南極
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流しそうめん
今日は越冬の一大イベントがある日.そのためサポートも期待できないということで探査はお休み.実はそれは表向きの口実で,自分がイベントに出たいというのが本音.
一大イベントとは,おみやげ用の氷取りオペレーションと,その後の氷山の上でのそうめん流し.
アイスオペのほうは,全部で二百数十箱分集める予定のうちの40箱分を氷山から採取.どうしても抜けられない仕事で基地に残った数人を除いてほぼ全員でやったので,あっという間に終了した.でもまだ採らなければならない量はこの5倍.
氷山そうめん流しは前回の越冬の時にも楽しんだけれど,あの時はもうすこし暖かくなってからだったような気がする.今回はドーム隊が出る前に,ということで今頃の実施となったわけだが,気温はまだマイナス20度以下なので,流れが止まるとあっという間に氷ってしまって,じっくりと味わっているヒマはなかった.
もう一人
ブリの襲来が予想されているため,今日も探査はお休み.休日日課なのでおおっぴらにのんびりできるが,それでも焦燥感は募る.
朝,茨城方面とのテレビ会議で,もう一人の越冬隊員と会談.夕刻スカーレン隊が帰投し,朝のテレビ会談とあわせれば,これで本当の越冬フルメンバーがそろった.
日本では知人・親戚の慶事が重なる.私が日本を長期で不在にしている時にかぎってあることばかり.
あせりと罪悪感
今日は本格的に風が出て探査はお休み.すでに三日も出ていない.
ここまでくると,だいぶ焦りも出てくる.基地内でやるべき仕事もあるにはあるが,「探査の合間」という意識が強いので,落ち着いて取り組もうという感じがしない.論文書きも思考が中断してしまうので,なかなか進まず.
かといって,ふたを開けてみれば,結果的に三日もまとまった時間ができてしまった訳だ.少しも無駄にできないこの時期の時間をなんとなく過ごしてしまうことだけはないようにと思うのだが,一日が終わってみると,なんとなく罪悪感にかられてしまう.
L/Sバンド衛星受信アンテナの挙動をこまめにチェックしていたが,ライン欠損の原因がなんなのか,今ひとつ不明.
原稿書き
今日も強風が予想されていたため探査はお休み.午後から風が強まり,夕食後には20m/sを越える.
基地内での業務もとりあえず片付いたので,ずっとペンディングにしていた原稿書きを再開する.それを察知したかのようにタイミング良く出版社から連絡のメールが来た.テレパシーでも通じるのか???頭を論文モードに切り換えるのに苦労するし,パソコンの画面の文字ををずっと追っていて頭痛がする.
夕食後に,一昨日の早朝に採取された血液の検査結果をもらう.コルステロールが若干上昇気味だが,いたって健康.
今日の朝日新聞に極域研究の大御所のお二人,アラスカ大の赤祖父先生とノルウェー極地研の太田先生のインタビューが載っていた.どちらも深いつながりのある先生だ.太田先生が,しらせを退役後に北極圏の研究にまわして日本の存在感を示せ,とおっしゃっていたが,スピッツベルゲンで仕事をしたことのある私としても,まったく同感である.そもそも中緯度に国土が位置する日本が極域研究の中で世界に存在感を示すことにどういう意味があるのか,ということについてはあまり説明がなかったけれども,世界の中の日本人として活躍されているお二人の存在感はなんとも頼もしい限りである.
ただ,実際の所,しらせは観測船としては観測甲板が中途半端な作りなんだよねぇ.今度の新造船は輸送を主眼としているらしいので,そのへんの改善も余り期待できないみたい.
本業-監視編-
風が強くなるという予想だったので,今日の探査はキャンセル.しかし予想は外れて天候は終始穏やか.S17とスカーレンへ旅行隊が出発し,基地の人員は半減.明日からは本当に風が出そう.
9月の月例報告を仕上げて,昨日まで続いた海底探査の仕事でしばらくおろそかになっていた,本業の「衛星受信」の仕事を片付ける.
まずは水素メーザーの定期チェック.特に問題なし.ネットカメラで監視できるようにしていたので,外から帰ってきてパソコンの画面を覗くだけでおおよその状態は確認できていたのだけれど,実際に現物を触りながらのチェックをしておくと,心理的にも安心できる.
次に,このところ調子の悪いL/Sバンド衛星受信アンテナをチェックし,コントローラーをちょっと微調整.調整結果がうまくいったかどうか,今後しばらく様子を見ることにする.これも受信画像を常時パソコン画面に表示しているので,普段の状況把握は楽.逆に,不調な画像があったりすると,すぐに対応できないもどかしさが残って精神的にはあまり良くない.
こういう監視に役立つのが,デスクトップに常に表示しておけるwidgetで,定常観測のモニター用に「multicum」というのを使っている.この配布サイトにあるサンプル画面には,SouthPoleなんてのもあって,まさにこんな使い方をしているのである.
私のmulticumには,業務監視用の他に,昭和基地のwebカメラやOhiginsの大型アンテナ,そして北大のポプラ並木などを登録している.
このwidgetの画像登録のコツは,ホームページのアドレスを入れるのではなくて,画像のソースアドレスを直接入れること.
展張訓練
強風のため,今日も「長距離通勤」はキャンセル.
午後,防災訓練.元消防団員の安全監理主任による消火に関する講義の後,消火ホースを展張する訓練を実施.くるくる巻き付けてあるホースの一方を引っ張って,一気に延ばす.
