外周り清掃

朝の便で二人が野外から帰投.トラックで迎えに行ったついでに,海氷GPSブイの撤収・梱包を行う.持ち帰り輸送が一段落付いた今頃になって,ブイを改良することになったので持ち帰ってほしい,と極地研から連絡が入ったため.せっかく引継ぎも終わっていたのに,48次ではブイを使った観測は行わないことになった.

imageお昼頃,昭和基地のアマチュア無線局8J1RLが開局.日本の8J1ANTとの交信を試みる.空の調子が悪く,通信チーフが数時間ねばったあげく,正午ごろに電信でようやくやりとりできた程度.

今次隊では,諸事情により8J1RLは越冬中にまったく開局しなかった.48次は大好きな隊員がいるので,積極的に開局するということである.

午後,昭和基地を引き上げる47次隊で,建物まわりのゴミひろい.木片や飛散物などの細かいゴミを拾い集めるつもりでやっていたら,結局,トラック4台分のゴミを集積し,ゴミ拾いと言うよりは「廃棄物収集」作業になってしまった.この夏の建築作業にはケーブルラックの併設があり,そのために念入りに除雪をしていたせいもあって,基地周りは近年になく雪融けが進んでおり,これまで雪の下に埋もれていたものが出てきたという背景もある.

それ以上に,我が47次隊は,不要品の整理・廃棄に関しては潔癖性的なところがあって,前次隊まで適当に放置されていた機材も徹底的に片付けてきた,という事情も大きく効いている.


まほろバー

朝方,札幌の新聞社からの電話取材に対応.環境問題について学習している市内の小学校の児童からの質問に応える形式.テレビ会議と違って,すべて言葉で伝えなければいけないので,結構大変.つい早口になってしまういつもの癖で,電話の向こう側にいるお子さん達には悪いことをしてしまったと反省している.

image夕食は,食堂で48次が主催してくれた追い出しコンパ.48次の方々が,夏オペの作業を返上して調理や会場設営にあたってくれた.「おつかれさまでした」のまわりに,一人一人のメッセージをちりばめた横断幕も登場.夏オペの多忙時にここまでしてもらったかと思うと感謝感激の念で胸がいっぱいになった.

48次隊長の挨拶の中で,本日ドームF氷床掘削が最後のランを行い,岩盤には達しなかったものの,岩石の粒子を含んだ底面付近の融解再凍結氷が得られたとの報告があった.これで,2期16年にわたったドームF掘削は終了.

imageコンパの後,48次の経営でバーが臨時に開店.実は48次越冬隊のバーの名称はもう決まっている.その名も「まほろバー」.

この名前は,先日昭和基地を訪問された宇宙飛行士毛利さんが,いつもキャッチフレーズのように使っていらっしゃる「地球まほろば」という言葉からいただいたもの.毛利さんが帰国の途に就く直前,S17でフライト待機中に急遽お願いして書いてもらったという色紙も披露された.

ネーミングのセンスの良さもさることながら,JARE五十周年を記念する隊のバーにふさわしい,すばらしい名前だと思う.「昭和基地 まほろば」の要として,越冬生活の潤いと和みのバーとなることを祈念したい.


野外主任引継ぎ

昨夜からほぼ徹夜の仕事で,今朝は不調.でも,この不調は寝不足だけが原因でもないような気がする.心労?感染?鬱?

今日も持ち帰り物資輸送が続く.午後の便は冷凍・冷蔵品.大半はアイスオペで集めたおみやげ氷だが,中には,中継点旅行隊が採取した内陸の積雪サンプルや,沿岸で採取した底面氷のサンプル,そして三浦プロジェクトでゲットした海底堆積物コアサンプルも含まれる.いよいよ研究試料を持ち帰るんだなぁ...なんて,なんだか,このところすっかり忘れていた研究者らしい感慨に浸ってしまった.

持ち帰り物資輸送作業をしているAヘリポートの横に,巨大なかまぼこ形の倉庫が姿を現した.今日はその上棟式ということで,48次隊がお祝いをしていた.我々の夏オペでは,移設や修繕はあったものの新規の大型建築物はなく,盛大に完成を祝う機会がなかったので,彼らの誇らしげなお祝いの様子は少々うらやましい.

ただ,この倉庫,ドリフトがどういうふうに着くのか心配.たぶん,Aヘリポート側にごっそり着いてしまいそうな気がするんだけど,杞憂かなぁ?

夕食後に私物持ち帰りの集積.通信と気象のワッチ2名以外の全員で作業.部屋の中に残ったのは,当分の着替えとパソコン類だけ.これで残りの一週間を過ごす.

私物集積を終えてすぐに,野外主任の引継ぎ.48次は正副主任制度をとるようで,引継相手はお二人である.正は小川ドクター,副は地圏担当で越冬二回目の永島さん.私が46次の山ちゃんから引き継いだときは,野外で一緒に寝泊まりしながらじっくり話す時間が持てたので,基地内であらためて引継ぎをすることはなかった.今回は,私自身があまり野外に出る機会がなかったので,引継ぎも食堂で行うことになった.

