ヤマレコ

山行記録共有データベース「ヤマレコ」さんから相互リンクの連絡が来た.ベースはJARE47のページでも使っているXOOPSだけど,IT関係の研究をされているだけあって,独自の付加機能を開発してすばらしいデータベースサイトに仕上がっている.

なんといっても,YahooMapとGPSデータを連携させて,山行記録を視覚的に表示できる所がすごい.常々,カシミールとWebを有機的に結合できたらよいのに,と思っていた所,このサイトではその要求をGPSとYahooMapの連携でみごとに実現できている.

AACHの山行記録もこちらに移行させたほうがよいのではないかとも思えるくらい.


久しぶりの山岳館

日本山岳会の方々が蔵書閲覧に来館されるというので,データベースを整備しに山岳館へ.

山岳館には,北大山岳部が発足して以来収集してきた4000冊以上の山岳書コレクションがある.OBがボラティアでそのデータベース化と管理作業を行ってきており,Webサーバーを通じてネット上で検索や貸し出し管理もできるようになっている.山岳館は北大の施設ではあるけれども僻地にあるので有線LANが引かれておらず,サークル会館と無線LANでつないでネット環境を維持している.南極出発前に整備したままでその後が気になっていたところ,無難に機能していることを確認した.しぶとく安定していることに安堵.

山岳会の方々はなかなかのマニアぞろい.何かのテーマで調べものをされているらしく,資料を求めて山岳館の蔵書を調べていた.趣味の世界とはいえ,資料の所在をつきとめてそこに赴き,現物を調べるという作業は,最近の学生にはとんと見られなくなった風景だなと思った.

訪問者の一人は札幌で古書を扱う書店を経営されているかただったが,昨今の学生が本を求めなくなった風潮の影響もあって,古書の値打ちも下落しているのだとか.古書マニアにしても,生き残っているのは本当に保存状態の良い貴重本を所持するのが主眼なので,さんざん手あかのついた山岳館の蔵書のようなものは,古書市場では安値になってしまうらしい.

それでも私なんかにとっては,伝説の大教授やパイオニアたちが実際に手に取って知識を吸収するのに用いたその本を自分の手に取ってみることができるだけでも興奮してしまうライブラリなのである.たとえ,古書市場では見向きもされない状態であったとしても,博物館や図書館では箱入りになってしまて,閲覧許可が必要だったり,手袋をして一枚一枚慎重にページをめくらなければならないような本を,比較的自由にいじくることができるというのも山岳館蔵書ならではのことだろうと思う.

日本の南極観測発足前後に,観測隊のパイオニアたちによって南極研究に用いられた書籍や,南極観測事始め的な資料がたくさん残っているのもありがたい.そういえば,南極に憧れて北大に入学した当時,山岳部の部室の書架に無造作に並べられていた書籍の中に直筆の書き込みや手記を見つけて,これまで本の中の存在でしかなかった南極観測のヒーローたちが,一気に現実の身近な存在に感じられた瞬間があった.地質学教室にすすんだ時にも,廊下に無造作に並べられていた岩石サンプルや報告書などにも同様の感慨を覚えたりした.山岳館の図書室は,そんな初心の感動を思い出させてくれる場所でもある.

山岳館では,AACHの映像記録を収集しデータベース化する作業も進んでいる.すでに最終のとりまとめ段階に入っていて,次の段階としての公開・配布方法に関して仕事を依頼された.ちょっと面倒な作業になりそうな気配ではあるけれども,感動と指針を与えてくれたAACHへの恩返しのつもりも考えると「やられせていただきます」としかこたえようがないのである.

ついでにPCのアップデートをしていたら,みごとにこの問題にハマッってしまった.困ったもんだ(解決方法はこちら).


黄砂

朝,車が真っ白に.普段でもめったに洗車しないので汚れているのだけれど,汚れかたが尋常じゃない.ここで調べてみたら,深夜に黄砂がふったらしいことが判明.


報告

今年度初回の研究院アワーで越冬の報告.聴衆には南極経験者も多く,自分も一言,というのを持っておられる方々の前で話すのは緊張する.

座長の高田先生からの質問(というか指摘)…充分に噛み砕けていないかもしれないけれど,たぶんこんな趣旨.

いろんな分野でも長期的にデータをとってレポートを出す仕事は存在しているけれども,それに満足してしまって,新しいなにかを生み出すために新たな要素を付け加えていくような何かがなかったり,有機的なつながりになっていないことも多い.南極観測50年の体制ではどうか?

聴衆のみなさんはこの点に「その通り」と感じられたところがかなりあるようだけれど,私はあまり的確に応えることができなかった.この点に関しては思う所がいろいろとありすぎてまとめきれなかったせいもあるが,あとから考えてみると,いつの間にか観測隊側の立場になってしまっていたような気もする.いつも極地研側の姿勢を批判しているのに,その立場に自分が陥ってしまている罠なのかもしれない.

