南極 一覧

不調

体調不良につきしばし伏せる.

持ち帰りデータの梱包や論文書きなど.


氷厚測定

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休日日課.でも仕事をする人は仕事をしている.私は氷厚測定そりの最後の試験に向岩ルートへ出かける.ついでに,しらせが接岸する時の参考にするための海氷偵察.

海氷がゆるんできたとはいえ,オングル海峡の氷厚はまだ1.5m以上ある.昨年しらせが停泊したあたりは1.8mもあって,結構しっかりしている感じ.海氷上の積雪はくさってきてグサグサだが,氷上輸送にはなんとか耐えられそう.

この氷厚測定ソリは,いちいち海氷に孔を開けなくてもレーダーで厚さを測定してくれるという器械.GPSを搭載していて,位置情報と一緒に,連続的に氷厚を記録してくれる.越冬中の頼まれ仕事で試験を行ってきたが,その実績が国内で認められたとかで,次隊も引き続き使うことになったらしい.

実際にテストしてきた感じから言うと,まだまだ改良点は沢山ある.なによりも,機器をのせているボディですら,日本からもってきたものはあっさり壊れて,その後,昭和基地にあるそりを改装して作ったものなのだ.その他にも,極寒の中で手袋をはずしてしなければならないような細かいセッティング作業が必要だとか,リアルタイムで測定結果を見ることができないとか,実用には向かない点がたくさんある.持ち帰ってしっかり改良したほうが良いのではないかと思うのだけれど,このままの状態で世話をしなきゃいけない次の担当者も苦労することは必定.

こういう引継ぎのパターンってのはJAREではよくあるように思う.「ホントは改善が必要なのにそのまま」「次も」「やらされる」ってパターンだ.たぶんどの部門でも一つや二つは容易に頭に浮かぶはず.計画の主体者はいつも日本にいて,南極側は単なる請け負いになっている.だから評価はいつも現場の実感とかけ離れたところで決まってしまうし,現場の意見がなかなか通らない.

それでも,観測隊員は律儀だから言われたことはしっかりこなすんだなぁ.それも相当苦労しながら.請け負った仕事を精一杯やるんだけれど,やってることの本質は知らされないことが多いし,下手に改良などに手を出すことも許されない.そもそも,その仕事へのモチベーションがないんだから,単なる歯車にすぎないのである.それでも,自分が体験したのと同じ苦労は次の隊員にはなるべくさせたくない,という気持ちはあるし,自分がやった事への意味づけも欲しくなる.これが人情というものだ.隊員は必ず毎年入れ替わるので,いつまでたっても継続して欠陥を押しつけられているという気にはならない,という点もミソ(実際は最後になって気づく).今後も,隊が替わる度に「新鮮味」満載の隊員Blogがたくさん出てくると思うけれど,こういう放置された欠陥への無知も,「毎回繰り返される新鮮な体験談」の背後に存在していることを覚えておいて損はないだろう.極域科学の最前線,っていっても,実態は所詮この程度.

そもそも,全体を継続的に見通す責任は研究でいえばプロジェクトリーダーにある.でもそれに相当するクラスの担当者は,南極にはめったに来ない.そして,現場に甘えっぱなしで分かり切った欠点を改善しないまま押しつけるのである(欠陥の放置もあえてここでは押しつけと言わせてもらう).この「現場への甘え」と「主体者の現場不在」が諸悪の根源にあると思う.

要するに,現在のJAREは,モチベーションを持った主体者が現場に少なすぎるのである.リーダー格が来られなくても,最低限の理念と基本方針は請け負う隊員と共有すべきだ.

一頃の建築ラッシュが落ち着いて基地の生活環境は確かに良くなった.これからは,ちぐはぐな仕様の統一,放置され続けた欠陥の改善など,外観には出てこない内部のソフト的なところを改善していくフェーズに入るべきだと思う.しらせ退役後の新造船ができると,もっと多くの隊員を送り込めるようになるとか.夏だけでもよいから,プロジェクトリーダー級の担当者をどんどん連れてきて,現場の実情を実感させるようにするのも手かもしれない.

