南極 一覧

今日も輸送

しらせが戻ってきて,今日から本格的な持ち帰り輸送を再開.25便ほどを輸送.

お昼過ぎに48次と代打のボツンヌーテン組が一日予定を早めて帰投.うちの二人はラングホブデと西オングルで野外調査を行うため,帰投せずに野外に出っぱなし.

夕食後,昭和基地Wikiの引継ぎを実施.自分でしゃべっていても,こりゃちょっとやそっとじゃ引き継げる内容じゃないな,と思った.国内からサポートできる体勢を作るしかないかな.でも,こういうグループウェアって,使ってもらってナンボの世界だから,まずは理屈抜きで触れてもらうことからはじめていただこうと思う.

28日のオープンフォーラム向けに,やっかいな仕事を引き受けることになってしまった.持ち帰り私物の集積を明日に控えて,急いで仕上げなければならない状況.


水槽掃除

image今日は130kl水槽の掃除.数日前に100klのほうをやっているので要領は心得ている.100klとは違って囲いもなくむき出しになっている分,130kl水槽のほうが砂などの汚れが激しい.手空き総員で作業できたので一時間半ほどで終了.

ボツンヌーテンは東峰での岩盤採取に成功したらしい.実際には帰国後に測定してみないとどうだか分からないけれど,これで14年前のリベンジを果たせそう.日刊スポーツの記者が現地から携帯衛星電話で直接Blogにかき込んでいてくれるので,昭和との定時交信よりも現地の様子がよく分かる.すごい時代になったものだ.

やっぱり行きたかったなぁ...

夕食前に臨時のオペ会.50周年記念フォーラムへの対応やら,越冬交代後の残留の件やらを協議.

しらせが,また見晴らし沖に戻ってきた.


ボツンヌーテン再訪

膝の故障により戦力外通告を受けていたボツンヌーテン調査だが,前回の経験者としてヘリの着陸点へのナビ役となるため,輸送便に載せてもらえることになった.

JARE史上3度目になる今回の調査隊のメンバーは,47次から三浦・岩崎,そして私の代理として環境保全担当でFA代理の永木君.48次から小川ドクターと夏の測地隊員の白井さん.そして報道の山村さんと小林さんの計7名.

ピンチヒッターで急遽参加することになった永木君は日大山岳部OBのバリバリのクライマーで,大学では第一次隊で最年少だった平山善吉さんの弟子にあたる.小川ドクターは北大医学部出身だから一次隊の中野征紀ドクターの後輩だ.私は今回現地に滞在できなかったけれど,ボツンヌーテン初登の菊池徹さんや中野ドクターはAACHの大先輩だし,特に菊池さんには,生前,個人的にも親しくしていただいた仲でもある.南極観測五十周年を迎える今夏にこうして一次隊ゆかりの隊員が三名もボツンヌーテンでそろったというのも,なにかの因縁のような気がする.永木君はまだ若いし,代打とはいえ,一人でも多くの新人に貴重な経験をしてきてもらうという意味では交代してよかったのかもしれない.

余談だけれど,FAがドームに取られても,野外主任が故障していても,代打者の登場で一級の野外調査でもなんとかなってしまうのは,47次越冬隊ならではの野外スキル層の厚さを示すものだろうと思ったりする.近頃じゃ,こんな隊はそうないだろう.おかげで野外主任の私は越冬中も楽をさせてもらったと思っている.

さて,今回の調査の目的は,宇宙線照射年代測定用の試料採取.露岩が氷床から開放されてからどのくらい時間がたっているかを知るためのもの.実は私が14年前に東峰に登って試料を採取したのだけれど,量が足りずに測定がうまくいかなかった(手記動画).今回はそのリベンジで,エンジン付きの削岩機を上げて,30kgのサンプルを採取する予定になっている.この他に,地理院の白井さんの仕事として,GPS測量と衛星対空標識設置という仕事もある.

前回は,岩石ハンマーさえあれば出来る調査だったが,今回は機材も多いということで,主峰からすこし西にはずれた「犬山」というピークを目指す.ちなみにこの「犬山」という山名は,一次隊が来たときに,ソリを引いてくれた犬たちを称えて付けられた.

image昭和Aヘリを発って,一旦ラング沖に停留しているしらせに戻って給油し,片道100マイルの長距離飛行に備える.二便飛ぶうちの先発便に47次隊員が乗り込み,私もそれに同乗.しらせを飛び立つとすぐ,ピーカンの青空のかなたに,氷床の上に鎮座するボツンヌーテンが見渡せた.ほぼ目視でまっすぐボツンヌーテンへ向けて飛行.

image夏冬通してさんざん歩き回った沿岸露岩地帯を横目に飛行を続け,しらせ氷河の出口付近を横切る.ここから高度を上げて氷床上にでるとボツンヌーテンはもう間近.

