いとおしき紙の山

週末に予定している山での研修に持って行く装備を準備していたら,思わず引っ越し態勢にすり替わってしまった.普段は見ない研究室の片隅をごそごそやっていたら,かつて査読者と拷問のようなやりとりをした記録が書類の山となって姿を現した.

これまで幾度となく研究室を引っ越してきたにもかかわらず,こうしてここまでしぶとく着いてきたのはなんとも不思議.思うに,これらの書類の山の末に生まれた一本一本の論文へのいとおしさが,廃棄することを躊躇させていたのかもしれない.

しかし,もうどうでもよくなってしまった.この稼業を続けている限りは,今後も同じような書類の山を築いていくことになるだろうけれど,現在の心境は,こういうのは二度と目にしたくない,というほうが強い.年をとったせいかもしれないし,一編の論文を生み出す物語を引き継ぐべき院生もいないせいかもしれない.


あそこもでも似たようなことが

うちのトイレは使うな! 国際宇宙ステーションでもめ事」って,どこかで聞いたような話だな,と思った.

この話,宇宙でドッキングした米ロの宇宙船内での出来事で,ロシア人クルーが米国側モジュールに設置されているトイレを使用したり備蓄されている宇宙食を食べたりしていたことが判明して,運用規則違反だと米国の地上側が怒っている,というもの.

上記の記事でデジャビュに襲われた私は,実は,これと同じことを南極で経験しているのである.

部外者にトイレも自由に使わせない,などという過敏とも思えるほどシミッタッレな反応になってしまうのには,宇宙と南極に共通した背景があるんである,それは,設備のキャパが小さく,そしてその限界が生死に直結している問題だという点.

最近の昭和基地はそうでもなくなったけれど,少なくとも十数年前には,交代要員として到着した次期越冬隊にすら,基地内のトイレや食堂の利用は制限されていた.増水能力・汚物処理能力・電力,どれもが,同規模の二つの隊をまかなうには不十分だったのである.観測を支える最低限の設備で一年間がんばっていた,といってもよい.

それ由に,越冬交代して前次隊から基地を引き継いだ新越冬隊内では,「天下をとった」と歓喜する光景が繰り返された.まさに旧勢力が城を明け渡したところに新勢力が入城するという,下克上の様相を呈していたのである.こんな感じだったから,前後する隊同士があまり仲良くなかったりする場合も多い.

人間模様として面白いのは,当初は新参者としてイヤな目に合っているにもかかわらず,一年越冬してみると,今度は逆の立場で同じことをしてしまうということ,そういうことが何度となく繰り返されてきた.新参者のあまっちょろい認識と,一年間を孤立無援で過ごしてきた籠城組みとの間に,どうしても意識のズレが生まれてしまうことは仕方のないことだろうと思うし,新参者が一刻も早く一皮むけて極限環境に慣れるには,丁度良いくらいの刺激だったのだといえるかもしれない.

だから,「米ロの飛行士同士は良好な関係でやっている」と伝えてきていると聞いても,絶対に現場のホンネじゃない,と私は思ってしまうのである.こういう話は,宇宙や南極を夢見る青少年には聞かせたくない話かもしれないし,幻滅させて欲しくない,と思う向きもあるかもしれない.人間的にも素晴らしい宇宙飛行士同士なら,こんなことは本当に些細なこととして精神的には自己解決できるのかもしれない.しかし,極限環境で生き抜くとは,そこまでシビアに対処しなければならない,ということでもあり,そういう条件の中で人間関係を営んでいくということでもある.これは,どこかでちゃんと伝えていく必要があるのではないかと思う.

今後の南極観測にあらたな展開を生み出すには,キャパの拡充は必要不可欠な要素だろうと思うけれど,設備面の拡充には保守のための人的資源もさかなければならない,という側面があるので,そう簡単に拡充を叫ぶわけにはいかない.宇宙ステーションに象徴されるように,ロジスティクス上の制限,エネルギー上の制限,保護された人口空間の壁一枚外側は生死がかかった過酷な環境,という要素との兼ね合いをどうするか,という問題は,極限環境においては,いつまでも続く,古くて新しい,永遠の課題であるように思う.