このところ,いくつかの手続きが前倒しで実施されている.10月末にはドーム隊が旅行に出発して越冬交代まで帰ってこないので,帰国に関する諸々のことを今の内からやっておく必要があるためだ.
まず今日は,帰りのしらせでの船室の割り振りが決まった.誰と同室になるかを,喫煙・禁煙で分けた後,くじ引きと庶務による微妙な調整によって決定.当初ちょっとは波乱も期待したりしたけれど,結果をみると,まあ,落ち着くところに落ち着いた,という感じ.
考えてみれば,ドーム要員が昭和基地にいるのもあと一月しかないんだねぇ.
パワハラと組織論
ALOSの昭和基地上空画像がようやく得られたそうで,そのキャリブレーションのためにコーナーリフレクターの正確なGPS座標をだしてくれ,と依頼が来た.早速,コーナーリフレクタのそばで24時間のGPS観測を開始.
昼過ぎに海氷GPSの設置.日差しが暖かく,風も弱くて小春日和.氷の上で昼寝でもしたくなる気分.
VLBIの記録システムのソフトのバージョンアップの依頼が来たので早速対応するも,なぜかコンパイルできず敗退.指示を待つことに.ついでに,あやしいLayer2のARPパケットが流れていて,FreeBSDのコンソールに頻繁にエラーが出ることが判明.非常にウザイ.どっかのPCのVPNあたりが怪しい.なんとかはじきたいのだが,ipfwのバージョンが古くて対応不能.FreeBSD自体のバージョンをあげなきゃ無理か...下手にいじるとうまくいかなかったときに観測に支障がでるので,とりあえず放っておく.
夕刻,定例のオペ会(このために今日はいつもの「長距離通勤」をキャンセルしていた).その中の議題の一つに出ていたのだが,観測隊もハラスメント問題に取り組まなきゃいけない時代になったようで,極地研では次の隊の集会に,わざわざ専門家を講師として招いてレクチャーしてもらったとか.そのプレゼン資料やビデオを昭和基地でも見せることになったらしい.
ついでに隊長が,例の阪大のねつ造・自殺事件を扱った,Natureの記事(Ichiko Fuyuno and David Cyranoski. 2006. Nature 443: 25)も資料として用意していた.『服毒自殺は普通ではない...他殺では?』という.研究者として私も興味あるので隊長の気持ちも分からないではないが,この記事は観測隊にはあまり関係ないんじゃないかなぁ...
それよりも,隊長が用意していたもう一つの資料『パワハラを減少させるための社会基盤』というの中の『組織と構成員』の考察のほうがおもしろい.隊長は組織論における構成員の役割の見方を分類して,
- 伝統的組織論/古典的管理論…構成員を受動的道具とみなす
- 人間関係論…各構成員は人間として自分の動機や価値や目的を持っている.組織行動のシステムに彼らが参加するには,動機付けや誘因が必要.個人の目的と組織の目的の間に矛盾があるため,構成員の態度やモラルの問題が,組織行動の説明に中心的な重要性を持ってくる.
- 近代組織論…構成員は意思決定者ないしは問題解決者である,意思決定のための認知や思索のプロセスが,組織行動の説明に中心的な重要性を持ってくる.
としている.
まあ,観測隊全体としては2番目の分類が一番近いんだろうけれど,国家プロジェクト規模で南極観測を見れば,まだまだ1の要素で見られる部分が強いと思う(特に為政者からみれば).越冬隊という組織でみれば,逆に,それ自体が小さい組織なので,役割や専門性は特化されており,3番目の要素の集合体として見るほうがピッタリ来ると言ってもいいかもしれない.白石総隊長がJARE47のスローガンとして挙げていた『三人寄れば文殊の知恵』というのは,こういう意思決定や思索のプロセスのことを言い現しているのだろう.
一番問題なのは,本来3番目ぐらいの気持ちで自立していなければならない越冬隊員でも,他の部門のサポートにまわったとたんに1番目の構成員に成り下がってしまう可能性があるという点だ.特に,危機的場面や未経験の領域に踏み込んだときに,どのような反応を示し,感想を残すか,という点は,個々のキャパシティにも左右される問題でもある.近頃は,南極という特殊な自然環境に対する個人個人のキャパが狭まっているような気がしないでもない.
ちなみに,AACHは元来,3番目の要素が非常に強い組織である.一時期,2番目の要素が強まったこともあったが,決して1番目に分類されるような組織になったことはないと思う.このへんの考察は部報14号よりも13号のほうが良く表現できているように思う.その点では,14号の出来具合には「もう一押し」という気持ちが残る.
ー閑話休題ー
『組織と構成員』に戻るが,ここで「なぜハラスメントが組織論と結びつくの?」という疑問が残る.実はそこに,《頭の切れる》隊長の『思考の飛躍』が我々に突きつけられるいつものパターンが発生する.そこで飛躍を埋めるために私流に解釈してみることにする.
ハラスメントの一方は『権威者』である.よって,その権威者とは組織の中ではどのようにとらえられている物なのか,という命題が発生する.隊長はその命題を考察し,その結果,この組織論の分類が提示されたのであろう,と思うわけなのである.
つまり,現代風・近代風の組織論で言えば,「権威」なんて絶対的なものはなく,それは権威を受け止める構成員の側にある,という結論なのである.それが題名の『パワハラを減少させるため...』というところにつながるのだ.
ところで,隊長がいつも言っている『自己責任』はこの中にどう位置づけられるのだろう?