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一番右手の低い峰が「犬山」

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今日のパイロットは飛行長で,前回私がボツンヌーテンに行ったときにも操縦士だった.操縦席のすぐ後ろに陣取って,インカムを使って飛行長と着陸地点について話す.

飛行長:「前回は裸氷だったように記憶してますが...」
私:「今回は雪のあるところでいいです.西よりのとがったピークの下あたり」.

さすがに飛行長も私も前回の記憶が鮮明なだけに,思ったほど風も強くなかったこともあって,岩の周りを一週しただけで着陸点はすんなり決まった.

荷物をおろして一休みしている間に,第二便が飛んできた.私の再訪滞在はここまで.第二便でやってきた48次隊員と入れかわりに私が乗り込んで,そのまま昭和基地へ戻ってきた.

あとは調査隊の成功と無事帰還を祈るのみ.ちなみに膝の具合は絶好調!


最後の誕生会

今日の持ち帰り空輸は午前中のみ.S17のフライトクルーが風呂・洗濯・休養のため昭和基地にやってきた.

今日は輸送のルーチンから離れて,ネットが通じるうちに片付けておかなければならない仕事に専念.しらせ乗船中に締め切り日をむかえる原稿を一本編集者に送付.もうほとんどやりとりできないので,あとはお任せ.

夕食は越冬最後の誕生会.

VIP一行は無事日本に帰国された模様.

ドーム復路先発隊は今日も90km近く走行して順調に昭和基地に近づいている.


新規建築物

昨夜から雪模様.朝方,天気の回復を待って,持ち帰り空輸作業は30分遅れで開始.

あちこちで,いろんな新規建築物が形になってきた.Aヘリポート脇では新築ガレージの形がそれらしくなってきたし,Webカメラに映っている通信室下の燃料タンク送油管のラックもほぼ完成.東部地区のケーブルラック,地学棟と環境科学棟の暖房燃料用屋外タンクなどもほぼ完成したように見える.

これらに加えて,西オングルのテレメ小屋の近くに,ソーラーパネル付きの風発も完成したらしい.風車ではなくて,風を受ける切れ込みの入った円筒型のものが回転して発電する仕組みになっているとか(こんなかんじかな?).実物を見てみたいとも思うけど,もうその機会はないだろう.越冬中,サポートに行った隊員たちには超不人気だった極夜期の充電旅行も,これでちょっとは楽になるだろうか?

48次の皆さん,お疲れ様です.

ドーム復路先発隊は,今日一日で80kmを走行.さすがに,荷も少ない下りで,白夜の中を走ってくると距離が稼げるようだ.


戦線離脱

組長とドクターとの協議の結果,膝の容態を勘案して戦線離脱を宣告され,最後の野外調査地ボツンヌーテンに行けなくなった.最も楽しみにしていた場所だけに,ショックは大きい.膝のほうはもうずいぶん回復して全然平気なのだけれど,爆弾をかかえて望むにはリスクの大きい場所と言うことで宣告を受諾.野外主任の立場としても,自分がリーダーだったとしても,やっぱり同じ判断をしただろうと思う.

それにしても,不用意に膝を痛めてしまったのは今越冬最大の痛恨の極みである.こんな始まりじゃ,この先,本厄の一年間が思いやられる.

image昼食後,100kl水槽の掃除.荒金ダムと熱交換二次水との間のバッファーになっているタンクで,普段は,比較的温かい水が貯められている.全体を覆いで囲われているので中に入るとムンとする湿気を感じる.覆いの壁面についたドロをこすり落とし,水を抜きながら床の砂も洗い流して終了.

夕食後,各観測棟を回って,持ち帰り一般物資をAヘリの脇に集積する.

ドーム隊は,最後まで掘削を続けるパーティと,一足早く昭和基地まで戻ってくるパーティに分かれた.本日,先発隊が復路を出発.


持ち帰り空輸開始

今日から持ち帰り空輸開始.まずは廃棄物ドラムとコンテナから.

ここ数日,ひざに傷みがあり,水が溜まっていると診断されていた.朝方,遠隔医療装置で国内の整形外科の診察を受け,相談の結果,特効薬を患部に直接注射することになった.まだ残っている野外調査に出られるような体に戻すためでもある.

初めて温具留中央病院の手術台にのった.たいした内容ではないのだけれど,このほうが処置しやすいと言うことで.注射直後は,ちょっと麻酔も入っていたので,膝が笑って踏ん張ることが出来ない.午後の輸送作業を免除してもらって,おとなしく個室で過ごす.

前回の越冬では「クラッシャー」の異名をとるほどにいろいろ物を壊したけれど,今回はなにかと医療のお世話になることが多い越冬だった.年もわきまえずがんばりすぎるからだと,同い年の調理隊員にからかわれた.身体の鍛錬には無精しているつもりはないのだけれど,せっかちな性分はそのままで,自然と体に無理をかけていたのだろう.思っているほど実態は若くないのかも.