今日もお外

昨日に引き続いて本日も外で会議.


省スペース化

ディスクメディアは意外にスペースをとる.なんだかんだで,たまったメディアはゆうにミカン箱3箱分はある.これらをテラのHDDへ突っ込んで省スペース化.これも退避のための準備作業.


真剣な写真

学内外の広報の仕事.

今秋の洋行に備えて,引っ越し荷物から資料を退避させていたら昔の写真が出てきてすっかり見入ってしまった.リバーサルフィルムで撮っていたのは,まだつい最近のことだけれど,随分昔のことのようにも思える.あのころは,写真を撮るのにそれなりの費用とフィルム運搬という労力がかかっていたから,一枚一枚が真剣だった.見入ってしまったのは,そんな頃の写真.


春うららの禅問答

昨日に引き続いて研究集会.春うららの新歓シーズンの大学キャンパスは,札幌にはない光景で,意外と新鮮.名古屋見物もそこそこにして夕刻に帰札.

今回の集会のテーマは,氷河湖の湖面を自動抽出する方法,なわけであるが,衛星データの意味するところの湖面と,人間が実物を目の前にして(あるいは画像で)認知するところの湖面とが,それぞれ同じかどうか,はたまた,どちらの認知が本質的な「湖面」を捕らえてるか,という問題に行き着くのである.一方で「自動抽出」にこだわる動機として,楽したい,ということの他に,人間の主観を出来るだけ排除して客観的にやりたい(そうでなきゃ論文が通らない)というのがある.

リモセンの自動抽出が「もっともらしいレベル」と判断するのは結局人間の主観なのではないか?それなら,最初から人間の主観を信頼してエキスパートシステムでやったらどうか?はたまた,昨今のPeer Reviewによる評価基準や分野間格差ってどうなのよ,みたいなことにまで思惑は及んでしまうのである.

自己問答の末に,春の陽気で眠くなった.禅僧なら警策でたたかれるところだな.


名古屋へ

image研究集会のために名古屋へ.楽しみにしていた新潟からの南下空路の景色は,春の移動高に恵まれて期待以上の絶景.一番かっこいいのはやっぱり「劔岳」.
最後に名大に来たのがJAREより前だから,もう5年以上前になる.久しぶりのキャンパスはずいぶんこぎれいになっていた.ノーベル賞効果.でも,我々の関係する分野は,こぎれいなビルとは無縁らしい.


入学式

例年より早く院の入学式.

迎えるべき修士院生がいないというのは,環境構造学専攻環境基礎学講座としてはじまって以来のことではないだろうか...


始動会議

今季初の教授会・教員会議.

私のようなもののところにまで挨拶に来ていただけるのは光栄だけれど,保護者同伴はいけません.逆効果です.


チャンスは準備された心に降り立つ

今日から新年度.さっそく広報委員の仕事.

数年前にコントリビュートしたINQUAのスペシャルシリーズの「Quanternary Glaciations Extent and Chronology」に追補版を作る計画があるようで,編者から「参加しないか」というメールが来た.あれを書いた当時は,GISで日本の氷河地形をとりまとめてアトラスを作ろう,という機運が盛り上がっていて,ノリノリだった.けれど,その後,科研費は何度出しても通らない,後継者は育たない,自分自身がどん底に落ち込む,そして南極逃避,と続いて,さっぱり進展もなかったし,機運も萎んで...という経緯をたどってきた.

そして今,科研費でもくろんでいた機器はGCOEのおかげで導入できたばかりだし,私の気持ちもちょっと持ち直してきているし,このタイミングでこのお誘いが来たというのも,何かの因縁なのだろうと思う.残念なのは,追補すべき進展がさっぱりないことや,新しく導入した機器がまだ本格稼働する状態になっていないこと.機器の導入がもう一年早ければ,今回のオファーにも胸を張って提供できる材料はすでにそろっていたはずなのに...と考えると,ちょっとタイミングがずれていたかも,とも思ったりする.

“Chance favors the prepared minds !”,というのは,こういうことも含まれるのかもしれないなぁ,とも思ったり.


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