ー閑話休題ー

除雪が進んで,今日から装輪車が走行出来るようになった.同時にこれは,普段基地から海氷へ下りるのに使っていたルートの雪面がなくなってしまって,基地の建物へ雪上車やそりを使って機材を運搬することができなくなってしまったことも意味する.

持ち帰り準備をしなきゃいけないというのに,プロジェクトで使った大量の観測観測機材はまだ海氷上のそりに載ったまま.そこで,トラックが比較的海氷に近くまで寄れて積み移し作業がしやすい,見晴らし岩下の上陸ポイントを使うことにした.午後は,昭和基地前の海氷上にあるミウラそりを,見晴らし岩下まで移動させる作業を行う.

夜,久しぶりに薄暗くなった.っていうのもへんな言い方だが,白夜の南極の夜は,太陽が煌々と照っていてまぶしいくらいなのだ.でも今夜は曇りで薄暗くなっている.やっぱり夜は暗いほうが落ち着く.と思っていたら小雪もちらつきだした.降雪というのもけっこう久しぶりかもしれない.


情報統制

久しぶりの当直.野外観測で不在が多いということで,9月以来先送りにしてもらっていたが.今月からルーチンに復活.過去の先送り分を含めて今月は4回の当直がある.こりゃたいへんだ.

国家事業としての南極観測は,報道協定というのがあって,ニュース性のある情報は一旦プレスリリースされたものを報道機関が共有するとりきめになっており,個人的なソースなどを利用した抜け駆けは許されない.

じゃ,ここで日々の生活を綴っているBlogなんかはどうなるの?という疑問が出てくるのだが,ニュース性さえなければまあいいでしょう,って感じで大目に見てもらっているのである.もし,報道が知らなかったニュース性のある内容が隊員のBlogに先に載っていたりなんかすると,『報道をスキップさせるなどけしからん』ということになってしまうのである.

48次隊には報道関係者が同行している.実はこの報道関係者も,単なる新聞記事という形だけでなくてBlogみたいな手段で情報を発信しつつある.この程度(といっちゃ失礼かもしれないが)のBlogまがいでも,そこにまず記事が載ってからでないと,観測隊員は自分のBlogに書きたいことも載せられない,という解釈が生まれてしまうことになるのである.報道機関が発信するBlogなんて,報道の傘の下にあるんだから,そういう意味じゃ本来のBlogじゃない.Blogにみせかけて読者を誘おう,なんて考えるほうが報道としての節度を欠いていると思う.

それに,ニュース性のある情報を最初に受け取る権利があるからといっても,報道が受け取った情報の全てを実際にニュースとして流してくれるわけでもない.そこには彼らなりのフィルターがあって,情報は取捨選択されているのだ.そこから漏れ落ちた情報はどうなってしまうのか?

例えば,最近知人のBlogで話題になった事例がある.それはドーム計画に関するポータルサイトでのこと.このサイトは,ドーム計画が粛々と計画を遂行していく様子を,現場や周辺関係者からの情報をたよりにコツコツと発信してきたサイトである.南極には行けないけれども,掘削機の作成やデータの分析など様々な形でプロジェクトに関わってきた人たちに,現在の様子を伝える意味で非常に重宝がられていた.

ここ数年,ドームの氷床掘削計画はようやく成果が出始めて,話題性も注目度も高くなってきた.それに伴って,個人的な努力で続けられてきたドーム計画ポータルサイトの情報が報道に先んじることがないようにと,最新情報の発信に規制をかけられたり,情報源そものもを遮断されるようになってきたのだそうだ.報道への機嫌取りと報道のいいとこ取りもいい加減にしろ,といいたくなる事例である.

