GPSブイ

潮汐変動をみるためのGPSブイ設置.引継ぎを兼ねて1月分の観測とする.

image盛夏には開水面になっていた検潮所前の海面も,ここ数日の冷え込みで再凍結しはじめている.人が載るには薄すぎるし,ボートで行くには厚すぎる,やっかいな氷り具合.しかたがないので,ピッケルで氷を割りながらボートを進めることに.

image「しらせ」ならいざしらず,人力砕氷ではいつまでたっても進まない.そこで作戦を変更して,ブイを係留するのにつかうアンカーを前面の氷に投げ込んで,そのロープを引っ張って,氷の上をボートで滑っていくことにした.これが大成功.

imageということで,ようやくGPSブイの投入に成功.私は岸で指示していただけ.ボート組の二名,お疲れ様.

午後,越冬中に管理する予定の「環境科学棟」の引継ぎ.相手は46次越冬隊長.

私は34次で越冬経験があるものの,前回は地学棟の住人だった.気水圏の隊員も環境科学棟に同居することになるが,彼はまだドームにいる.環境科学棟は昭和基地の中ではウェット・ラボとしての性格を有する観測系の建物.従来,生物部門の隊員が使ってきたが,今次では生物の越冬隊員がいない.ということで,環境科学棟のことはほとんど分からないというのが現状.渡邉越冬隊長は生物が専門で,今回が4回目の越冬.環境科学棟は渡邉さんにとっては思い入れの深い建物である.

夕刻,まもなく越冬を終えて帰国の途につく46次隊への謝恩会を開催.夏作業を通じて,すっかり顔なじみになった前次越冬隊に料理をふるまう.


いい話

Shaw教授からのメールには,いくつかの最近出た論文の紹介があった.氷底水流派にとってはどれも歓迎できるものばかり.

特筆すべきなのは,かのRechard Alley博士が,氷底水流が気候変動に及ぼす影響について前向きの仮説を発表していることである(”R.B.Alley, T.K.Dupont, B.R.Parizeka, S.Anandakrishnan, D.E.Lawson, G.J.Larson, E.B.Evenson (2006) Outburst flooding and the initiation of ice-streamsurges in response to climatic cooling: A hypothesis. Geomorphology”).まだin pressらしいのだが,電子ジャーナルサイトにはすでに掲載されている模様.

ついに気候変動研究の大御所も氷底水流派になったか...しめしめ...

この論文では,主に西南極の研究成果を元に仮説が展開されているのだが,東南極についてはあまりふれられていない.私,そしてJARE47越冬地形隊三名が満を持して臨む三浦プロジェクトの意義はますます重要性をますとともに,成果次第では一躍一線に躍りでるチャンスも残されている.

土木作業と飯場生活で論文読みからすっかり遠ざかっていた脳には,非常によい刺激になった.Shaw先生ありがとう.


天国の天使

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日中は島内一斉清掃の二回目.今回は3時間ほどかけてAヘリポート周辺のゴミを拾う.夕食後,残業をして,VLBI観測に使う水素メーザー用のUPSのバッテリー交換を実施.特に問題もなく完了.これでまたひとつ夏オペ中の課題を消化することができた.

image野外に行っていた報告を左の写真をつけてエドモントンのShaw教授に送ったら,”You have found s-form heaven with penguins as angels!”というコメントが返ってきた.

images-formとはなんじゃらほい,という方は私のD論や論文を参照してほしいが,簡単にいえば氷河の底で浸食された地形で写真のようなもの.

実はShaw教授からのメールには,非常におもしろい情報も含まれていたのだけれど,それについてはまた今度.


本業

考えてみれば観測隊内の私の肩書きは「衛星受信」なのである.これまで研究者としての本業の野外調査に明け暮れていたため,昭和基地での「本業」はあまり進んでいなかった.今日一日土木作業を免除していただいて,「本業」に本腰で取り組む一日とした.「不届きモノ」と言われても仕方がない...か...

