南極 一覧

ソフトボール大会

VIPご一行は連日の視察でお疲れ.今日一日はオフ.ドルニエやバスラーのクルーが洗濯と入浴のため朝の便でS17から昭和基地にやってきた.人数が多いので,夏宿と管理棟に分かれて洗濯と入浴をさせる.食事も我々を含めて一度は無理なので,時間差で.昭和基地の人口は今夏最高を記録した.

image午後,48次隊とソフトボール.前次隊が負けたことはこれまでなかったということがプレッシャー.しかも相手は経験者ぞろいで,練習の様子を見ているだけで弱気の言葉が飛び出してしまう.

立松氏の始球式で試合開始.前半負け越していたが,こちらはVIPという秘密兵器を投入して攻勢をかけ,結果的に辛勝.越冬で培った南極流の姑息さで試合運びをリードし,ホームの利点を生かしたのが勝因.まあ,ぶっちゃけたところ,相手のお情けで勝たせていただいたということなのである.

しらせの支援員をもてなすバーを終えてから,VIPのさよならパーティを兼ねたバーをあらためて開店.48次も交えて和やかに飲む.

ソフトボール会場のCヘリポートから海氷を眺めていると,しらせのアイスオペレーションの様子がよく見渡せた.まるで砂糖にアリが群がるように兵隊さん達が氷山にとりついて氷を採取していた.アングルはCヘリとは違うけど,通信室の窓から撮影しているWebカメラを記録したので,一日の様子をコマ送りで見ていただこう.


潮汐引継

VIP一行は今日も野外巡検.みずくぐり浦でペンギンルッカリーを観察した後,ロングフライトで白瀬氷河を往復.

私は午前中に昭和基地の検潮小屋を管理している海保の48海洋担当夏隊員2名,および,これから越冬中の機器のメンテナンスをお願いする48地圏越冬隊員2名と一緒に,潮汐観測の引継ぎを実施.

夕食はVIPをお招きして48次隊と合同でBBQ.48次にとっては,実質的にVIPと交流する初めての機会となった.48次は明日は休養日ということで,今夜は気楽に楽しんでいることだろう.48次と一緒に飲むこの機会を利用して,北海道内に在職されている48次越冬隊員のお一人に,広報向けの仕事を一つ依頼した.道民には越冬交代後にこの企画をお楽しみいただけるはず.

一風呂浴びてBBQでけむりくさくなった体を洗い,サロンでくつろいでいたら,もっと三浦プロジェクトについて話を聞かせて欲しいと,毛利さんに話しかけられた.

話したことは,三浦プロジェクトそのものというよりも,自分の研究テーマとプロジェクトとの関わりについてや個人的な身上話など.しばらく話をしているうちに,「あれ?君,北大?」ということになった.え〜〜っ.今日まで少なからぬ回数お相手する機会を重ねてきたのに,肝心のことが伝わっていなかったなんて〜〜,って感じで一気に脱力.まあ,北大というバイアスがかかっていない状態で純粋に南極人としての私をみていただけた,というふうに思えば,これでも良かったのかもしれない.

でも,分かってしまえば後は同窓のよしみで,さらに話が弾んだことは言うまでもない.


生中継

朝一で,VIP一行はスカルブスネス巡検に出発.弁当を持たせてヘリポートまで送る.

image午後,報道ステーションの毛利さん中継の準備を開始.私はカメラマン役.

氷床と海氷の白さは何者にも勝る強力な光源で,カメラの設定をそれに合わせてしまうと人物の顔やその他の被写体が真っ黒になってしまうし,その逆だと背景が飛んでしまう.放映時の太陽の方向などを勘案しながらコントラストを調整するのだが,これが結構大変.急遽レフ板を作ったりして対応する.

野外巡検から基地にもどった毛利さんをすかさず中継撮影地点へお呼びして,テレビ局と打ち合わせ.局のディレクターらしき人からの指示でズームイン・アウトやパン操作を行う手はずを決める.報道ステーションは生番組なので,本番に入ってしまうとあとは出番をひたすら待つのみ.でも,その待ち時間の間,大晦日〜新年の中継時のように,実際に日本で放映されている番組を見ることができて,なんとなく得した気分になった.でも,日本からのニュースは凄惨な事件ばかり.

本番はなんとか無事終了したが,太陽の方向などの都合から大陸側を背景に選んだことや,左右への振りがほとんどなかったことなどにより,全体としては単調な画像になってしまったのではないかと反省している.本当の南極らしさをだすのはなかなか難しい.

基地建物外からの本格的な中継は,この越冬では初めてのことで,いろいろと工夫を凝らしたものの,夏の穏やかな気象条件下であったからこそ可能だったという面もあり,一年を通して同様のことをやるのは不可能だろうと思う.

【宣伝】今回の毛利さんたちの南極訪問の内容が下記のフォーラムで報告される予定.

