南極の基地KMZ
一昨日にGoogleEarthで南極周辺の高解像度画像がパッチされたことを書いたが,GE Maniacsということろで「南極大陸基地プレイスマーク集」というのが作成されていたのを見つけた.なかなかよくできている.
マラって,今じゃロシアとベラルーシの共同管理になっているのか...
南極一覧
一昨日にGoogleEarthで南極周辺の高解像度画像がパッチされたことを書いたが,GE Maniacsということろで「南極大陸基地プレイスマーク集」というのが作成されていたのを見つけた.なかなかよくできている.
マラって,今じゃロシアとベラルーシの共同管理になっているのか...
昨日の続きでサイエンストークの2回目.そこそこの入りで一安心.
道新に6月分の「南極通信」が掲載されていた.今回は水の話.
昭和基地の水事情については一応トークでも触れておいた部分.気温や風速は昭和基地Wikiで常時知る事ができるけれど,電力や造水状況については,意外に担当隊員しか状況を知る事ができない.これも隊員に周知して節約意識を高めるようにしたらよいのに,と常々思いながら越冬してきた.
先日極地研で開催された南極設営シンポジウムで,47次の安藤さんが,越冬中に隊長や私と話しながら温めてきた「ユビキタスSAS(Syowa station Automation System)構想」をプレゼンしており,このへんのことも提案内容に含まれていたはず.実現すればいいのになぁ...
講演を終えてグダグダしていたら,研究室のサーバーのHDDがイカレていたことを発見.さっそく修理にかかる.バックアップしてからイカレたHDDをフォーマットしなおして,もう一度バックアップを戻す作業.確率的に,梅雨のない札幌の6月の初夏の陽気でHDDがイカレる度合いが高いように思える.
バックアップと復元作業はほとんど待ち時間ばかり.暇つぶしにGoogleEarthを見ていたら,昭和基地周辺に高解像度衛星画像がパッチされていた.これは2006年5月13日のエントリーに書いたDigitalGlobe社の2006/2/14撮影の衛星写真だ.47次行動のしらせの航跡がばっちり映っている.
そこで思いついたのが,47次で工作した南方ルートのGPSデータをのせてみる事.LoadMyTracksを使って,ルートのGPSデータをGoogleEarthで読み込めるkmlフォーマットに変換したのち,GoogleEarth上にプロット.それを少し斜めにしてみたのが左の画像.ルート標識を設置した「しらせの航跡ポイント」もGoogleEarth画像とばっちり合っている.標高データがないので立体感はないけれど,それでもなかなか臨場感がある.
もっと宗谷海岸沿岸域の衛星写真が充実しないかなぁ...「だいち」の画像も使えればいいのに...
北大学祭施設公開の「もっと身近に 環境科学」という企画で,研究院のロビーでサイエンストークを開催.関係者も入れてそこそこの聴衆の前で南極の話題について講演(写真は2番手の杉山氏).
非常に暑い一日だったにもかかわらず,まあこんな感じで観測隊員体験もしてもらったりする.このダウン,低温研から借りたのだけど,観測隊のものよりずっと上等かも.
Keynoteで講演していてあとから気づいたのだけれど,帰国後に手に入れたMacBookはリモコンが付いていてこれをKeynoteの操作にも使えたのだった.明日もう一回話すので,そのときに使ってみようと思う.
いろいろ調べてみたら,Darwin Remoteってのを入れればWiiのリモコンもMacの操作に使えるらしい.WiiのリモコンってBluetoothだったんだねぇ...息子がおじいちゃんにせがんでWiiを買ってもらったばかりなので,彼からリモコンを取り上げて,これで学界発表とか講義とかもしちゃおうかしら.それとも,ゲーム対戦もできるようにもう一個リモコンを買おうかな.講義用なら研究費で買わせてもらえるかも.なんだかなぁ...
講演と展示の準備の続き.講座の帰国歓迎会の時にプレゼントしてもらった「しらせ」の模型を展示してみようかと思い立った.でもまだ組み立てていなかったので,急遽制作にとりかかる.
それらしく見せるには塗装が重要,ということで,昼休みにヨドバシまで行って,塗装道具をそろえてきた.モデル本体よりも高くついたかも.
模型売り場を物色していたら「Mr.カラー艦船色セット3【宗谷】」というドンピシャのセットを発見.思わず購入.箱には南極観測船のカラーリングについてのうんちくが書いてある.独特のオレンジ色は「アラート・オレンジ」という名前で,航空機に使われていたディグロ(蛍光オレンジ)を参考として,1955年に榎本回漕店という会社が最初に採用し,それを宗谷にも採用したのだということである(たしかに会社のホームページを見たら,そこの船はこの色になっている).宗谷の頃はまだ標準色票も制定されておらず,良い顔料もなかったため,現在と比べると幾分くすんだ色になっていた,という.
ということで,まだ艦載ヘリの作成とデカールの貼付けが残っているけど,久しぶりに童心にかえって無心に取り組み,半日で完成にこぎ着けることができた.風が強くて窓を開けっ放しにできないので,シンナーで頭がくらくらしてきた.でも,我ながらなかなかの出来映えで満足.作りながら,これまで気づかなかった細かな構造なんかも理解できたように思う.逆に,現在のしらせを再現しきれていない所もあったりして,プラモデルも完璧じゃないな,と思ったりもした.
真っ昼間から研究室でプラモデルを作るとはけしからん,と言われそうだけれど,まあこれも仕事の一環ということで許していただこう.その分,早朝から出てきているし残業もしていることだし...
asahi.comに南極大陸で大規模な融雪判明という記事.元ネタはNASAの記事(May 15, 2007)・JPLでこちらで高解像度の画像をダウンロードできる.
