マイナス15度のちょっと風が強い中で2回目の消火訓練.ホースから飛び散るしずくがあっという間に凍り付く.
今日の記事は,この水道の配管ではなくて,自然の配管システムについての話.
Natureの最新号(440-7087)にSiegert氏らの南極の氷底湖に関する論文が掲載されている.
雪氷学:南極の氷底湖は急速な流出によって連結している
Rapid discharge connects Antarctic subglacial lakes p1033
Duncan J. Wingham, Martin J. Siegert, Andrew Shepherdand Alan S. Muir
学術機関ならそのままWebサイトで読めるだろうし,日本語版も無料登録すれば概要を読むことができる.
同号にはこれに関連する解説も二編掲載されており,さながら特集号のような感じだ.
Lakes linked beneath Antarctic ice p977
Massive flows of water change perceptions of frozen continent.
Jim Giles
雪氷学:南極氷床の排水機構
Glaciology: Ice-sheet plumbing in Antarctica p1000
Garry K. C. Clarke
本論文は,ドームC付近にある氷底湖の水が氷床の下で実際に移動していることをInSarの衛星データを用いて明らかにしたもの.第二著者のSiegert氏は,過去に南極氷床底湖のインベントリーを出しているくらいの氷床底湖の専門家で,解説記事では筆頭著者のWingham氏をさしおいて「Siegert論文」とさえ言っていたりする.Winghamさん,かわいそうに...
実はこの論文には私の論文も引用されている.もしかしたらこれが私のNatureデビューかもしれない.嬉しいなぁ...こうなってはこの注目の「Siegert論文」の解説を書く責務が私にはあるにちがいないと思うので,ちょっと長くなるが思うところを書いておくことにする.なお,先日の南極大学を受講された生徒さんたちは,すでにこれを理解する素養はできているものと思う.
まず,氷床の下に水たまりがあることは,氷床コアを採取する前の事前調査で氷厚を測ったり基盤の地形を調べたりするためのレーダー探査や音響探査で一般的にあり得ることだと分かっていた.1960〜70年代にかけてのグリンランド氷床コア掘削プロジェクトが開始されたころにはすでに氷床の下にある程度の水たまりがあることは認識されていただろうと思う.特に,氷体の下に水があると表面が比較的平らな形になることが分かっている.氷床の表面高度プロファイルをとると,不自然に平らな所がでてくることがあり,その底に水があることが推測できるのである.今回の論文も,そのことを利用して人工衛星の干渉画像で氷床表面高度をとらえて,表面が平らな場所が移動していることをつきとめたものである.
南極氷床底湖としては,ロシアの南極基地の下にあるボストーク湖が有名.この湖は巨大なためずっと注目されてきた.特に,氷床の下で外界から遮絶された湖であろうとの見方から,湖が形成されてからの環境が維持され,もし生物がいるとすれば独自の生態系が形成されているのではないかと予測されている.このような特殊な環境を保全するために,現在では底まで掘ることを中断して,最適な調査方法が確立されるまでさらなる掘削作業を保留している.
今回の論文は,その意味では,南極の氷底湖には,ボストーク湖のような孤立した湖だけでなく,移動を繰り返している氷底湖もあることを実証した点で注目に値するだろう.もしかしたらボストーク湖も,過去にはこのような移動を経験していた可能性もでてきたわけで,予測されている「独自の生態系」や「孤立環境」の解釈を変えなければならない可能性も出てくるのである.
さらに,氷床底湖が移動しているということは,もしかしたらその流れが氷床の末端まで届いて,氷床下の融解水を海洋に放出してしまう可能性もあり,この点も本論文の重要な論点として挙げられよう.
実は,この論文にも引用されているように,私自身もD論やそのほかの論文で地形発達史学的に南極氷床下の融解水が排出された可能性を指摘してきたが,現在の状況で「移動」が確認されたのは初めてではないだろうか.地球科学には,現在起こっている現象をキーにしてそれを過去にも当てはめる,というのが基本原理としてあるので,今回の確認は,過去を推測する意味でも,「あり得ること」として重要なサポート材料になるわけ.
過去10万年くらいの地球規模の気候変動は,氷床・大気・海洋の相互作用で大きく変わってきたと言われている.特に,氷床の拡大は水を大陸側に固定して海水準を低下させる.逆に,氷床が融け出すと海水準が上昇するわけだが,その影響はそれだけにとどまらない.氷床の融け水や氷床から分離した氷山が徐々に海洋に流れ出したりしているうちは良いが,もし,それが急激に大量に発生すると,海水が冷やされ,海水の塩分濃度が希釈されることになって,海洋の大循環に大きな影響を与えると言われている.実際,北大西洋では,最終氷期末期から現在の温暖期にかけて,数回にわたってこのような現象が起きたことが分かっており,特に1万3-4千年ほど前には,氷河期から温暖期に向かっていた最中に急激な寒の戻りがあって,ローレンタイド氷床底湖あるいはその周囲に形成されていた氷河せき止め湖からのカタストロフィックな真水の流出が原因ではないかと言われている.
私は同様のことが南極氷床でも過去に発生したのではないかとの仮説の元,南極氷床の融解の歴史について研究を続けてきた.今回の越冬中に実施する予定の海底探査も,このコンテクストにのっとっているものである.衛星観測で一度に地表面を見渡すことが出来るようになった現代では,探検家時代のような新発見はないけれども,かつてヘディンが発見したような彷徨える湖が氷床の下に眠っているとなれば地理屋の血も騒ぐ.大陸氷床上に出かけていって直接氷床底湖を探査してみたいものだが,今は氷床周縁部で過去の痕跡を明らかにする仕事となる.
「Siegert論文」では水の移動期間を約16ヶ月と見積もっており,これではカタストロフィックというには流量が少ない.解説を寄せているG.Clarke氏はその中で,「Siegert論文」を南極氷床研究の転機になるものと評しているが,一方ではこの流量が少ないという点を強調して,「catastrophistさんたち,ぬか喜びになるかもよ.残念でした」って感じで,かつてQSR-24 (2005),1533-1541で氷底水流派の論を酷評したように,あいかわらずgradualistの立場を貫こうとしているようにみえる.
これは私にとっても重大な挑戦状だ…と思って,これからのプロジェクト本番にむけて一層気合いを入れなおしているところ.