.管理棟内でWikiにせっせとえさをやる一日.
夕刻になって注意令は解除されたが,結局これが今次初ブリと認定された.クラスはB.13次隊からの記録によれば,この日に初ブリを迎えているのは,24・36・38次で,半分ぐらいは2月中に来ている.
隊によってはブリに名前をつけていたけど,今回はどうするんだろう.前に越冬したときには,その日の新聞担当者に命名権があったっけ.
| 視程 | 風速 | 継続時間 | |
|---|---|---|---|
| A級 | <100m | ≧25m/s | ≧6時間 |
| B級 | <1km | ≧15m/s | ≧12時間 |
| C級 | <1km | ≧10m/s | ≧6時間 |
大安吉日の今日,我々47次越冬隊は「越冬成立」を宣言した.
この宣言は,実際に来年しらせが迎えに来るまで帰国しないでここにとどまる決意を意味する.成立式で越冬隊長が隊員一人一人の名前を読み上げ,それへの返事をもって,各自の決意を確認した.2月1日に越冬交代は果たしたものの,宣言前までは,ここで越冬する条件が整うまでの準備・確認期間であったわけだ.
越冬成立と同時に,いよいよ今次隊の3本柱のプロジェクトの一つでもある我々地形グループの三浦プロジェクトが本格的に活動を開始した.まずは,機械隊員に手伝ってもらって,夏オペで陸揚げされっぱなしになっていた秘密兵器の一つの組み立て.
左右を取り間違えるとかボルトの孔が合わないとか,一筋縄ではいかなかったが,3トン近い巨大なアトラクションをなんとか組み上げることができた.
夜半より地吹雪.仕事していた環境科学棟が揺れ出した.ブリになる前に居住棟へ帰らないとヤバイ.まだ管理棟が見える視界なので,仕事帰りの命綱のついでに自分が管轄の区間のライフロープでも張っておこうか,と思って実際にやってみたら,ちょっとした不備を発見.担当者に報告しておこう.
昨夜は結局徹夜.早朝,環境科学棟のソファでうたた寝していて,異常な寒さで目が覚める.あとで気象隊員に聞いたら,今次初めてマイナス10度を切ったのだとか.でも,寒いのが当たり前の南極にいてこの程度の気温で寒がっていては,札幌の妻子に笑われてしまう.
我が電子昭和基地こと「昭和基地Wiki」は順調に成長している.「観測隊Wiki」ではないところがミソ.これまで連絡書類をもらうのが苦痛だったけど,Wikiで整理する体制が形になってきて,なんだかペットにえさをやる感じで,どんどん入力する資料が欲しくなってきた.
そんなことをやているうちに,日本から学会の仕事がやってくる.ネット時代の越冬は,決して離してくれないことをようやく実感.
夕食後,初めての映画上映会.