寒っ

早朝ゴミを出しに行って鼻毛が凍った.今朝の札幌の最低気温はマイナス12度.道内ではマイナス30度を下回った所もあったとか.日中は吹雪気味になったり晴れたり.夜はきれいな星空.放射冷却で明朝も冷えるだろうな.

夕刻に,HBCのHANAテレビで,上ホロ雪崩を検証した番組が放映された.人為発生のことを明確に取り上げた報道はこれが最初ではないだろうか.HUWV-OB会の報告書が12月上旬には出来ていたというのはちょっと驚き.JAC北海道の方の「神様のいたずら」というコメントはなかなか絶妙な表現.


Thinnovation

image昨夜発表された封筒に入るこのマシン.いろんなところで評されているように,iPodやiPhoneの延長上のポジショニングのような気がする.デザインは魅力的ながらメインマシンするにはちょっと力不足.Let’sNoteの代わりに使うならいけそうかな.

やっぱりこんなの,きっとどこかが出すな,と思った...


札幌市での出来事

image
環境大臣から私に与えられた
南極地域活動行為者証

札幌市内で発生した南極記念品の盗難事件.手記や寄せ書きなどかけがえのないものもあるということだから,なんとか戻してあげてほしいと思う.ただ,ある人にこういうのはクリアしているのかな,と聞かれたので,私もちょっと疑問に思った.ニュースで一般に知れ渡っただけに,気軽におみやげを持ち帰って良い,と思われてしまうことが心配ではある.まあ,そんなに簡単に行けるところではないのだけれど...
(参考サイト:環境省:南極観光・訪問する方の手続き


氷流と氷河

南極で氷床の融解が加速というニュース.昨年できたばかりのNature Geoscience電子版の論文の記事.このジャーナルに登録していないので要旨しか見ていないのだが,私の注目点は以下.

  • 東南極はほとんど変動がない.
  • 西南極のアイスストリームを経由した氷床の海洋流出は増加している
  • 大気を経由した水蒸気の逆方向の流れ(涵養)は気候モデルで計算(要確認)
  • 日本語記事で「溶ける」と書かれているのは「融ける」とすべきか?
  • Dec 20の号には,「Response of glacier basal motion to transient water storage」という論文があって,氷河底の水の重要性が指摘されている.杉山氏の論文も引用されており,注目の論文.


    脱力

    修論要旨の手直しなど.フォーラムは開催のめどが立って一安心.脱力.


    岩島カメラの威力

    image昨年末あたりから,昭和基地のWebカメラに岩島カメラが加わった.昭和基地主要部を写していたり,接岸中のしらせを写していたりで,これまでにない視点で昭和基地の様子をリアルタイムでみせてくれている.従来から基地内に設置されていたWebカメラでは,見晴らし岩沖に停泊しているしらせの全貌を見ることはできなかったが,岩島カメラは鮮明にその姿をとらえている.

    我々が昭和基地にいた時から,Webカメラ好きの48次越冬隊長が岩島カメラを企画しているらしい,とは聞いていたが,ようやく実現したんだ,と思った(実際の設置は昨年9月だった模様).

    imageこの岩島カメラの偉大さを昭和基地周辺のことをよくご存じのない方に理解していただくには,ちょっと説明が必要だろう.

    実は岩島は,昭和基地のある東オングル島の北方約2kmのところにある.この間は,常時海氷が張り詰めていて,時には開水面が現れることもある海であり,カメラ画像を送信したりカメラを制御したりする信号線をのばすことは不可能である.それでも,現実にこのように映像を送ることができるのは,昭和基地と岩島との間を無線LANでつなぐ技術が使われているからである.また,岩島は無人島だから,電源となるなんらかの仕掛けが設置されていることになる.サイトの説明には「夏季限定」と書いてあるので,おそらく電源は,ソーラーパネルか風力を使って充電できるバッテリーなのであろう.

    その技術的な進歩に加えて,遠隔操作であやつれるもう一つの視点を得たことの重要性は大きい.岩島はせいぜい2km離れた所にあるとはいえ,悪天や海氷が不安定な時期には,そうやすやすと行き来できる場所ではない.そこからの映像が,基地内(はたまた日本国内)にいながらにして見ることができるというのは,昭和基地の視点革命といってもいいくらいの進歩なのである.

    実際,我々47次隊が越冬していた時期には,海氷が流出してしまう事件が発生したが,当時は,東オングル島からの目視観測と,はるか上空のNOAA衛星画像しか使えなかった.流出後の海氷復活状況を島内から定期的にモニターしていたけれど,いちいち島のはじっこまででかけていって,見渡せる範囲で写真を撮って記録するのがせいぜいだったのである.

    「海氷監視カメラ」と名付けられていることからも分かるとおり,岩島カメラはそうした海氷の状態をリモートで安全にモニタリングするのにうってつけの装置なのである.


    だいちの観測精度がなかなか上がらないのだとか.実用性が期待されていただけに,運用者の落胆と世間の失望は大きいとは思うが,これも科学技術の進歩の礎だと思えば,この程度の失敗は許容されるべきではないかと思う.今の世の中,失敗すると予算を削られたり,計画自体がつぶされたりしがちだけれど,失敗の積み重ねの上に進歩があり,大きな成果が得られるということは忘れてはいけない.


    降ってわいた...

    講師を紹介するだけのつもりが,企画者にまわされるハメになった.時間もないことだし早急に進めなければならず,いろいろ焦る.