  • オープンフォーラム南極:2007年1月28・29日
  • 第一部(1/28):今井さんと立松さんがパネリストとして出演
  • 第二部(1/29):毛利さんがパネリストとして出演

  • 夕食後,VIPのお三方にお願いしてサイン会を開催.毛利さんの大ファンであるカミさんのために特別のメッセージをしたためていただく.

    image

    夕食後,地学棟で47-48の地圏関係者を集めて引継ぎ開始の顔合わせ懇親会.その後,バーに行ったら皆遅くまで飲んでいる.結局,深夜から明け方にかけての太陽と月を撮りたいと待機していた今井さんにつきあって,南極観測談義をしながら,3時頃まで飲み続けた.


    マルチな私

    元旦以来の休日日課.でも,締め切り日である持ち帰りリストの作成に専念すべし,というお達しが出ている日.

    毛利さんは科学未来館のイベントでS17からネットテレビ会議.日本だけではなく,タイとオーストラリアも結んだ多元イベント.昭和基地は,西オングルに設置した無線LAN中継点設備を経由してS17から届くネット信号を,さらに極地研へ転送するだけの仕事だったので,実際に交信の様子を見ることができず残念.いろんな要因が重なって,たびたび回線が切れたけれど,さすが緊急時のバックアップ・プランが綿密に仕組まれていたようで,それなりにうまくいった模様.

    その後,昭和に残っていた立松さんと今井さんも合流してVIPは「しらせ」へ見学に.

    交信が切れた原因の一つに,昭和基地内のLANの不具合があった.単にS17からの中継経路が不安定だったことだけが原因ではない様子.

    昼食後に,LAN担当隊員と一緒に原因を切り分ける作業を実施.なんとなく原因らしき場所はつかめた.この原因箇所は越冬中もずっとそのままだったものなので,夏オペ特有の負荷のために,これまで潜んでいた不具合が顕在化したのだろう,という結論.

    LANの不具合の復旧を急いだ理由の一つは,明日,毛利さんが昭和基地から報道ステーションに出演する企画があり,今日の午後にその接続試験をする予定になっていたためでもある.LAN復旧の手伝いついでにテレビ朝日との接続試験にも付き合う.こちらは原因を切り分けた後だったので,ほぼパーフェクトに成功した.

    夕刻,VIPがしらせ見学から戻ってきて,一昨日に延期になっていた職場訪問の続きを再開.今日こそは衛星受信棟に来ていただけるということで,ちょっと早めにスタンバイ.しかし,一つ前の情報処理棟でたっぷり時間がかかってしまったようで,夕食時刻直前にようやく衛星受信棟の訪問となった.

    一行が棟内に入ってきて,VIPを出迎えた私の顔を見た立松さんが,開口一番,

    「あれ?三浦組の澤柿さんですよねぇ?」...「(こう言っては失礼だとは思うんですけど)どうしてこんな最先端の(機器のたくさん詰まった)棟にいるんですかぁ?」

    だって.
    それを聞きながら横できょとんとしている毛利さんに立松さんは説明を始めた.

    「毛利さん,三浦組ってのはですね,海の底のドロを採取しようってがんばってるプロジェクトチームのことなんですよぉ.人工衛星とは対極的な土方仕事みたいなことを冬の間ずっとやってきた人たちなんですぅ」

    まあ,突然JARE47の昭和基地にやってきた人たちには,私の立場が一番複雑怪奇に見えるだろう.正式には「極域衛星受信担当隊員」として観測隊に参加しているものの,その実は三浦プロジェクトの参謀役であったりする.他にも,今日の午後にやっていたようにLANの面倒をみたり,はたまた,お外系の野外主任をやっていたりするし,いったい何者?と思われても不思議はない.

    おかげで,衛星受信やVLBIのことを説明する前に,まず自分が何者かを説明するのにしばらくかかってしまった.でも,こうして衛星受信棟で説明役に立たなかったら,この複雑な立場をちゃんと理解してもらう機会もなかっただろうとも思うので,丁度よかったと思う.

    実際のところ,立松さんの驚きは私にとっては嬉しい驚き.土方仕事をしている,と言われるほうがフィールド屋の私にとっては本望なのである.

    VLBI・GPS・合成開口レーダーなどの測地学的な衛星の使い方から生み出される成果は,私が専門としている南極氷床変動の解明にとっても有力な材料になる.まともにVLBIの技術や衛星工学的な話をすることは,雇われオペレータの身には荷の重い話だが,そのデータから応用できる氷床変動解明への道筋については充分自分の土俵に載せられる話題だ.最初は,専門外の質問にどう答えて良いかドキドキしていたけれど,自分の土俵に相手の興味を誘い込むことで,なんとか面目をはらすことができたように思う.

    まあ,毛利さんなんかは,あえて素人を悩まさないように武士の情けで突っ込みを甘くしてくれていたに違いないのだろうけれど...

    棟内の説明の後,実際に大型アンテナが動く様子をみてもらったり,超伝導重力計もみてもらったりして,終了したらすっかり19時を回ってしまっていた.


