申請書やらプレゼンやらの準備で疲れた.越冬中にAmazonで見つけて,帰国後に読もうと思って買い置きしたままになっていた『氷河期の「発見」—地球の歴史を解明した詩人・教師・政治家』(Bolles, E. B. 扶桑社)に手を伸ばしてつまみ読み.
まだパラパラ眺めているだけだけれど,自分の研究分野にもろにかぶる内容なので,それなりに興味深く読めそう.前に,『地球科学の巨人たち 科学者たちの素顔に迫る』(Reyment, R. A., 東海大学出版会)というのを読んだことがあるけれど,なんとなくそれに近い印象.
初期の氷河研究は地質学と地理学の境界領域だった.探検の時代でもあったし,世界観が変わりつつある時代でもあった.だから,地図を用いる重要性はきわめて高いと思われるのだけれど,本書で使われている挿絵はその目的にはとうていそぐわない貧相なものばかりで,いささか幻滅.この点は本文でカバーされているのかしら?
欧米では,日常生活の至る所に氷河の痕跡を見いだすことが出来るし,建物や道路をつくるにしても,氷河の痕跡とまともに向き合わざるを得ないという事情がある.カナダにいたときにも,一般住人や大学生の意識の端々に,氷河で覆われた履歴を有する大地への興味があることを実感した.そういう「現在の氷河期の認識」が生活の一部にもなっている人たちにとっては,本書はわりとすんなり読めてしまうのかもしれない.
一方,そもそも,国土を氷河に覆われたことのない日本にとっては,現在の地表の成り立ち,自分たちが生活している環境の成り立ちに,氷河を意識することは非常にまれである.私は商売柄,氷河ってなに?とか氷河時代ってどんなだったの?とよく聞かれるが,そもそもの共通認識の乏しい日本の読者にとっては,氷河や氷河期に関する現在の常識を前知識として与えておかないと,こういう歴史的謎解きドキュメントはとっつきにくいのではないかと思った.今は常識になっていることも昔はこう考えられていたんだ,とか,いつだれがどうやって今の認識に到達するんだろうか,とワクワクしながら謎解きを読み進めていく楽しみは,まず真犯人を知っていてこそできる読み方なんだけど,そういう読み方をできる日本人はそう多くはないだろう,というのが,本書をつまみ読みしての私の第一印象.
氷河研究は,仮説と反論,実証・反証の繰り返しだったし,現在もそれは続いている.氷河期という,これまでなかった概念がいかに創出され市民権を得るようになったか,を歴史的に紐解いている本書は,現在私が直面している研究上の指針を得るうえで,非常に参考になりそうだということは間違いない.
明後日から東京へ向かうので,機中や宿舎でじっくり読むことにしよう.