VIP到着

ドラムの本格空輸開始.前次隊が最初の手本を見せてあとは次の隊がすべて受け取るのが普通だが,今回は経験者が多いので手本は不要,といわれ,我々の出番が無くなってしまった.

imageお昼頃,S17にVIPが到着.トロールから直接来る予定が,バスラーのやりくりの問題で昨夜はノボ泊まり.そこからS17へ飛来.昭和基地には夕刻に到着.ここまで5日がかり.

歓迎会を兼ねた夕食ののち,そのまま雑談会に突入.VIP案内役の本吉極地研教授は私には気心が知れた仲なので,氏をたよりに遠慮がちに話の輪に加わる.毛利さん,立松さん,今井さんのどの方も,思ったよりも気さくな感じでやりやすそうだが,こちらに昭和基地の主としてのアドバンテージがあるせいかもしれず,たぶん日本ではこうは行かないだろうと思う.

さっそくVIPからいろいろ印象的な言葉を聞くことができた.

・空路といってもここに来るまで5日間.宇宙は離陸してから数分でついてしまう.ずっと遠い.
・南極はどこに行っても星条旗がはためいているけれど,今回の訪問に関しては完全に日本の後方支援だった.南極観測に関して日本は独自の立場をしっかり築いているのが実感できた.今後もそれをより発展させて欲しい.

とは,毛利さんの言葉.そして,昭和基地の研究観測にしっかりエールを送ってくれたのも心強い.

・物事を長く続けるには,それを支える最初のストーリーが重要.ノルウェーがアムンセンの物語を支えに独自の科学フロンティア戦略を展開させているように,日本も白瀬中尉やタロ・ジロの物語が,ここまで南極観測を続けてきた支えになっているハズ.

と,物書きとしての立場から立松氏が述べていた.

・落ちるとは思ってないモン

とおちゃらけた表情をみせる今井さん.動くソリの上に立ち上がって写真を撮ろうとした今井さんを,引率役の本吉さんがヒヤヒヤしながら見ていたことへの返事の言葉であるが,さすが,三大北壁を登った登山家のセンスがにじみ出ているな,と思った.

VIPの到着で影が薄くなったが,この他にベルギーの科学者三人も昭和基地入り.本丸に余裕がないので,彼らは夏宿泊まり.


案内

昨日に引き続き,一般物資空輸品の配送.

私は輸送作業を免除してもらって,大型アンテナ測量の特別な技術を持っているA.Woods氏を案内して島内を回る.大型アンテナを動かしてもらって動きを見たり,アンテナのどの位置に測量のターゲットをつけたら良いかを検討したり,測量の基準となるGPS点や三角点,水準点の位置などを実際に確認したり.

VLBIの受信設備・水素メーザー・セシウム時計・GPSの連続収録システム・ドリスビーコン・超伝導重力計・WEBカメラなどもついでに紹介.短時間に集中してまわってみたら,結構多くの観測を実施していたことにあらためて気づいた.やっぱり昭和基地は科学観測基地である.

CASAのクルーのほうは,海氷状態の下見,しらせのヘリ運用の見学など,半日の時間をめいっぱい使って楽しんでいった模様.彼らには悪いけれど,VIPを迎えるのを目前にして,接客手順を確認するよい材料にさせてもらった.満足度120%の笑顔の4人は,昼食後にヘリでS17へ戻ってデービス基地へと帰投のフライトに就いた.

それに先だって,すでにS17にはドルニエ機が到着しており,いよいよ本格的な日独航空観測が始まろうとしていた.今年の観測は大気がメイン.その準備のため気水圏の隊員もS17へ.このタイミングなら,CASA・ドルニエ・バスラーといった,S17にやってくる全ての航空機を見ることができるはず.ちょっとうらやましい.

ついでに,昭和基地へやってくる予定のVIPを出迎えるため,越冬隊長も一緒にS17へ向かった.

私は夏オペの人身御供として基地に残されたため同行できなかったのだけれど,スカーレンの野外調査から二人が帰還.まあまあの成果が得られたようで,すっきりした笑顔で帰ってきた.

