相棒が一人で歩きたいというので午前中はテントで休養.お昼過ぎからGPSを持って三角点巡り.途中から48次の一行と合流.
午前中にテントの中で「サスツルギの亡霊」 神山裕右著・講談社を読んだ.我々47次隊が日本を出発する直前に出た小説で,夏隊で先に帰国した福井・高野さんが48次隊に託して送ってくれたもの.
昭和基地を舞台にした推理小説.越冬明けの夏の露岩のテントの中で読むには充分すぎるほど楽しめるストーリー.昭和基地や観測隊の生活などがけっこう子細に描かれていて,著者自身が観測隊員だったことがあるのではないかと思うほどよく書けている.今や昭和基地が我が家同然となってしまった身としては,あちこちの場面が生々しく起想されて,まるで自宅で起こった殺人事件ミステリーを読んでいるような気にすらなってしまった.それだけに,実際とはちょっと違うんじゃないかな,と思うところには過剰に反応してしまう.たとえば...(以下ネタバレ注意)
ストーリー展開に重要な地理的場所として「立ち待ち岬」という地名が出てくる.登場人物の会話中にもよく使われているが,実際の観測隊では,このへん一帯のことを「見晴らし岩」と呼ぶことが圧倒的に多い.「立ち待ち岬ってどこ?」っていう隊員も結構いると思う.文学的には「立ち待ち岬」のほうがなんとなくロマンチックだったりするし,ストーリ上の含蓄があったりするんだろうけど...
容疑者が居住棟の倉庫に一時監禁される場面.倉庫にはスキーなどの野外装備が無造作に投げ込んであるという記述だが,実際にはここは文庫本やマンガなどの書庫になっていて,監禁される悲壮感は全くない楽しいスペースである.また,監禁者を見張る隊員に武器として与えられているのがインパルス消火器だったりするところはなかなか.
アンテナ島にレドームがあるような記述があるけれども,実際にはアンテナ島には各種パラボラアンテナのレドームは一つもない.小説中で登場するセスナやピラタスはすでに極地研はこれらを所有しておらず,昭和基地の駐機場(といっても海氷へつながるドリフトの雪面だが)も現在はない.また,旧焼却炉棟も撤去されている.発電機が三機あることになっているが,現状は二機.火力発電と書かれているけれども,火力でスチームを作ってタービンを回しているわけではなく,ディーゼルエンジンでの発電である.小説ではインマルサットは使っているようだが,インテルサットでのインターネットについては記述も少ない.小説中では雪上車の40は幌タイプしかないようだが,現状では金属パネルで荷台が覆われている改良型も導入されている.これらのことから考えて,少なくとも45次以前の昭和基地を想定して書かれているようだ.
細かいところで言えば,食堂でお茶を飲むシーンで,自分のコップを取り出すという動作が描かれている.確かに隊員はマイカップを食堂の角にある棚に用意していて,コーヒーやお茶を飲むときにはそれを使っている.
ショウワギスを釣って,それが唐揚げで出てくるだろう,という会話が挿入されている所とかは本筋とは関係ないけれども,知ってる者にとってはこころにくい演出だったりする.夏宿の「赤い椅子」に座る,なんて書き方も,知らない人にとってはどうでもいい記述のはずなのに,こっちとしては嬉しくなってしまうようなことだったりするんだよねぇ.マニアックな喜びかも...
最後のほう(p290)に,南極(というより観測隊)の魅力について書かれた一文がある.短いけれども共感できる一文である.
こんな感じで各場面の一つ一つに自らの越冬生活を重ね合わせることができる.この小説を読みながら,そういえばあそこの写真もまだ撮ってなかったなぁ,なんて思ったりして,もう一度確認しておきたかったり再訪してみたくなったりする場所がたくさん出てきた.滞在期間も残り1ヶ月となった.この期間中にやっておくことリストに入れておこうと思う.