その一方で,われらが三浦プロジェクトなんて,注目度ゼロ.だから私がこうやって好き勝手に最新情報を書き綴ったところで,なにも言われやしない.さらには,プロジェクトのことが報道記事で扱われたという覚えも一つもない.内心は,規制をかけられるほど注目度が高いドーム計画のことを,かえってうらやましく思たりもするのだけれど,47次の3大メインプロジェクトの一つである三浦プロジェクトのことを報道せずして,最新の南極観測のいったい何を伝えるというのだろうか?

48次が昭和基地に近づくにしたがって,我々の主導権・決定権・裁量権は順次失われていく.報道がいるとなると,情報発信についても次隊が主導権をにぎる度合いは強くなるだろう.これから先,ここに

『タブン昨日あたり,第一便がしらせを飛び立ったハズ.それで運ばれてきた新鮮な野菜が食卓にならんだハズだが,ドウダッタカシラ?久しぶりの青野菜の香りにうっとりした,という記憶がアルヨウナナイヨウナ』
なんて風に書くかもしれないけれど,こういう事情があるということでご了承願いたい.


最後のTV教室

ネットテレビシステムで小中学校と昭和基地を結んで開催されている南極教室.個人つながりで実施されているものや朝日新聞がやっているもの,そして今次では南極展でのライブステージや50周年記念行事での利用などもあって,ほぼ毎日といっていいくらいの頻度で実施されてきた.

その南極教室も,今日で47次担当分の最終回を迎えた.四国松山の小学校で開催された朝日南極教室の10回目.早朝に解説者として引っ張り出された.徹夜のVLBI観測直後で,教室が始まる直前まで熟睡しており,「はじまるよ〜」の館内放送で飛び起きる.とりあえずスタジオ入りしたものの,最初は頭がまわらず.

日中は,自分の体勢を夏向けにシフトさせるための荷物の整理,野外調査装備の整理・点検など.

またまたL/Sバンド衛星アンテナがだだをこねはじめた.交換品が来るまであと少し.しっかりしてくれ.


VLBI終了

VLBI観測でほとんど完全徹夜.何人かに手伝ってもらって仮眠や食事の時間を確保したけれども,雑用にかまけていたら,ほとんど眠れなかった.観測のほうは無事に終了.

これで,越冬中のVLBIの予定はすべて消化したことになる.今月はまとめて3回も続いた.そのあい間に野外観測もやらなきゃいけなかったから,体力的にきつかった.

あとは引継ぎで夏オペ中にダミー観測を実施する予定.水素メーザーの予備機の搬入なんかもあるみたいだし,VLBIがらみの仕事はまだ続く.


これって踏み絵?

プラス3度まで気温が上昇.雪融け水で小川ができている.

48次隊はもうしらせに乗った頃か...

夕刻よりVLBI観測に突入.

札幌から,助教への移行審査に必要な書類を出すように,と連絡がきた.助教になると正式に学位審査に関われるとか,教授会構成メンバーになるとかの追加事項はあるものの,院生の指導を任されるわりには自分の講義をもてないなんていう日常的な業務部分は実質的には何も変わらないみたい.これまで暗黙に実施されていた部分が明文化されただけだ.ましてや今回の移行は昇任じゃなくて,現状維持の名前の付け替え+ボランティアの規定業務化,が実態なんだから,むしろ,これまで貢献と認識してもらえていたかもしれない部分が当然の業務となってしまうような格下げにも等しいかもしれない.

それなのに,新規採用や契約更新のような扱いをされるのはなんだか腑に落ちない.審査も何も,新規採用じゃあるまいし,そういう名目上の変更を適用しようとしている助手はこれまで一緒に仕事をしてきた仲なんだから,どんな人間かよく分かっているハズじゃないのかなぁ?それもできないということは,助手の仕事があって成り立ってきた自分たちの仕事や評価能力を自己否定するのと同じじゃない?それに,これまで底辺を支えてきた助手の位置づけが変われば,大学の教員組織のあり方全体も変わるわけだから,当然その上の助教授・教授の位置づけだって変わるはずだろう.彼らに対しても同様な審査はないわけ?そう考えると,底辺の役職の最後のお役目として,組織への忠誠の踏み絵をさせられているような気分にさえなる.