ということで,夏真っ盛りの南極は人の動きが盛ん.DROMLANのほうも,夏とはいえ厳しい気象条件下で多くの乗客をさばかなければいけないらしく,本日中のVIP到着はちょっと延期になった模様.


CASA

今日から一般物資の空輸開始.我々はヘリポートに下ろされた物資をトラックで配送する役目.

imageお昼頃にオーストラリア南極局が契約しているCASA-212がS17に着陸し,夕刻,そのクルーがヘリで昭和基地にやってきた.実質的に,今夏初のお客さん.しかも外国人.私はその対応役を仰せつかっていたため,なんだか気ぜわしい一日となった.

やってきたのは,CASAのフライトクルー3名と研究者1名.クルーの一人は女性で整備要員だということ.リーダー格のJorn氏はノルウェー人で,オーストラリアと本国を行き来しながら航空業界で働いているという.昭和基地周辺がノルウェー語の地名だらけであることに驚いていた.今回のフライトで初めて知ったらしい.

フライトの目的自体は,オーストラリアの南極輸送戦略の中で昭和基地周辺へのフライトも可能かどうかを下見すること.それだけだったらS17までやってくればそれでよかったのだけれど,ついでに大型アンテナの位置測量ができる研究者を連れてくるという仕事もあったため,全員が昭和まで来て一泊することになった.

大型アンテナのポジションを正確に求めるのは,アンテナをVLBI観測にも使っているからであり,地殻プレートの動きを精密に測定しようとしている観測目的からいえば,アンテナの位置がどこにあるか,というのは重要な事項である.ところが,昭和基地の大型アンテナは,レドームに覆われていることもあって,実はGPS座標と連動した正確な位置がまだ得られていない.これを解消するため,特殊な測量技術を持った研究者と共同で測量してみようか,という話がすすみつつあり,その本人が本格的な共同作業が可能かどうかを下見しに,急遽やってくることになった.

彼は,この夏,デービス基地でGPS観測の仕事をしていて,このフライトのことを知って連れてきてもらうことになった,と言っていたが,そのへんのフレキシブルな動きには感心してしまった.突然対応を迫られたこちらは大変だったけれど...彼がデービス基地から携えてきてくれた手紙には,オーストラリア隊に同行している極地研の同僚と,かつて私のD論の英語をみてくれた古い南極トモダチからのメッセージが記されていた.世の中は広いようで狭い.


ここに来るべきもの

今夜も夜を徹して氷上輸送.がんばった甲斐あって,3夜の予定を2夜に短縮.まだ午前中だけれども,私にとっての4日はこれで終わった.

3日の朝日新聞に極地研究所々長の記事.例によって『南極越冬記者』の手によるもの

  • 開かれた基地
  • 観測隊以外の人も南極へ

  • と所長は考えていらっしゃるようだ.しかし,私としては,新造船就航に込めるメッセージには『もっと南極に来て研究してください,そのためのプラットフォームは用意します』と,さらなる南極科学発展へのアピールもちゃんとしておいてほしかったんだなぁ...

    南極観測が成り立つ基本条件は,当然のことながら,研究・観測を行っていることである.それ由,研究者が観測隊に参加することは当たり前のことと思われがちだが,じつはそうでもない.このBlogの読者には薄々感じている人もあるかと思うが,最前線の研究者はこの現場にはほとんどいない,というのが現状で,私が見る限り,南極観測の基本条件が危うくなっているように思われてならない.本当にここへ来ることを期待すべき,そして連れてくるべき人は,芸術家でもメディアでも一般人でもなく,研究課題と意欲と主体性をもった「研究者」なのである.

    一般的に,日本で研究の最前線にいることを意識するような研究者は,生産性をあげ,その成果をアピールし,資金を調達し,プロジェクト参画者を食わせながらマネージしていく,という使命に駆られている.大学所属者であれば,これらにさらに学生の指導という責務も付け加わる.定常観測を受け持つ官公庁所属機関にしても,独法化やなんかで南極だけにかまけている余裕はない.