結局,終わってみたら4時間近くかかってしまっていた.話を終えて一服しにサロンに入ったら,食堂での我々の様子を横目にずっと映画を見ていた連中に「澤柿さん,話が長すぎますよ〜〜映画二本分の時間びっちりやるのはキツイんじゃないですか〜」と言われてしまった.

なるほど...夏オペ作業でお疲れのところ,時間も考えずしゃべりまくってしまい,まったく申し訳ないことをしてしまった.

48次野外主任のお二人,やり方は隊それぞれですから,やりやすいようにやってください.一年間のご無事を祈念しています.


今日も輸送

しらせが戻ってきて,今日から本格的な持ち帰り輸送を再開.25便ほどを輸送.

お昼過ぎに48次と代打のボツンヌーテン組が一日予定を早めて帰投.うちの二人はラングホブデと西オングルで野外調査を行うため,帰投せずに野外に出っぱなし.

夕食後,昭和基地Wikiの引継ぎを実施.自分でしゃべっていても,こりゃちょっとやそっとじゃ引き継げる内容じゃないな,と思った.国内からサポートできる体勢を作るしかないかな.でも,こういうグループウェアって,使ってもらってナンボの世界だから,まずは理屈抜きで触れてもらうことからはじめていただこうと思う.

28日のオープンフォーラム向けに,やっかいな仕事を引き受けることになってしまった.持ち帰り私物の集積を明日に控えて,急いで仕上げなければならない状況.


水槽掃除

image今日は130kl水槽の掃除.数日前に100klのほうをやっているので要領は心得ている.100klとは違って囲いもなくむき出しになっている分,130kl水槽のほうが砂などの汚れが激しい.手空き総員で作業できたので一時間半ほどで終了.

ボツンヌーテンは東峰での岩盤採取に成功したらしい.実際には帰国後に測定してみないとどうだか分からないけれど,これで14年前のリベンジを果たせそう.日刊スポーツの記者が現地から携帯衛星電話で直接Blogにかき込んでいてくれるので,昭和との定時交信よりも現地の様子がよく分かる.すごい時代になったものだ.

やっぱり行きたかったなぁ...

夕食前に臨時のオペ会.50周年記念フォーラムへの対応やら,越冬交代後の残留の件やらを協議.

しらせが,また見晴らし沖に戻ってきた.


久しぶりにProject-M

48次は休日日課.しらせのしらせ氷河研修フライトに混じって不定期に持ち帰り便があり,輸送担当にはやりにくい一日.お昼過ぎに越冬最後の防災訓練.48次のギャラリーが見守る中,久しぶりの放水.

もう数日前になるが,三浦プロジェクトのことがプレス記事になった.48次同行記者の報告だろう.すでにみ・くりさんが紹介してくれた東京新聞のほかにYahoo Newsの写真記事にも出ている.岩崎提供となっているこの写真は,コアラーがぶら下がっていないのでプロジェクトの本質を伝えるにはイマイチだな,と思うけど,まあいいっか...


ボツンヌーテン再訪

膝の故障により戦力外通告を受けていたボツンヌーテン調査だが,前回の経験者としてヘリの着陸点へのナビ役となるため,輸送便に載せてもらえることになった.

JARE史上3度目になる今回の調査隊のメンバーは,47次から三浦・岩崎,そして私の代理として環境保全担当でFA代理の永木君.48次から小川ドクターと夏の測地隊員の白井さん.そして報道の山村さんと小林さんの計7名.

ピンチヒッターで急遽参加することになった永木君は日大山岳部OBのバリバリのクライマーで,大学では第一次隊で最年少だった平山善吉さんの弟子にあたる.小川ドクターは北大医学部出身だから一次隊の中野征紀ドクターの後輩だ.私は今回現地に滞在できなかったけれど,ボツンヌーテン初登の菊池徹さんや中野ドクターはAACHの大先輩だし,特に菊池さんには,生前,個人的にも親しくしていただいた仲でもある.南極観測五十周年を迎える今夏にこうして一次隊ゆかりの隊員が三名もボツンヌーテンでそろったというのも,なにかの因縁のような気がする.永木君はまだ若いし,代打とはいえ,一人でも多くの新人に貴重な経験をしてきてもらうという意味では交代してよかったのかもしれない.

余談だけれど,FAがドームに取られても,野外主任が故障していても,代打者の登場で一級の野外調査でもなんとかなってしまうのは,47次越冬隊ならではの野外スキル層の厚さを示すものだろうと思ったりする.近頃じゃ,こんな隊はそうないだろう.おかげで野外主任の私は越冬中も楽をさせてもらったと思っている.

さて,今回の調査の目的は,宇宙線照射年代測定用の試料採取.露岩が氷床から開放されてからどのくらい時間がたっているかを知るためのもの.実は私が14年前に東峰に登って試料を採取したのだけれど,量が足りずに測定がうまくいかなかった(手記動画).今回はそのリベンジで,エンジン付きの削岩機を上げて,30kgのサンプルを採取する予定になっている.この他に,地理院の白井さんの仕事として,GPS測量と衛星対空標識設置という仕事もある.

