職場訪問その1

研修日課の土曜日.職場訪問の一回目.気象棟・地学棟・電離層棟を回る.

研修日課ってのは私が独自につけた名称で,通常日課と休日日課の中間的な日課.本来ならば週休二日・祝祭日休養,といきたい所だが,昭和基地ではそうも言っていられない.三度の食事の用意は必要だし,発電機も止まっては困るし,定常観測業務は毎日ある.天候次第で,やれるうちにできることをやっておかなければいけないことも多いのだ.それで,今のところは,祝祭日は基本的には通常日課とし,隔週で土日が休日日課,その間の土曜日は,全体で作業や教養行事を行う日に当てられている.それを研修日課と私は呼んでいる..

さて,今日は天候もそれなりに悪く,研修日課としてはこころおきなく研修できる日和となった.普段は自分の仕事場ぐらいに行動範囲が限られている隊員にとって,それぞれの職場で何をしているのかを知っておくことは,安全上でも相互理解の上でも昭和基地の生活にとって重要なことなのである.そういう理解を深める機会として,どの隊でも職場訪問を実施することが恒例となっている.

今日回った三つの観測棟は,基地の西側に並んで建っているので,その都合もあって,初回の訪問先となった.たまたまかどうか分からないが,これらの棟はどれも初期の頃から継続して定常観測業務を行っているという共通性がある.

気象棟は気象庁,電離層棟は旧郵政省通総研が派遣母体で,文部科学省とは異なる省庁の出先機関みたいなもの.残りの地学棟は,海上保安庁と国土地理院,そして極地研の地圏部門が実施している定常観測の基地内本拠地になっている.今次の場合は保安庁も地理院も観測系越冬隊員がいないので,私や地物定常の隊員が地学棟を拠点とする定常の仕事をしている.今次ではさらにプロジェクト研究組も地学棟に入っていて,スペースの配分からいうと,現状ではこちらの勢力が優勢である.

さすがに気象棟も電離層棟も派遣母体を核にしてまとまているだけあって,観測環境が機能的に配置され,代々引き継がれて整備されてきた様子がうかがわれる.居心地も良い.

一カ所一時間の滞在時間が割り振られていた.最初はちょっと長いかな,と思ったけれど,意外に時間がたつのが早かった.


脳内シミュレーション

今日は一日中風が強い.11倉庫前を片付ける予定は中止.

パソコンの前に座って,札幌にいる自称「移動局410号」に指令を送って,秘密のミッションをゴニョゴニョと...ようやく成功にこぎ着ける.410号お疲れ様.

午後,隊長室で年間の安全対策スケジュールを協議.

朝日新聞の「ひと」覧に100万年氷床掘削の立役者「本山さん」が載っていた.記事そのものは簡潔だが,越冬記者の手による文章だけあって,ドーム計画に人生をかけてきた人物の紹介としてはなかなか的を得ていると思う.

一昨日には,47次同行者のジャーナリスト柴田さんの記事も載っていた.こちらの方は今月初めの記事に続く後編で,しらせ退役後の観測隊のありかたについて提言されている.内容は白石隊長の考えそのもののような気がするんだけど,私の理解が間違っているかしら?

自前の砕氷船が来ない年,ここまでふくれあがった巨大な昭和基地をどう維持し,重要な観測をどのようにとぎれさせずに続けていくか,という問題は結構深刻である.私自身,実際に昭和基地で生活しながら,もし今,人員は今の半分で,物資はこれまでの備蓄だけを頼りにしてやっていけ,と言われたらどうするだろう...などと折に触れ,脳内シミュレーションを繰り返している.

仕事場に行くたびに横切る発電機.これが止まったら基地の内部はすぐに凍りついてしまうだろう.内部の循環系も常時監視が必要だ.常に様子をみていなければ異常な値を出してしまったり,センサーがいかれてしまったりしてしまう最新の精密観測機器はいっぱいあるし,一度電源を落としてしまったらちゃんと再起させられるかどうか不安のある年代物の電子機器も少なくない.

人間の場合,極限の環境下におかれた時,まず指や手足などの端々から機能を切り捨てていって,最後に内臓と脳を維持するようにできているという.この昭和基地も危機的状況に際してそんなふうに対応できるのだろうか?もし指や手足のように切り捨てられる箇所があるとしたらどこだろう?そして,一番最後まで守らなければならない内臓や脳に相当するのはどこなのだろうか?そもそも昭和基地は,そのように機能的に考えられて作られているんだろうか?はたまた,そんな状況で越冬する隊員の負担はどんなだろう?そんなことを考えている.