引継と指導を仰ぐべき前次隊の担当者はわが北大地球環境出身の女性.へんなところに縁がある.あいにく彼女は当直ということで,私一人で仕事場の拠点である衛星受信棟で仕事をすることになった.夏オペ中に設定をすませるべく使命を帯びてきた仕事はなんとか完了し,国内の担当者からもOKをもらってほっとする.

「衛星受信」といえば,今度打ち上げに成功した「陸域観測衛星・だいち」が搭載しているLバンド合成開口レーダーの地上検証用リフレクターをオングル島に設置するという使命もある.こちらのほうは,一応候補地の下見は完了しているのだが,極地研からのゴーサインはまだ出ていないので,越冬開始後の仕事になる可能性も高い.研究者としての本業ではこの衛星のデータには期待しているだけに,その運用支援の一角を担えるかと思うと,とてもワクワクする仕事である.


日没

正月2日から,スカルブスネス・西オングル・スカーレン・テーレン,と渡り歩いた20日あまりの露岩調査の旅を終え,22日にしらせに帰還,23日に昭和基地入りを果たした.

image白夜の夏も終盤となり,20日ごろから真夜中の一時間ほどだけ太陽が沈むようになった.これからドンドン夜の時間が増えていく.南極はもう秋だ.

グリーンフラッシュでも見られるかな,と期待して冷え込むしらせの甲板でレンズを構えていたら,日没後におもしろい光が撮れた.水平線の太陽から伸びる赤い光の柱がそれである.

image夜,ともなれば主役は月.夕日に染まったラングホブデの名峰「長頭山」に半月がよりそっていた.

「長頭山」のこの独特の形ができたプロセスには,未解明な部分も多く残されており,氷河地質屋としての私の興味を最もそそる山なんだけど,そんなやぼな話はあとにして,まずは深夜の南極がおりなすの美しい姿をお届けしたい.


謹賀新年

あけましておめでとうございます.本年もどうぞよろしくお願いいたします.

二日酔い.しらせのベッドで新年の朝を迎える.しらせの年頭行事ののち,記念撮影.

三段重ねのおせち料理,ミニチュアの樽酒,しらせワインなど,とても一日では消化しきれない量の元旦食が配布される.

夏宿組は,連日の作業の疲れもあって,早々にしらせを後にして昭和基地に帰還.総隊長はじっくりしらせでの新年を味わいたかったようであるが,夏宿組の気持ちを尊重して帰還させた模様.

我々も,明日からの野外観測に備えて,午後は睡眠不足解消に努めることにする.


除夜の鐘

夏宿組は,新年を迎えるためにしらせに帰還.

忘年会や無礼講の行事でしらせの中はらんちき騒ぎ.

日本にいるときは決まって富山の実家で除夜の鐘をつくことになっている.南極でもなんとかその慣例を保とうとおもっていたが,幸いしらせの04甲板に鐘が用意されていた.これで心おきなく新年を迎えられる.


澤柿三号

本日は夏宿の当直日.当直業務の一つであるお昼ご飯の片付けを終えてから,越冬隊長指命による特殊任務で海氷上へ向かう.

image現場に着いて愕然としたのは,特殊任務に使用するのが前回の越冬で2本も水没させたのと同じブツだったこと.私の胸中にイヤーな予感がプンプンと立ちこめる.結果は案の定...澤柿三号と命名されることになった.一応,大晦日の明日,回収を試みることに.

写真:精悍でかっこいいのが越冬後の46次隊.後ろの気のいいおじさん風の人物が我が47次越冬隊長.


昭和基地再訪

日本の皆様ご無沙汰しておりました.昭和基地から久しぶりの雑感更新です.

imageこれまで,しらせにのって南氷洋を越え,我がD論発祥の地「ルンドボークスヘッタ」での野外調査を実施するという約一ヶ月の行程を経て,ようやく昭和基地内にある「夏宿」という飯場の労働者になったところです.昨夜までは,四夜連続の徹夜の氷上輸送作業でした.