水素メーザー

image午前中,水素メーザー予備機の搬入に立ち会う.400kgの重量物でしかも扉の幅ギリギリサイズの超精密機械.これを狭い地震計室の一番奥に設置しなければならないからたいへんな作業.4000万円もする機械ということで,担当の48次隊員は「フェラーリだからね」と慎重に扱っていた.

地震計室まではクレーンでつり上げ,床の梁などをかわせるように底上げした台の上をコロで転がしながら移動させてようやく搬入完了.

VIP一行は,お昼過ぎにバスラーでトロールへ向けて帰路に就いた.しらせも夕刻に昭和基地沖を離れてラング沖に南下.


停電

VIP一行は,バスラーの機材繰りの都合で今日一日S17に足止め.私のほうも,昨日の強風で決まっていた予定が延びてヒマになったので,個室にこもって論文と記事の原稿書きに専念.

午後,アラームとともに突然電源が落ちた.エンジンの重い響きがないので発電機が停まったのだとすぐに分かった.非常事態の発生である.

無線機をつかんで,とりあえず環境科学棟と衛星受信棟のブレーカーを落としに向かう.この経路で発電機のそばを通るので,停まっていることは自分で確認できた.

環境科学棟のブレーカーを落とした後,衛星受信棟に行って,無停電電源装置で生きている観測機器の電源を手動で落とす.さらに西部地区の地学棟に行って,潮汐観測機を発電機につないでバックアップ.その後,ふたたび東部地区の端にある地震計室に向い,水素メーザー関係の停止をチェック.

一時間ほどで復電が開始された.順番にブレーカーを上げていく作業.環境科学棟の復電を確認したあと,衛星受信棟の機器を再起動し,地震計室の水素メーザーの正常動作を確認.地学棟の潮汐機器は地学棟の担当にまかせることにした.

これまで一年間,一度も停電がなく「奇跡の越冬隊」と噂されかけていただけに,交代まであと二週間というところで事故停電してしまったのはなんとも口惜しい.機械隊員の申し訳なさそうな顔は見るに堪えずつらかった.

真冬の停電だったら命にかかわる重大事故になってしまうが,今回が事故発生とはいえ夏期だったことは幸い.夏オペの外作業をしている48次隊の中には,停電のことなど気にもかけず,仕事を続けていた現場もあるくらいだ.我々の事故への対応も,一度も訓練していなかったわりには整然と落ち着いて行われていたような気がする.

実際に事故停電を経験してみて,いろいろと勉強にもなった.電気が停まることへの備えは,観測系はかなり周到に整備されているかんじ.むしろ,復電時の優先順序が意外に重要だということを認識した.特に,ネット化した設備では,タイムサーバーやDNS,ルーターなどの起動順序がキモ.今回は,定常観測系の地区を優先して復電させたけれど,冬期であれば,水循環系など,凍結に弱い箇所の復旧が優先されることになるだろう.

越冬も残りあと二週間.これ以上事故をおこさないように気を引き締めなおしているところ.


VIP離昭和

image昨夜から15m/s超の強風.雲はなく青空の東風なので基本的にカタバなのだけれど,多少低気圧の影響もある様子.外作業とヘリフライトは一時見合わせ.

明け方まで続いた飲み会から,そのまま越冬最後の当直に突入.二日酔いの頭を抱えながら業務をこなす.

午後には風が止んでフライトも再開.VIP一行が昭和を離れ,日本への帰途についた.今夜はS17泊.手空き総員でAヘリで一行を見送る.

引率役の本吉さんが涙をこらえながら整列した見送りと握手して行った.氏が数年来手がけてきた企画が成功裏に実現した安堵感・第二の我が家とも言っていた昭和基地との別れなど,本吉さんの胸中には様々な感慨が渦巻いていたに違いなく,その気持ちは痛いほどよく分かる.南極が生み出す男の涙とはまさにこのこと.

本吉さんは白石47次総隊長と並んで,私が,学生時代から南極地学の先輩として頼ってきたお二人である.どちらも生涯を南極観測にかけてこられた研究者だ.昨年の最終便では,白石総隊長の涙もみたし,これでお二人の決定的瞬間をはからずもこの昭和基地でみることができた.

私も泣くのなら,こんなふうに泣いてみたい.男の泣き方までお二人に指南された感じ.でも,お二人のように泣けるようになるまでには,私はまだまだヒヨッコである.

VIP一行が去って,昭和基地本丸には越冬中にもどったような寂しい雰囲気が漂っていた.ほんの数日前のもとの人数にもどっただけだし,しらせも48次隊もいるのだけれどそう感じてしまうのは,客人が滞在していた華やかさが相当のものだったからであろう.そう思えるのも,客人の皆さんの人格や品位,観測隊への理解などがすばらしく,肩肘をはらないきさくさもあって,双方の心を動かすような交流ができたからに違いないと思う.今回のVIP訪問の人選は大正解だったと思う.


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