南極 一覧

下手な約束

JARE47のホームページを立ち上げると宣言してしまったので,それに向けて作業を開始.よいデザインが見つからない.いくつか用意してアンケートでもとろうかしら.


もう届いていた

極地研での荷受けとデータの引き渡しを終えて札幌に戻る.研究室には,しらせから送った荷物がすでに届いていた.南極の氷もばっちり.これで,一連の南極行動は終了した.研究成果のほうはまだこれから.

研究室で荷物を開梱していたら,雪氷学会・南極OB会・AACHなどでお世話になっている大先輩がわざわざ訪問して来てくださって,いくつかの組織の今年度の運営体制について依頼と説明を受ける.

予定表は早い者勝ちで埋めて行くことにしたのだけれど,すでに9月まで半分以上埋まりつつある.


たった7人

image「しらせ」から送り出される物資を極地研で受け取る作業.日通や極地研の職員が手伝ってくれるものの,越冬隊員でこの作業に当たっているのはわずかに7名.つまり,この7名が極地研と密接に連携しながら昭和基地で観測を行ってきた隊員の全てなのである.たったの7人...

観測隊が帰国するたびに毎年繰り返される作業であるが,次の隊が動き出すまでにはこれらを整理しなければならない.昭和基地と日本との間を行き来する物資の総量は,一つの小さな研究所が一年ごとにまるまる入れ替わっているくらいの規模がある.しかもそれらは,全く異なる研究課題に対する機材・物資が行き来しているものだし,年代的な進歩に伴う更新や改良も含まれている.

はたして,こういうやりかたが効率的なのかどうかは分からないけれども,相当すごいことをやっていることだけは確か.


話はかわって,最近頭から離れないことへの考察.気分的にすっきりするための吐き事なので,興味のない方は続きを読まないほうが幸せかも...

本研究院・学院における「助教問題」は,教育理念とかそんなものの上に成り立つ議論や問題ではなくて,労働者としての人権・自尊心をかけた労働条件・人権闘争に属するものである...最近いろんなことがあって,つくづくそう思うようになった.

助教審査基準をそれなりに定めて,「しっかり審査しました」なんていう体裁を取り繕っているのは,あくまでも運営側の論理であり,お上向けの顔でしかない.基準作りや審査は,助教・准教授・教授体制へ移行する段階で過去をきれいに払拭しよう,とするための儀式なのであって,責任を持って院生を指導するための自律行為などでは決してない.私にはそういう風にみえて仕方がない.

過去には,正規の規定ではその資格がないにもかかわらず,助手に院生指導の相当部分を実質的に任せてきた明らかな事実がある.これは,ひいては教授・助教授の無能ぶりを示すことにもなりかねないきわどい事実でもあるのだが,審査側はそれを逆手にとって「助教として博士課程を指導するには終始一貫して修論を指導した実績が必要」などというとんでもない条件を設けることによって正当化し,双方にとって過去の全てをチャラにしてしまおうとしている.むしろ,ここでそのような審査の対象にされている助手こそが,旧規定ではその責務がなかったにもかかわらず,責任感と情熱だけに支えられて精魂こめて院生の指導に携わってきた者達なのである.逆に言えば,今回のような教育実績評価の際に,公的な資料として組み込まれない危険性もあったにもかかわらず,その役割を引き受けてきたのである.そのような助手たちに向かって,よくも「責任を持って院生を指導したことがありますか?それを正規の記録として出せなければ博士課程の指導をさせません」などと聞けたものだ.このような状況では「院生向けの責任感から審査基準を設けている」という審査側の言葉は,ただむなしく響くだけだ.

規定では指導できないことになっていたんだから,そもそも公式にそのような記録があること自体おかしいはずなのに...これだから,教育実績評価なんてあてにならないんだよね.評価される側として,今後先,何が評価対象になるかまで考えながら仕事をしていかないと,とんだ損を被ることになりかねない.今回がいい例だ.

規定外ということで,正規の評価に組み込まれない可能性があったにも関わらず,これまで助手という立場で大学院教育に携わってきたことは,研究・教育労働者としての自尊心からでもあり,その自尊心があったからこそ個人的な屈辱を乗り越えることもできた.これは人として生きていく上での信条の問題であり,労働者としての人権に属するものでもあると思っている.

運営側に「メンツは責任よりも下位」という意見があるということを耳にした.しかし,「教員人生のメンツ」と,教育組織として考慮すべき「学生への責任」とはまったく別次元の問題であって,同次元で序列化したり階層化すべきものでは決してない.メンツも責任も,別の次元においてそれぞれ最上位に位置するものだと思う.