私は,誰かに納得してもらったり共感してもらったりする趣旨で話すよりも,「それってどうなの?」「違うんじゃない」「私も一言」と感じたり考えたりしてもらうようなやり方を指向するほうなので,質問というよりは聴衆の主張を引き出せたという意味では講演は成功だったかもしれない...と自己完結しているところ.

「南極...ふぅーん」で終わらずに,こういう面白い議論がしっかりできてしまうところが,やっぱり北大のポテンシャルなんだろうと思う.


還暦記念

恩師の還暦祝賀コンパ.ゼミ終了後に研究室でささやかに開催.

本来ならば私ぐらいの立場で企画していろいろ人も呼んでしっかりやるべきことなのだけれど,帰国後のボケもあって出遅れてしまっていた.かわりに,院生の皆さんが気を利かせて手作り料理での祝宴を企画してくれた.感謝.

チャンチャンコと帽子の代わりにランニングにも使える赤いベストとヘッドバンドを贈呈.

師のお言葉…論文を書き続けるのに必要なもの…「気合い・集中・執念」

私的には,「これポ」「これ論」が院生の皆さんにはおすすめかも.


シメのフレーズ

二日後にひかえた講演のプレゼン準備.学会支部の連絡網整備など.

一年前の今日の記録をみたら,「悪天のため南極大学を休講」とあった.天候により休みになる講義とはなんだろう?と一瞬疑問に思ったが,初のA級ブリザードが来て外出禁止令が発動され,講師が観測棟にトラップされていたためだったと思い出した.

これでプレゼンのシメのフレーズを決定.


上陸点

JARE47のホームページを構築して,RSSフィード機能をつけたことは前にも書いたが,あちこちのBlogを巡回しなくても最新のヘッドラインをまとめて読むことができて便利.今回も昭和基地から耳寄りの情報が届いた.第一次隊が上陸式を行ったと言われている場所を突き止めたというもの.

「突き止めた」というので不思議に思われる方も多いかと思うが,一次隊が最初に基地の候補地に選んだ場所は,現在の昭和基地主要部がある東オングル島北岸ではなく,東オングル島と瀬戸をはさんだ南側にある西オングル島のどこかであった.それを記念して西オングル島には「昭和平」という地名のついた隆起海岸があるのだが,当時の写真とみくらべても,「昭和平」はどうも様子が異なる.それじゃいったい,本当に上陸式を行った場所がどこなのか,という疑問が残されてきたのである.

古株の隊員に聞けばわかることなのかもしれないが,昨年と今年は観測隊50周年ということもあって,この記念すべき上陸式地点を自分たちの手で明らかにして記念の写真を撮りたいと思いながら越冬してきた.昭和平よりも海峡(東)よりのどこかだろうという見当はつけていたのだけれど,結局越冬中にはめぼしい地点を見つけることができず断念していたという経緯がある.

現在越冬中の48次隊が,ようやくその地点を明らかにしてくれた.だいたい我々が考えていた場所と同じ.今回の再発見の手がかりになったのは,プロジェクトXで放映された当時の記録フィルムの映像だったとか.我々は,写真に映っている特徴的な岩を手がかりに探そうとしていたのだけれど,それにこだわりすぎていたのが敗因かもしれない.

内心では地理屋の意地にかけてでも,と思っていたところもあり,やられた!,と思う所もあるが,とにかく懸案の問題がはっきりして良かったと思う.


五月病

連休最終日.

心身ともに活動度が低い.何にしても投げやりな気分.沸々とわいてくるものがない.具体的な目標ではなく,追い求める星の話がしたい...


開花

image札幌の桜.


春スキー

どこにもでかけられず家でくすぶっている息子をキロロへスキーしに連れ出す.残雪は思いのほか多く,春霞がかかった空に余市岳や飛行場方面の山々が白く輝いていた.

ザラメの斜面も快適.足慣らしに林間コースに入ったら,他に滑っている人がいなくて貸し切り状態.自重で前進するのにまかせてゆっくり降りていく.野鳥のさえずりや林間を抜ける風の薫りに包まれて,至福の快感に浸ることができた.これでたき火でもしながらキャンプできたら最高なんだけどなぁ...

息子は東京育ちで,小学校に入るまではゲレンデに出たことがない.もちろん父子でのスキーも今回が初めて.越冬している間にスクールに通って鍛えたらしく,ほとんどの斜面をついて降りてこられるようになっていたのには驚き.

今日の気温は6月中旬並みだったとか.確かに,札幌近郊の山が一気に黒さを増したような気がする.


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