脳内シミュレーションなら国内でもできるけれど,南極の強風が壁を揺らす音を実際に聞きながら考えていると,そんなに簡単なことじゃないな,とつくづく感じて,今のうちにストイックな最低限の要素で昭和基地の生活を実践してみようか,なんて提案してみたい衝動に駆られてしまった.


偵察

コーナーリフレクタの設置場所がなかなか決まらない.夏オペ中に報告した候補地はチャラになって,別の場所を探すことに.

GPSをもって次の候補地周辺をさまよう.ちょっと吹雪ぎみだったけど,なんだか気持ちが落ち着く散策気分. 適当に持ち出したGPSのバッテリーが切れた.おまけにデジカメの調子が悪い.もう一度出直しだな,ということで基地へ戻る.

こんな天気の中でも測量に精を出す隊員がいた.ご苦労様.


定例の

imageがちがちに凍り付いた潮汐観測GPSブイを引き上げる.月に1-2回のペースでバッテリーが持つ間だけ計測しているので,定期的に設置と回収を行わなければならない.ブイという名がついているけれど,南極の海表面ではご覧のように凍り付いてしまうので実際にフロートが機能しているのは夏の間の2-3ヶ月だけだ.

今回で,もうブイの役目を終えてもらうことにした.次回からは,直接海氷の上にアンテナを置いて観測する予定.

自分でも過去に,海氷に覆われた海での潮汐変動に関する論文の共著者になったこともあるんだけど,実際のところ,このGPSで潮汐モニタリングする有効性については疑問が多いんだよねぇ...その割りには危険も多いし労力がいる...頼まれた仕事だから誠実にこなすつもりだけれど,研究者としてちゃんと内実を聞いておけば良かった.


カシミール

ルートの策定やナビゲーションに使うGPS.これと地図とをうまく融合させられるのがDAN杉本氏作成のカシミールという優れたソフト.これがフリーで配布されているんだからすごい.当然のごとく,ここ昭和基地でも大いに活用されている.

このソフトに最初に出会ったのは大学生のころに始めたパソコンネットの山のフォーラムでのこと.当時はインターネットじゃなくて,電話回線でホストコンピューターにつないで,そこに登録されている記事というか書き込みというか,そういうのを読む形式だった.単なる意見交換だけでなくて,参加者が作ったソフトやデータも交換されていた.

私も丁度卒論で,地形のデジタルデータを使った解析を手がけていた頃で,地図からせっせとデータを読みとってパソコンに入力していた.今で言うGISのはしりみたいなことをやっていたわけ.せっかく作ったデータだからみんなにも使ってもらおうと,このパソコンネットにも卒論で作ったデータを公開していたこともあった.そういうデータやソフトがを集めてネット仲間でCDを出版したこともあって,その中に私のデータも入れてもらったこともある.そういう集まりの中に「カシミール」の作者もいたわけだ.だからDAN氏は他人とは思えない人なのである.

あいにく,カシミールはWindowsのソフトなので,Mac使いの私は日常的に触れる機会はこれまでなかったけれども,「すごいことができる」ということで,唯一Windowsを使いたくなるソフトだったし,今でもそうである.

ということで,フィールドアシスタントと野外好きの他の隊員に頼まれて「カシミール」とGPSの使い方についてレクチャーを行う.登山家のFAはカシミールをすごく気に入ってくれたみたい.やっぱり山屋の心をくすぐるソフトだよね.これ.Mac版ができないかなぁ...


潮汐観測装置

あいかわらず風が強い.このまま冬になっていくのかなぁ...

LSバンド衛星受信の国内担当者から連絡有り.音沙汰がないと思っていたら,冬訓に行っていたのね...

海上保安庁から委託されている潮汐観測装置のメール通知設定を変更.その後エラー.設定を変更してまたエラー.どうもソフトのバグのような気がするが,今後この対応に追われそう.

衛星受信にしても潮汐にしても観測隊の中では「モニタリング観測」の部類に入る.長期的に絶え間なくコツコツと積み重ねることに意味のある観測である.すぐには大発見や成果にはつながらない.成果を出して業績をあげることに追われる巷の研究者はこういうのを嫌う傾向にあるけれども,そこから見えてくるものも沢山あって,大発見につながった観測もあり,重要なことだ.

個人的には,かねがね,こういうモニタリング観測が重要だということを思ってきたけど,自分自身でそれに深く携わったことはなかったもしれない.