もちろん私も「院生に対する責任と自律」を基準に助教審査を受けることにはやぶさかではない.そのような基準では正々堂々と審査を受ける心づもりもある.ただ,「メンツは責任よりも下位」と言ってのける詭弁や,過去に規定外の自助努力で行われてきた指導実績をうやむやにしてしまおうとする運営側の方針をみるにつけ,ビジネスライクに審査を受けるよりも,自身の尊厳をかけて審査に対処する必要があるように思えてきてしまったのである.そうしなければ,これから先,自分自身を精神的に支えていく何かを失ってしまうような気がして...なんとか収束させようと尽力いただいている方々には申し訳ないけれども,かくして私の助教問題は「メンツは責任よりも下位」と詭弁を弄する人たちとの労働条件・人権闘争になってしまうのである.

審査を受ける側として助教審査を経験してみて,今この組織に欠如しているものが何なのか,薄々見え始めたような気がする.私ならばなんとか耐えられるだろうけれども,欠陥が院生に人権的・精神的被害を及ばさないうちに,運営側が気づいてくれることを心から願う.もうすでに遅いかもしれないけれど.


荷受け

image大井埠頭に接岸している「しらせ」に物資を受け取りに行く.極地研へ戻す公用品をトラックに積み込む仕事は,ほとんど日通がやってくれるので,こちらは立ち会うだけ.やることは,自分の私物やおみやげ氷を受け取って札幌へ送付することぐらい.


しらせ帰国

image今日はしらせが帰国する日.箱根の解散会会場を早朝に出発して,しらせの帰国セレモニーが行われる晴海へ向かう.

出発時とは違って,しらせは喫水線を高く上げて入港してきた.燃料も食料もすっかり使い果たして軽くなったという感じ.氷海でさんざんこすってきた船底の塗装もすっかりはげて,過酷な任務を遂行してきたという風格を感じる.

セレモニーでは,統合幕僚長からしらせに第二級表彰が授与された.毎次行動を完遂するごとに表彰されているのか,南極観測50周年を迎えた今次行動だけの特別な表彰なのかはよく分からない.

夕刻,明治記念館で開催された文科省主催の観測隊帰国歓迎会に出席.


身体検査

早朝から南極観測隊帰国後の身体検査.夏隊員は受けなくても良いらしいので,越冬隊だけ受けることになっている模様.胸部と胃のX線検査,採血,採尿,心電図など,ちょっとした人間ドック並みの検査.

検査を受ける病院で,成田で解散してから全国各地に戻っていた仲間と2週間ぶりに再会.さっそく風邪をひいた人たちが多かった.その点では私は流行の最先端をいっていたということでもある.ドクターの一人は,帰国後にすかさず能登の地震被災地にボランティア診療にでかけていたとか.その行動力と貢献精神には脱帽.

image夕刻,今井通子さんと立松和平さんの誘いにより,観測隊の解散会を箱根にある今井さんの山荘で行うことになった.夏隊の何人かも参加して,夜を徹して飲み明かす.


帰札

帰国から二日たった今日,ようやく本拠地札幌に帰った.小雪がちらつく天気に,思わず身をすくめる.

研究室に出たら,留守中に就任した新助教授さんが一人,遠隔操作でいろいろやってくれた研究生が一人,留守中のモロモロをダイジェストで聞かせてくれた.

終業時刻ごろに事務室に挨拶に行ったら,年度末の締めと研究科長交代ということで,現研究科長,次期研究科長,事務長,総務係長らが歓談していた研究課長室に引きずり込まれるハメになってしまった.皆さん,幼少の頃に宗谷の出航やタロ・ジロの奇跡を体験された世代である.

帰宅後,越冬中に生まれた次男と初対面.思いの外,人見知りもせず,すんなりなついてくれた.遺伝子つながりの親近感を感じとっているのか?まだ二人きりでの留守番は無理だけど,少しづつ近づいていこうかねぇ.


帰国歓迎会

科学未来館で,毛利衛館長主催により,我々の帰国歓迎会を催していただく.この1月に毛利館長らが昭和基地を訪問した際の返礼の意味もある.

私は,毛利さんの大ファンである妻を本人に引き合わすことで今回の南極ミッションを完了させるつもりだったので,不調を押して出席する.ここでしくじったら,カミさんから一生なにかを言われ続けることになるだろうから,なにがなんでも出なければならないのである.

その重要なミッションも,未来館のスタッフとして働くうちの研究室出身の女史が休日返上でかけつけて手伝ってくれたおかげもあって,成功裏に終了することができた.カミさん曰く「こんなに緊張したのは結婚式以来」.


帰国

宵の口に帰国.

長い無菌隔離生活ですっかり免疫力の落ちた体は,一週間の豪州滞在中に,かのハンセン選手を欠場に陥れたのと同じかもしれないウィルスにたちまち犯されてしまい,絶不調のうちに成田に到着.

ウィルス以外にも,世の中のあらゆる不都合要因にも抗力が落ちているので,しばらくは様子見の生活をしたいところだが,なかなかそうもいかない.


シドニー着

20日朝,シドニーの街の明かりが見えてきた.今日は沖合に停泊して入国手続きなどが行われる.

長い山旅から下山して林道終点に着いた気分.

オーストラリアで文明圏へのリハビリをして28日に帰国の予定.


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