手法はscatterometerというのを使って,氷床からのレーダ反射によって,融解した雪が再凍結して氷になるときの変化をとらえ,それで融雪が起きたと判断しているらしい.
実際に「大規模融雪」と判断された観測は2005年だけで,その後は2007年現在まで観測されていないとのこと.2005年の大規模融雪を近年の地球温暖化の影響だと決めるには,この一度だけの結果をどこまで信用するか,これが本当に最近のトレンドなのか,あるいはたまたま起こったことなのか,南極氷床の普通の姿なのか,という疑問を解消していく必要があると思われる.この衛星観測は2005年よりも前から行われていたみたいだが,それでもせいぜい10年間くらいの観測期間である.
いづれにしても,継続的観測は必要だろう.NASAは税金で実施されている観測・研究を社会に還元するのがうまい.おまけに予算要求にもつながっているし…
ちょっと気になったのが,昭和基地周辺の宗谷海岸露岩域のすぐ氷床側にも融雪を示す黄色い領域があること.この領域は,夏に気温がプラスになることはたまにあるし,融雪もある地域だから,2005年だけのことではないようにも思う.
ただ,これがこの年の特異な現象だったとすれば,もしかしたら越冬中に行ってみた氷洞と関係あるかもしれない?と思ってみたりする…出現時期も一致するし…
【5/29追記】氷河・雪氷圏環境研究舎の情報の広場にワシントン大の松岡氏がコメントを寄せている.
この結果は査読論文としてではなく、解説本で報告されているのみです。
http://www.amazon.com/Earth-Machine-Science-Dynamic-Planet/dp/0231125798/ref=cm_taf_title_featured?ie=UTF8&tag=tellafriend-20
とのこと.
昭和基地越冬中,研究以外で最も時間を割いたのが昭和基地Wikiの構築である.せっかく仕事をしてきたのだから,なにかの形でレポートをまとめておきたいと常々思っていた.
昭和基地Wikiの構築は観測調書にのっとった正式な業務ではなかったし,どこかの部門の任務でもないので,越冬報告書に記載する項目すら与えられることはなかった.越冬隊長が報告書の「基地運営」という項目の中で簡単に触れてくれているらしいが,開発者自らの手によるものではないので,充分に書き尽くせているとは言いがたい.
ということで,一連の報告プレゼン業務が一息ついたということもあって,先週あたりからチョコチョコと昭和基地Wiki開発に関する論文を書き始めている.今日はいよいよ核心部の記述.ついつい主観的になりそうなところをぐっと抑えて客観的記述を心がける.でもやぱり,いいたい放題書きなぐってみたい衝動はおさえきれない.どうしよう...隊長を共著者に引き込んで,評価を考察してもらおうかしら.
JARE47のホームページを構築して,RSSフィード機能をつけたことは前にも書いたが,あちこちのBlogを巡回しなくても最新のヘッドラインをまとめて読むことができて便利.今回も昭和基地から耳寄りの情報が届いた.第一次隊が上陸式を行ったと言われている場所を突き止めたというもの.
「突き止めた」というので不思議に思われる方も多いかと思うが,一次隊が最初に基地の候補地に選んだ場所は,現在の昭和基地主要部がある東オングル島北岸ではなく,東オングル島と瀬戸をはさんだ南側にある西オングル島のどこかであった.それを記念して西オングル島には「昭和平」という地名のついた隆起海岸があるのだが,当時の写真とみくらべても,「昭和平」はどうも様子が異なる.それじゃいったい,本当に上陸式を行った場所がどこなのか,という疑問が残されてきたのである.
古株の隊員に聞けばわかることなのかもしれないが,昨年と今年は観測隊50周年ということもあって,この記念すべき上陸式地点を自分たちの手で明らかにして記念の写真を撮りたいと思いながら越冬してきた.昭和平よりも海峡(東)よりのどこかだろうという見当はつけていたのだけれど,結局越冬中にはめぼしい地点を見つけることができず断念していたという経緯がある.
現在越冬中の48次隊が,ようやくその地点を明らかにしてくれた.だいたい我々が考えていた場所と同じ.今回の再発見の手がかりになったのは,プロジェクトXで放映された当時の記録フィルムの映像だったとか.我々は,写真に映っている特徴的な岩を手がかりに探そうとしていたのだけれど,それにこだわりすぎていたのが敗因かもしれない.
内心では地理屋の意地にかけてでも,と思っていたところもあり,やられた!,と思う所もあるが,とにかく懸案の問題がはっきりして良かったと思う.
昨日公表したJARE47サイトのブラッシュアップ.いろいろいじくっていたら,同じシステム構成で運用・管理している他のサイトにも共通のアップデートやパッチを当てなければいけない箇所があることが明らかになって,結局一日仕事になってしまった.
このJARE47Webサイトにリンク集を設置して,そこにRSSフィード機能を追加したところ,早速,最新の更新情報が捕獲された.時間的にはほぼリアルタイムの捕獲情報である.
捕獲した情報によると,南極へ出発する前から帰国後までに渡って,JARE47参加者の誰よりも詳しく丁寧に観測隊のことを伝えてくれていた,み・くりさんのサイト–Katabatic Wind–が,このたび一応の活動を終了したという.今後は「自然科学を生業としている人&人間と関わることを生業としている人」というコンビで新たなBlogを始めることになった模様.
自然科学の調べる楽しさ・分かる嬉しさを実感しながら,発信することにも長けている二人が今後どんなBlogを綴っていくのか非常に楽しみ.おたがいにずっとちゃんと「寄り添う」コンビでいてほしい,と,やきもきしているのは私だけではないハズ.
JARE47ホームページ作成が一段落して,メーリングリストに案内を流す.さっそくアクセスカウンターが回り始めた.連休の谷間とはいえ,パソコンの前に座って仕事している人が多いんだねぇ.