    このように,研究・観測界のトップランナー集団にとっては,現在の日本の南極観測システムは,観測隊に参加したくても躊躇してしまうような要素が満載のシステムになっている.これは極地研究所のやりかただけに問題があるわけではなく,日本の科学界全体の仕組みの問題でもある.

    米国では,NSFから資金をとりつければ(実はこれが一番難しい関門だったりするけれども),比較的容易に南極で研究観測計画を展開することができるシステムが整っているようだ.日本でも,米国と同程度の展開が図れるように,科研費制度・大学院教育・大量PD対策などを含めた総合的な地盤固めをしていく必要があるだろう.その役割の中心になるのが極地研であるように思う.

    研究・観測以外にも開けた昭和基地をめざす,とアピールするのは良いけれども,その前提として,研究・観測がしっかり実施されていること,そのための人員が的確に確保できていることが先決.また,仮に最低限の人員を確保できていたとしても,それに満足せず,より多くの研究者が自らすすんで来たくなるような環境作りを最優先すべきだと思う.

    日本の南極観測事業の門戸開放の末に,昭和基地にいる研究者がすべて他国人で占められ,その世話を日本から派遣された観測隊員が担っている,なんて結果になっていたらどうだろう?いくら南極が国境のない人類共通の科学フロンティアであるからといって,そこまでなったら日本もいよいよおしまいという気がする.あながちそれもあり得なくもなさそうな気がしているが...

    新聞記事として一般うけしやすい言葉が,メディアサイドで取捨選択されてこの記事になっていることは理解できる.所詮,報道とはその程度のものだ.だけれども,きれい事ばかりをならべて南極をアピールできていた時代はもう終わりに近い.開放によって隊員以外の人が来るようになれば,なおさら,南極観測基盤の脆弱性が関係者以外の人々にもあらわにされることになるだろう.本気で日本の南極観測の将来を語るなら,この現実を正面から見据えて,本業である南極研究・観測にもっと研究者の触手をむけさせる方策について,世論も巻き込んだ議論を展開する勇気が必要なように思う.日本の学術界に蔓延する悪習をも打開する契機となる期待もこめて.


    夜間氷上輸送

    image2日の夕食後から3日朝にかけて,徹夜で,持ち帰り大型廃棄物を氷上輸送.持ち込み物資輸送は新旧の隊の共同作業だが,持ち帰り物資輸送は陸上・氷上ともにすべて我々の仕事となる.久しぶりに大陸の高気圧が張り出して南風となり気温が低下.その後カタバの強風にかわる.おかげて,夏のポカポカ作業になれきった体はすっかり凍えてしまった.

    鉄くずなどがつまった1t近い重量級のリターナブルパレット40梱あまりが今夜のノルマだったが,ガシガシやっていたら日付が変わる前には目途が付いてしまった.残りの時間は廃棄物が詰まったスチールコンテナの重いクラスを輸送.この調子だと,3夜かかるとの見積もりよりも短くて済みそうな気配.

    image輸送終了後の朝食をすませて,そのまま海氷厚測定装置の引継を兼ねた試験で48次隊員に同行.久しぶりに岩島まで出た.あちこちにパドルができはじめている.

    岩島方向からみるしらせはまた格別にかっこいい.

    まだ午前中だが,私にとっての3日はこれで終わり.夕食まで睡眠をとった後,またまた徹夜の氷上輸送に突入.


    厄年

    今年は本厄.人生の曲がり角,体力的にも社会的立場においても負担が増えて,なにかと不安定になりがちな年,ということである.

    今夜からの夜間氷上輸送にそなえて,午前中に見晴らしまで貨物の集積を行い,午後は仮眠を取る.仮眠中に厄年の混沌とした夢を見た.なにかの暗示か?でも,南極にしても帰国後のことにしても,控えめにおとなしく過ごすだけの余裕は与えられていないのが現実.

    助教問題に関して,うちの組織は他とは違う複雑な事情を抱えている.研究組織としての「研究院」と教育組織としての「学院」の二重組織になっているからである.基本的に助教としての身分は「研究院」で移行が承認されることになっているが,「学院」教育参画のための資格審査も前後して行われる.そのための資料を提出するように通達が来ている.

