今日は南極がらみの出来事が多い日.
お昼過ぎまでかけて,帰国以来ずーっと懸案だった原稿の,まあファーストドラフトとでも言ったほうがよいくらいのものを仕上げた.気分的にちょっとプレッシャーから解放された.
原稿を仕上げてぼーっとしていたら,事務から電話.着払いで小包が来ているという.支払いをかねて受け取りに行ってみると,それは,JARE34の15周年記念品として作成されたDVDであった.
当時,ホームビデオはハンディカムHi-8の時代.越冬の一年間にわたって隊員が撮りためたテープを集めて編集し,DVD5枚のボリュームに仕上げた大作である.そのセットに,私が5年前にJARE34の10周年記念に作ったスライドショーDVDが加わって,全部で6枚が1セットとなっている.全部鑑賞するだけでもたいへんな量だ.15年前の記憶と,ついこの春までいた南極の記憶とがオーバーラップしてしまっている私としては,自分の記憶を再構築させるのに丁度よい.
帰宅してみると,今度は極地研から分厚い封筒が届いていた.開けてみると立松和平氏の著書「南極で考えたこと」(春秋社)が同封されていた.この11月末に出版されたばかりの本を,昭和基地でお世話したJARE47越冬隊の一人一人にプレゼントしてくれたのだ.
三浦組の話が随所に出てくるのはありがたい.昭和基地での研究者像が美しく描かれすぎているのではないかと思えるフシもないことはないが,自分のことは自分では本当にはわからないこともある.立松氏の目を通して受け止められた我々47次隊の一人一人の姿は,あながち脚色も誇張もないそのものの姿だったのかもしれないと思った.確かにあそこでは人間は良い方に変わってしまうのだろう.私などは,今の姿をこの本の読者の前にさらすことなど,とても出来そうにない.
極地研は,今後,文化人や教育関係者,青少年などを昭和基地に連れて行くことも検討しているらしいが,立松氏はそういう,研究・観測者以外の専門人としての先鞭を切ったと評価できる.こちらが数ページの論文を創出するのにヒーヒー言っている間に,本を一冊出してしまうのは,さすが書くことを生業にしているプロの仕事だとも思う.しかし本書は,あくまでも昭和基地を訪れる機会を得た文人のエッセーである.学術的な内容が含まれてはいるけれども,それは著者の体験を修飾する周辺情報ととらえた方がよいだろうと思う.
(【…で考えたこと】というタイトルの本は,私が知る限りどれも「エッセイ」である)
ということで,思わぬ南極からのおっかけ品が届いた日になった.JARE34の皆さんもJARE47の皆さんも,そして立松さんらVIPの方々も,すばらしいクリスマスプレゼントをどうもありがとうございました.