今回の越冬では,一発勝負のプロジェクトも抱えているが,モニタリング観測の一端を担えることに,ちょっと誇りを感じたりもする.

まあ,本質的なところは観測システムの維持・管理ということで,こういうのは講座の運営やサーバー管理にも似ているし,国内でも日頃からやっていたことなんだけどね.

教育というのも,こつこつと積み重ねることが重要なわけだし,なにかをずっと見つめ続けて維持・運営していく下積みのないような研究者は大学教員には向かないかもしれんよ.


強風

晴れているけど20m/sの強風.休日の岩島遠足は中止.

LSバンド衛星受信用のワークステーションのユーザー領域が一杯になっている.国内でも監視しているハズなのに,しかも連絡を入れているのに音沙汰がない.結局,独自に不用だろうと思われるファイルを別領域へ移し,DVDにバックアップをとって削除.結構時間がかかる.


カーリング大会

image土曜日休日日課.凍った第一ダムの上でカーリング大会.

石のかわりにフライパンやボールに水を張って凍らせたものを使う.日中はちょとだけプラスの気温.暖かすぎてうまく滑らない.夕刻から強風が吹き出した.


もったいないおばけ

image「何か使いたい物があればそこにに行けば見つかる」と観測隊で言われている建物がある.11倉庫だ.

建築資材の余りや予備品など,とりあえず使わないものや厳密な数量管理を要しないものなどが詰め込まれている.これも来次隊で取り壊されるらしい.

南極の環境保全にからんで昭和基地のゴミが問題視されているが,ここ数年はゴミ持ち帰りプロジェクトを推進して,かなりの量を持ち帰っている.我々もその使命を帯びている.基地の周辺がきれいになっていく様子はまさに「Before/After」の世界.

11倉庫周辺の物資は必ずしもゴミではないのだけれど,美観を損ねていることは確かだし,このまま使われずに朽ち果てていくだろうと思われる「ゴミ予備軍」が多いのも確か.ということで,本日,手空き総員で,この11倉庫の前にある資材置き場の不要物品を整理した.来期の取り壊し作業を円滑に行えるよう,雪が付く前に整理できる物からはじめておこう,という意図.

ほとんどが夏オペで余った資材や予備の物品なので,判断しながらより分けるという手間なく,どんどん廃棄物用コンテナに詰め込む単純作業.といっても,ほとんどが長物であるため,コンテナに収まるサイズに切り刻まなければならない.これが結構大変.

往年の資材が蓄積しているかなと予想していたが,意外にも大抵のものは前に越冬したときよりも新しかった.昭和基地の更新建築ラッシュと言われた時期の物品はそんなにない.むしろ,更新ラッシュが落ち着いた後のものが多い感じ.

南極には通貨はない.持ってきたものが全てだ.だから,「もったいない」という心理が強烈に作用する場でもある.そのため,時代遅れになったり朽ち果てそうになったりしているものすら,次の出番を期待されながら大事に保管されている.

基地の環境が整備された「建築バブル」が過ぎ,また現代的な素材や工法が導入されるなどの技術の進歩に伴って,残置物資の価値は下落した.不良債権の増大とそれにつづく物資デフレである.

かつては,限られた物資の中で創意工夫して,ない物を作り出しながら越冬する,というのが南極観測の醍醐味の一つだった.もちろんその精神は今でも生きていると思うが,使えないものをいつまで残しておいても仕方がない.「もったいない」精神で残置されたものが不良債権化するサイクルは非常に短くなっている.

11倉庫周辺の片付けをしながら,隊員の口々から,「もったいないおばけが出そうだよね...」「あのへんに異様な霊を感じるんだけど...」なんて冗談がとびだしていた.

なんとも複雑な気分.


性善説

天候は回復したがあいかわらず風が強い.

昨年の丁度今頃,昭和基地周辺の海氷が流された.現在の海氷動態のトレンドを把握し今後の対策を練るため,NOAA画像を詳細に検討する.ついでに,WikiのえさにNOAA画像を食べさせることにした.

そのほか,教養・娯楽のためにネットを活用すべく,サーバーに仕掛けを施す.これにしてもWikiにしても出来映えは上々.一般にも公開して活用事例として示したいくらい.

といっても,改ざんや不正使用への対応は甘々.札幌の研究室でサーバーを管理するのとちがって,ここ昭和基地では外部からの侵入などを考えなくてよいので,設定が非常に楽なんである.これも,隊内の運営が性善説で成り立っているからこそできること.


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