前回は,岩石ハンマーさえあれば出来る調査だったが,今回は機材も多いということで,主峰からすこし西にはずれた「犬山」というピークを目指す.ちなみにこの「犬山」という山名は,一次隊が来たときに,ソリを引いてくれた犬たちを称えて付けられた.

image昭和Aヘリを発って,一旦ラング沖に停留しているしらせに戻って給油し,片道100マイルの長距離飛行に備える.二便飛ぶうちの先発便に47次隊員が乗り込み,私もそれに同乗.しらせを飛び立つとすぐ,ピーカンの青空のかなたに,氷床の上に鎮座するボツンヌーテンが見渡せた.ほぼ目視でまっすぐボツンヌーテンへ向けて飛行.

image夏冬通してさんざん歩き回った沿岸露岩地帯を横目に飛行を続け,しらせ氷河の出口付近を横切る.ここから高度を上げて氷床上にでるとボツンヌーテンはもう間近.

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一番右手の低い峰が「犬山」

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今日のパイロットは飛行長で,前回私がボツンヌーテンに行ったときにも操縦士だった.操縦席のすぐ後ろに陣取って,インカムを使って飛行長と着陸地点について話す.

飛行長:「前回は裸氷だったように記憶してますが...」
私:「今回は雪のあるところでいいです.西よりのとがったピークの下あたり」.

さすがに飛行長も私も前回の記憶が鮮明なだけに,思ったほど風も強くなかったこともあって,岩の周りを一週しただけで着陸点はすんなり決まった.

荷物をおろして一休みしている間に,第二便が飛んできた.私の再訪滞在はここまで.第二便でやってきた48次隊員と入れかわりに私が乗り込んで,そのまま昭和基地へ戻ってきた.

あとは調査隊の成功と無事帰還を祈るのみ.ちなみに膝の具合は絶好調!


最後の誕生会

今日の持ち帰り空輸は午前中のみ.S17のフライトクルーが風呂・洗濯・休養のため昭和基地にやってきた.

今日は輸送のルーチンから離れて,ネットが通じるうちに片付けておかなければならない仕事に専念.しらせ乗船中に締め切り日をむかえる原稿を一本編集者に送付.もうほとんどやりとりできないので,あとはお任せ.

夕食は越冬最後の誕生会.

VIP一行は無事日本に帰国された模様.

ドーム復路先発隊は今日も90km近く走行して順調に昭和基地に近づいている.


新規建築物

昨夜から雪模様.朝方,天気の回復を待って,持ち帰り空輸作業は30分遅れで開始.

あちこちで,いろんな新規建築物が形になってきた.Aヘリポート脇では新築ガレージの形がそれらしくなってきたし,Webカメラに映っている通信室下の燃料タンク送油管のラックもほぼ完成.東部地区のケーブルラック,地学棟と環境科学棟の暖房燃料用屋外タンクなどもほぼ完成したように見える.

これらに加えて,西オングルのテレメ小屋の近くに,ソーラーパネル付きの風発も完成したらしい.風車ではなくて,風を受ける切れ込みの入った円筒型のものが回転して発電する仕組みになっているとか(こんなかんじかな?).実物を見てみたいとも思うけど,もうその機会はないだろう.越冬中,サポートに行った隊員たちには超不人気だった極夜期の充電旅行も,これでちょっとは楽になるだろうか?

48次の皆さん,お疲れ様です.

ドーム復路先発隊は,今日一日で80kmを走行.さすがに,荷も少ない下りで,白夜の中を走ってくると距離が稼げるようだ.


戦線離脱

組長とドクターとの協議の結果,膝の容態を勘案して戦線離脱を宣告され,最後の野外調査地ボツンヌーテンに行けなくなった.最も楽しみにしていた場所だけに,ショックは大きい.膝のほうはもうずいぶん回復して全然平気なのだけれど,爆弾をかかえて望むにはリスクの大きい場所と言うことで宣告を受諾.野外主任の立場としても,自分がリーダーだったとしても,やっぱり同じ判断をしただろうと思う.

それにしても,不用意に膝を痛めてしまったのは今越冬最大の痛恨の極みである.こんな始まりじゃ,この先,本厄の一年間が思いやられる.

image昼食後,100kl水槽の掃除.荒金ダムと熱交換二次水との間のバッファーになっているタンクで,普段は,比較的温かい水が貯められている.全体を覆いで囲われているので中に入るとムンとする湿気を感じる.覆いの壁面についたドロをこすり落とし,水を抜きながら床の砂も洗い流して終了.

夕食後,各観測棟を回って,持ち帰り一般物資をAヘリの脇に集積する.

ドーム隊は,最後まで掘削を続けるパーティと,一足早く昭和基地まで戻ってくるパーティに分かれた.本日,先発隊が復路を出発.


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