南極 一覧

ロゴ

imageJARE47のロゴマークが決まったとの知らせ(隊員室の皆様おつかれさまです).

個人的には,エンブレムやパッチに仕立てやすい丸形のデザインが好みなのだが,隊長裁量で決定した,というのであれば仕方がない.候補としては,他に数十点あったらしい.

日本の南極観測には,他国とは違うユニークさがいくつもある.昭和基地は島にあるとか,山らしい山はすぐ近くにないとか,基地の周りにいるのはアデリーで皇帝はまれにしか見ないとか.欲をいえばそういう日本の観測隊らしさをアピールできるロゴがいいんだけど,事情に精通していないとなかなかできないんだよね.デザインの一般公募には,そのへんの限界があるのかもしれない.「うーんわかってるねぇ」と言えるようなものがほしいけど,うちわうけだしてても仕方がないし…

隊の仕事を成功させるべく,このロゴのもとに一致団結するためには,まずロゴに愛着をもつようにならねば.まぁそのうちそうなるだろう.

夕刻,息子と一緒にシリ見学.さすが夏休み前の平日午後とあって,すいていた.


夏訓3日目

引き続き,会議.
午後は消火訓練と救急救命訓練.これで,「上級救急救命士」の資格がもらえる.大学院で院生に取らせている資格よりも上のがもらえて,教員としての面目を保つことができて非常に助かる.
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夏訓2日目

恒例の朝の体操とジョギングに始まって,一日,会議室で南極の講義を受ける.一応,まじめに観測のうちあわせ.
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夏訓1日目

朝,極地研をバスで出て菅平へと向かう.

高原の空気はひんやりとして気持ちよい.


日ベ共同観測

日本−ベルギーの南極共同観測の可能性を探るワークショップ.

地学系ばかりが盛り上がる.生物・雪氷はどうした?


どうしようかなぁ

週末はじいさんの十七回忌で実家に帰省していた.

僧職だったじいさんは偉大だった.仏前に手を合わせ,自分の親の世代の懐の深さに感謝し,そして,じいさんのひ孫にあたる世代たちと戯れながら思った事は,仏様の目から見れば自分がやっていることなど,まだまだひ孫たちの遊びのようなものなのではないのかなあ,ということ.

いろいろこれからのことも考えながら, これに応募してみようかな,と真剣に考えたりもする.

こういうニュースもあることだし,極地研もかわるかなぁ,,,


がんばれ!南極観測

表題のホームページができたというので,さっそくリンク.

氷河・氷床Gの掲示板にワシントン大にいる松岡君がNatureの記事の情報を寄せてくれた.世界的な「がんばれ運動」につながればよいけど.


このロゴの色はうちのページと相性がよい.

今度南極に行く弟分が観測隊特製のグッズをくれた.
結構よくできている.
ストラップの部分を使ってそりを引かせてみたくなった.



(左)Natureのページが見られない方のために,記事のイラストだけでも
“Antarctic research frozen out of Japan’s budget plans”
—We don’t think the Antarctic programme has the nation’s understanding and support to justify the large budget, says deputy budget director.


壮行会

一部では「送別会」と口を滑られせてしまうものもいるが,今夜は,南極にでかける弟分と私のパタゴニア行きの壮行会.今は少々酔っぱらい気味で書いているところ.

彼と私は逆の立場で行き先が入れ替わってしまったのだけれど,彼にとっては何よりも得難い機会を得たので喜んで送り出すつもり.

なにかと注目されている南極に行けるというのはうらやましい限り.帰国後は必ず「南極教室」の要員として働いてもらうので,そのつもりで.


南極教室その3

10/1711/8に書いた「南極教室」の北海道での活動に関するアイデア・思案.

南極OBをボランティア講師として講演活動を中心に繰り広げようとしている南極観測宣伝であるが,賛同者の全国的な傾向としては研究者が主体のようである.でも,南極観測は研究だけで成り立っているのではなく,その陰で支援してくれている設営部門とよばれる隊員たちの存在が欠かせない.わたしはそういう人たちにこそ光をあてるべきじゃないかと思う.

設営の中には,医療・調理・メカニック・通信等が含まれるが,彼らだって立派に講師をつとめることができると思う.コックや医者,エンジニアだって立派な職業だし,南極での実際の付き合いから感じた限りでは,プロフェッショナルとしての気概の持ちようは学者以上で,彼らから学べることはたくさんあると思う.むしろ,世の中の子供たちがみな研究者や学者になる訳ではない.学者以外の普通の人々のポテンシャルの高さや生き方を子供たちに見せる方が,よっぽど役にたつと思うし励みになると思う.

そういう人たちを教室ぶった場所に引きずり出すのが難しいなら,彼らの仕事場に押し掛ければ良い.たとえば,調理の隊員が勤務するレストランで,元隊員が腕をふるった南極メニューに舌鼓をうつ,とか,雪上車の組み立て工場見学をするとか,いろいろアイデアが浮かんでくる.

いっそのこと,これらを全部ひっくるめて,「南極観測ゆかりの地ツアー」のような小旅行を企画してもいいんじゃないかな.タロの剥製がある北大植物園を皮切りに,犬ぞり訓練地だった稚内の青少年科学館を訪問したり,樺太いぬの現状をみてみたり,ドームで使われているアイスドリルの開発地を訪ねてみたり…

これは結構愉快な旅になりそう.北海道では賛同者が5人と少ないけど,その場その場に行けば南極OBなんてごろごろしているはず.その地の利を生かして,こちらからおしかけていけばいいのだ.郷土再発見の旅にもなる.自分の生まれ育った地が南極と通じていると感じることができるなんて,なんてすばらしいことだろう.

こういうツアーを引率するのも「自然ガイド」っていうのかなあ.ハルエさんあたりに相談すれば,旅行会社とのタイアップでよい企画ができるかもしれない.商売っけが入ってしまうけど,そのくらいじゃなきゃ,新しい展開は生まれてこないような気がする.

私がガイドコースの院生だったら,このテーマで修論を書くな,きっと.


南極教室その2

10/17に書いた「南極教室」の北海道支部の会合に出席.

会合といっても,北海道で5人しか手を挙げていないうちの4人の集まりなので,寂しい限り.

お一人は北海道東海大のDeanで,あとのお二人はほとんど引退状態にある方々.それでも,南極に対する情熱の持ちようは人一倍という強者の皆さんであった.

どうも私は老人受けする性格なのか,唯一の若輩だったにも関わらず,皆さんに気に入られてしまった.第何次の観測隊の誰それがどうのこうの,という老人の思い出話に,なぜか不思議とついていけるのが受けたのかもしれない.また,北大山岳部で培った,世代を超えた人脈も役に立っているのかもしれない.

そういう意味では,南極や北大山岳部の歴史的経緯については,少々マセガキぎみだった私の存在価値,というのもそれなりにあるのかも知れないと思った.

何事につけ,結局は人間がやっていることなのだから,人脈を築くとか,それなりに年寄りの話についていけることの重要性はあるのではないか,と思った次第.

肝心の南極教室のほうは,現役の南極研究者を引っ張りださないことにははじまらない,ということで意見が一致.これから私にたくさん仕事が回ってきそう.

現役の南極研究関係者の協力を求む.


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