基地の母屋のほうは,2月1日の越冬交代まで前次隊の管理下にあり,我々47次隊は用事がない限り自由に出入りは出来ません.ということで,本来ならば,本丸入場をはたして我々が天下をとったところでこのBlogを再開しようと思っていたのですが,本日,思いがけず越冬隊長から,本丸で開催される戦普請への同行を申し渡されて,本丸初入場を果たしてしまいました.実に13年ぶりの再訪です.

image「本丸」とは,基地の中心となる「管理棟」のことで,私が前回越冬した34次から使い始めた建物です.当時,34次越冬隊は,新居での越冬生活を満喫する栄誉に浴することができたのですが,それから13年を経過した現在,再訪した管理棟には新しい居住棟や発電棟が連結されていて,内部もすっかり使い古され,当時の面影はすっかりなくなっていました.

世の中には,古くはなっているけれども,年月を経ただけの厳かさや味が出てくる建築物があります.その一方で,使いこんでいくうちにただ古びていくだけ,という建物もあります.最近の建築物は,近代的ではあるけれども,ただ古びていくだけという建物が多いような気がします.例えば北大でも,農学部や旧理学部(現博物館)の建物は,年を重ねるだけ味が増していくように思えますし,工学部や地球環境の建物などは,ただ醜く古びていくだけ,という部類に入るのではないでしょうか.

昭和基地もその例外にはもれず,前回の越冬で満喫できた管理棟の新しさと近代性も,内部をみれば,今はただただ,醜悪な姿をさらしているだけのように私には思えました.これを昭和基地再訪の第一報としなければならないことを,非常に残念に思います.

13年前にも,昭和基地開設当時から残存していた通信棟や旧食堂棟など,古びた建物はたくさんありました.しかしそれらは,厳しい南極の自然と孤立した環境のなかで戦ってきた観測の歴史や伝統を伝えるかのように,威厳と趣をしっかり保っていたように思います.また,往年の観測事業の歴史を物語る建物と基地近代化のシンボルである管理棟との混在,というコントラストが,南極初体験だった当時の私にとって,南極観測事業の歴史に思いを馳せる意味で,非常によい刺激になったのだと改めて思い直しました.逆に,ただ醜悪さを増していく基地に,今後どれだけの隊員たちが歴史や伝統や先陣の苦労に思いを巡らせることができるのだろうか,と疑問に思えてきます.

もちろんそうはいっても,少しでも快適な越冬生活を実現しようとされてきた35次以降の歴代観測隊の方々の努力があったことは確かです.それは尊重しなければなりません.その「現代的」昭和基地でこれから一年間を過ごすことになる私としては,醜悪化に最初の手を染めた一員であったことへの自戒の念も込めつつ,せめて,先達の努力と工夫の跡を注意深く発見する二度目の越冬生活を展開していきたい,と決意を新たにしたところです.

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行ってきます

image 28日の成田出発をひかえて,明日,札幌を出ます.すでに飛行機でドーム入りして掘削を始めているJARE47越冬隊員もいることを考えると,今まで日本でぐずぐずしていたのが申し訳ないくらいなのですけれど,とりあえずは,本隊出発までこぎ着けることができました.

ここ一週間ぐらいの立て続けの壮行会で,ようやく気分的にほんとに出かけるんだなぁと言う気になってきました.送り出してくださった多くの皆さんに心より感謝いたします.

「楽しんできて」と声をかけてくださった方も多かったのですが,本当の楽しみや喜びは,全力を尽くして苦労して,その先に得たほんの小さな成功に見いだすものなのではないかと思います.実際,与えられた任務,今回の隊の中での自分の立場,計画したプロジェクトの実効性の困難さなど,どれをとっても大きなものであり,「それじゃ楽しんできます」とお気楽に構えているわけにはいきません.

もちろん,皆さんからの言葉は,そういう気持ちを和らげるようにとの意味なのでしょうから,温かいお心遣いとしてありがたく頂戴いたします.

しらせ乗船中から夏作業中は,ネットを自由に使える環境にありません.2月に越冬交代して昭和基地でJARE47が天下を取ったら,現地の様子を随時この雑感でご報告したいと思います.

それでは行ってきます.


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