こんな時代,組織への忠誠や貢献なんて昇任には何の足しにもならないことは実感としてよく知っている.要は,論文の数だけで決まるような研究業績を引き下げて,それでいかに採用側に期待を持たせられるかが勝負の時代なんだよね.それでも助教授以上にさえなってしまっていれば,こんなばかげたゴタゴタから無縁でいられるからお得なもんだ.これってなんか変だよ.

ブツブツ...


VLBI準備

48次隊が日本を出発した.

VLBIの準備.今月3回目.たぶんこれが最後.

夕食後,オペ会.


50周年記念行事@札幌

今日から仕事場を居住棟の個室に変更.南極にいて贅沢な悩みだが,とにかくここは暑い.居住棟の空調設計は完全に失敗している.

VLBIの設定ファイルの作成と水素メーザーのチェック.

日曜日に札幌で開催された南極観測50周年記念行事はたった5時間の間に1200名を超える来訪者があったということで,大成功だった模様.会場の写真をみてみると,年寄りと子供が目立つのが印象的.

私が好きな版画家,本間武男さんが25日に亡くなっていたとか.残念.


引っ越し

休日日課.午前中に長頭山登山研修組が出かけていった.私は今越冬中はまだ登っていないので参加したかったけれど,昨夜の帰着が遅く疲労もたまっていたので断念.夏オペの時にでも行ってこようと思う.

これまで仕事場として使ってきた環境科学棟は,しらせが到着したら,海洋や生物部門のラボとして使用される予定になっている.人の出入りも多くなるし,夏隊員のためのオフィススペースも用意しなきゃいけないということで,これから夏場にかけての仕事場を衛星受信棟に移すことにした.

今週は居住棟の当番になっていたのだけれど,毎日野外にでていたのでなにもできず仕事がたまっていた.今日は,当番の仕事と引っ越し作業とをあわせて,一日かけて荷物を整理して,受信棟と個室に分散させる.

一年間一度も使わなかったモノ,壊れたモノ,新たに作成したモノなど,荷物もそれぞれ.でもよく使うモノってのは意外に限られるものだな,と思った.


底面氷ースカルブスネス編2

image早朝にきざはし小屋をあとにして,スカルブスネスの南の底面氷採取地点へ向かう.

まず氷のそばにとりつくまでが大変.ゆるんだ海氷は,岸辺で乱氷になっていて,さらに水も浸みだしている.海氷の表面は日射でとけてつるつる滑る.おまけにとけ方が一様でなく,スプーンでえぐったようなデコボコができている.よちよち歩きでなんとか陸上にはい上がる感じ.

ようやく上陸しても,そこからサンプリングポイントまでは登り.発電機,チェーンソー,脚立などをかついでようやく到達.

現場に着いたら,チェーンソーを使って,底面氷の一番下から順番に柱状に切り出す.砂礫混じりの氷なのですぐに歯がやられてしまう.50cm長ぐらいづつ氷を切り出して,それを海岸まで運んで段ボール箱に詰める.結構な重労働.

午後3時ごろまでかけて4-5mを切り出したところでチェーンソーのブレードが焼き付いてしまった.これ以上どうしようもないので,ここまで,ということにして作業は終了.

採取した氷が融けないうちに冷凍庫に入れてしまおうと,急いで昭和基地に引き返す.ゆるんだ海氷に気をつかいながら雪上車を走らせて,夜の9時頃に基地に帰投.

これで,雪上車を使った我々の宿泊旅行は全て終了した.あとは夏オペのヘリでの移動調査を残すのみ.それにしても,越冬中はずいぶんよく走った.たぶん総走行距離は2000km以上になると思う.


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