    業績データベース入力,ゼミ,センター入試監督説明会,地理学会要旨の手直し,その他もろもろ.


    氷床の成長

    修論の追い込みの時期.熱のこもった指導場面も...

    修論の粗稿に手を入れて一息ついたら,PAGES News, Vol. 16 No.1が出たよ,とのメール.早速見てみると,今回はPaleoceanographyの特集で,うちの研究院の山本准教授のEast-West seesawの解説文が載っていた.昨年末にh-pagesゼミで著者から直接話を聴く機会があったのでより興味深く読めた.

    この号には,最終氷期中の氷床の成長速度が急激だったかも,というレビューもある.sea level equivalentでの逆算的な見積もりなのだが,氷床研究がPaleoceanographyと切っても切れない縁にあることを再認識.勉強しなきゃならない範囲が広すぎるのはつらいんだけど...

    これまで個人的には,温暖化とのからみで氷床の衰退とそれにともなう急激な海面上昇のほうばかりを注目してきた傾向にあったが,実は逆のセンス,つまり氷床の成長のほうもしっかりやらなきゃいけないということも再認識.


    次の十年,過ぎた十年

    人日の朝,七種粥もどきを食べ,おとそ気分を払拭して仕事体制に頭を切り換えようとつらつらと考える.

    2001年2月に開催した「比較氷河研究会」の懇親会で,次の十年間に何をするかという明確なビジョンが大切なのではないか,という話題が出た.あれからまだ十年はたってはいないけれど,とおに半分以上の期間は過ぎてしまっている.

    当時集まった有志の間で特に何をするかを明確に決めてここまでやってきた訳ではなかったような気がするが,それでも,参加者は,それぞれの立場でそれぞれの研究活動を展開してきたわけで,たぶんあの頃に温めていた計画を着実に展開してきているのだろうと思う.

    私自身は,研究会の翌年に発表した『東南極白瀬流域とリュツォ・ホルム湾沿岸における氷床底面に着目した氷河学的研究の可能性と展望.月刊地球, 24, 1』 という論文の中で,きたる十年間の仕事の展望を明確に示したつもりである.

    今になって思えば,その方向性は間違っていなかったと確信できるものの,あの集会以来自分自身で収穫できた成果がいかに少ないか,ということに愕然とさせられる.JARE47でのプロジェクト実現の経緯を考えると,《きたる十年間》ではなく《きたる十年後》あるいは《十年後に実現した南極再訪》になってしまったのではないかとすら思えてしまう.

    何よりも,広げた風呂敷の大きさに比べて自身の実力がとうてい及ばないほど非力だったことがその原因の最たるものであったことは間違いない.それに加えて,実力者の無理解,学術論争,分野間の競合,大学改組やポジションをめぐるゴタゴタなど,こまごまとした要因も多々思いつく.

    だからといって,ここで嘆息してもしょうがない.十年間の大半を障害物競走や振り出し双六のように過ごしてきたことになったとしても,見据えているゴールが揺らいではいないことを支えに,着実にやっていくしかないのだろうと思う.

    幸いまだあれから十年は経過していない.もう一度振り返るべきは,本当に十年間を過ごした後なのであろう.今の世の中十年じゃ長すぎる,という人もいるだろうけれど...


    新年事始め

    正月休み中に,NHKでやっていた爆笑問題のニッポンの教養・新年会スペシャル「2008年ニッポンの大問題」を見た.『《因果関係》と《相関関係》とは別物』という意見が一番印象に残った.物理屋さん・生物屋さん・哲学屋さんなど,異分野の大御所がそろった対談だけに(地球科学者がいないのは残念),科学哲学全般の話題へと発展するかな...と期待していたけど,この意見が出たところで続きは尻すぼみ.残念.

    我々の分野は記載を中心とする帰納的・説明的・解釈的学問である.学院の体制の中で,多くの分野と関係を持ちつつ,異分野の議論にも参加することが多いが,そういう《相手》は《相関》を明らかにする論法をとる分野が圧倒的に多い.かたや我々の記載学的手法からは《相関》を見いだすことなどまずあり得ない.言ってみればいきなり《因果関係》への帰納的推論へといってしまうことも有るわけで,論法の異なる《相手》との相互理解が成立しないこともしばしば経験する.私個人がよく抱く感想は,《相関》は,一見きれいに結果を示すことができるけれど,それがホントに《因果》関係を示しているかどうかは別問題だよね,ってこと.たぶん《相手》も,我々の話を聞きながら,おいいきなり《因果》かい,なんて思っていることはかなり確実なんだけど...

    まぁこんな感じで,今年もまた,学院内のこうした異分野間の関係が繰り返されていくんだろうな,と思う.

    数ヶ月前に古本屋で買ったまま放置していた「白亜紀に夜がくるー恐竜の絶滅と現代地質学ー」(Powell,J.L.著,寺嶋英志・瀬戸口烈司訳,青土社)という本を読む.「漸進説」と「激変説」,「斉一説」の誤解,パラダイムシフトなど,恐竜の話以上に,現代地質学の科学としての本質について書いている部分のほうに惹き付けられた.一般向けにしては,思いの外きっちり書けている本だ.正月休みでのんびりしている時に,たまたま手をのばしたのだが,今年一年の始まりに読むには幸先の良い大当たりであった.


    1 126 127 128 129 130 131 132 257