    いろいろ疑問点があったので,しかるべき立場の人に問いあわせたら,『我が研究院の助教にはぜひとも学院の教育に参画してもらわなければ困る』という返事.ということは,学院教育への参画はこちらから求めるものではなくて,学院から要望されるっていう立場だという理解が成立する.それならば,「研究院における審査の結果,助教への移行が承認されました.つきましては,助教として学院への参画をお願いしたく,その審査のための資料を提出してください.」と通知するのが筋のような気がするのだが...しかし,研究院での審査結果ももらっていないうちに,学院から資料提出の通達が来ているのが現状.要望する側が「審査」するってのは,なんとも不思議な構図である.

    結局,踏み絵をさせられているのは,助教移行対象者ではなく,移行を指示されている組織運営者側なんだ,と思った.

    今回の助教移行措置は,就職のような自分を売り込む機会ではないし,契約更新や本質保証のような,職務に見合った仕事をしたかどうかの評価をされているわけでもないと思う.それだけに,むなしさだけが募る措置なのだけれど,幸か不幸か,大学教育史上,歴史的ともいえる節目に当事者として関わるまたとない機会を得たからには,ただ流されるだけの対応はしたくないと思う.

    控えめな行動を推奨される本厄の年なんだけれども,学院参画審査に関しては,ちょっと高飛車に出てみようかな,という気になりつつある.


    謹賀新年

    image4回目のIPY(国際極年)開幕の年.極域研究が大幅にクローズアップされることを期待.そういう年ですが,本年もよろしくお願いします.

    日本より6時間遅れで年が替わる時間,テレビ朝日とのネットテレビ中継に出るため,まだ元気のある隊員が食堂に集合.年越しそばを食べたり除夜の鐘をついたりしている様子を背景に,越冬隊長が出演.白夜の太陽が赤く大陸を染めている様子を眺めながら,ネットテレビシステムに流れる日本のテレビ番組を見ながら昭和基地で新年を迎えることになった.

    調理隊員が腕をふるって作ってくれたおせち料理と雑煮をブランチにいただき,明日から始まる徹夜の氷上輸送作業にそなえてゆっくりと一日を過ごす…というわけにもななかないかず,たまったメールへの返事を書いたり,論文原稿に手を入れたり,月例報告を書いたりしていたら,もう一日が終わっていた.

    今年一年もこんな感じで過ぎてしまうのだろう.


    大晦日

    午前中にボンベ関係の氷上輸送.これで年内の仕事納め.48次隊は,しらせでそろって年越しするということで,夏宿から引き上げていった.

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    午後,鏡餅や雑煮用のお餅つき.

    除夜の鐘つき用にドラム缶でつくった梵鐘もセッティング完了.実家の鐘は,今年はだれがついているのだろうか?

    夏オペの多忙にかまけてじっくりこの一年を振り返っているヒマも無いけれど,一緒に越冬している仲間はもちろん,日本の留守を守っていてくれる家族,職場の方々等々,多くの方々にお世話になった一年だった.こころより感謝申し上げる次第.


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    早朝にしらせが再接岸.急患の往診から夜通しかけて戻ってきたらしい.さっそく午後から氷上輸送も再開.水っぽい雪がちらつき,時々吹雪く悪天の中,Cヘリポート改修資材を見晴らしに上げる.

    夕食後,当直だった副社長が「虫」を発見.オーストラリア産のセロリについてここまでやってきたらしい.たっぷりのエサに囲まれて適温の倉庫に保管されてきたようなものだから,生きていて当然だが,さすがにこれはめずらしいかも.一匹いるということはきっとほかに何匹も,どこかにいるに違いない.


    つかの間の休息

    しらせがいなくなったので氷上輸送はなし.隊長判断で休養日課となる.重機やトラックの音もあまりせず,基地主要部は夏オペ中とはおもえない静けさ.

    救助活動がすんなり終了したようで,しらせは明日にも戻ってくる模様.輸送作業もすぐに再開される予定.つかの間の休息日となった.


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