    撤収準備

    昨夜から小雪模様.毛利さんたちは,大陸からネットテレビ中継準備のためS17へ飛んでいった.ドラム輸送が一段落したところで,視界不良のため予定よりも早く今日のヘリオペが終了.明日のネット中継の天候が気がかりになってきた.

    基地では,持ち帰りリスト最終締め切りを明日に控えて,皆,梱包作業に忙しそう.

    私は,前回の越冬や,帰国後にあちこちの研究室を転々とした経験から,ダンボール箱を収納家具がわりに使えるように工夫して,必要に応じて物をダンボール箱から取り出し,使い終わったらそこへ戻す,という習慣を続けてきた.日本でも,13年前の越冬から持ち帰ったダンボール箱をいまだに収納用に使っているほどである.今回の撤収準備に関しては,その習慣のおかげで,ほとんどやることがない.

    実際のところは,1月末締めの観測データや残っている野外観測と交代後のVLBI観測で大物が出る予定.リスト締め切り間近の今現在ではこれといって作業がなく,なんとなく余裕をかましているので,周りからは遊んでいるようにも見られてしまっているところがあるらしい.適当に忙しそうなフリでもしてみるかな?


    職場訪問

    ドラム空輸はヘリの往復サイクルが早く,一日中飛び回っている感じ.これが終わると,次の隊の食料搬入が始まる.それに備えて,我々の残食料を整理し,次の隊の食料を搬入するスペースを空ける作業を行う.といっても,我々の滞在はまだ二十日間ほどあるので,その分の食材は残して置かなければならず,その見積もりはなかなか悩ましい問題.調理隊員は,実際の調理のほかにも,こうした絶妙な在庫管理もしなければならず,大変な部門であることを再認識した.

    午後からVIPの基地内巡検があるというので,観測系の隊員はそれぞれの持ち場で待機.越冬中に職場訪問を実施しているので,自分の持ち場を説明するのはすでに経験済み.ということで高をくくっていたら,VIP達の興味の感度は想像上に高く,それぞれの棟で予定時間を大幅にオーバーし,半分くらい回ったところで時間切れ.立地上,巡検コースの最後に当たっていた情報処理棟と衛星受信棟への訪問はあさって以降に延期となった.

    すでに訪問を受けた部門担当者の話を聞く限り, VIPからはかなり突っ込んだ質問が飛んでくる模様.私なんかは,衛星受信もVLBIも雇われ仕事.他の皆さんほど深く理解して担当をこなしているわけではないため,戦々恐々の気分である.

    残念なのは,基地内での観測しか紹介できないこと.三浦プロジェクトのことや冬期の野外行動の難しさや楽しさ,問題点のようなことをVIPにも知って欲しいし,その点の説明ならば何時間でも話す自信があるのだが,そういう自分の本領を発揮できる機会はなさそう.現状では,せいぜい夏の露岩調査を視察される機会を活用してもらうしかない.でも,私はその場には同行する予定はない.


    VIP到着

    ドラムの本格空輸開始.前次隊が最初の手本を見せてあとは次の隊がすべて受け取るのが普通だが,今回は経験者が多いので手本は不要,といわれ,我々の出番が無くなってしまった.

    imageお昼頃,S17にVIPが到着.トロールから直接来る予定が,バスラーのやりくりの問題で昨夜はノボ泊まり.そこからS17へ飛来.昭和基地には夕刻に到着.ここまで5日がかり.

    歓迎会を兼ねた夕食ののち,そのまま雑談会に突入.VIP案内役の本吉極地研教授は私には気心が知れた仲なので,氏をたよりに遠慮がちに話の輪に加わる.毛利さん,立松さん,今井さんのどの方も,思ったよりも気さくな感じでやりやすそうだが,こちらに昭和基地の主としてのアドバンテージがあるせいかもしれず,たぶん日本ではこうは行かないだろうと思う.

    さっそくVIPからいろいろ印象的な言葉を聞くことができた.

    ・空路といってもここに来るまで5日間.宇宙は離陸してから数分でついてしまう.ずっと遠い.
    ・南極はどこに行っても星条旗がはためいているけれど,今回の訪問に関しては完全に日本の後方支援だった.南極観測に関して日本は独自の立場をしっかり築いているのが実感できた.今後もそれをより発展させて欲しい.

    とは,毛利さんの言葉.そして,昭和基地の研究観測にしっかりエールを送ってくれたのも心強い.

    ・物事を長く続けるには,それを支える最初のストーリーが重要.ノルウェーがアムンセンの物語を支えに独自の科学フロンティア戦略を展開させているように,日本も白瀬中尉やタロ・ジロの物語が,ここまで南極観測を続けてきた支えになっているハズ.

    と,物書きとしての立場から立松氏が述べていた.

    ・落ちるとは思ってないモン

    とおちゃらけた表情をみせる今井さん.動くソリの上に立ち上がって写真を撮ろうとした今井さんを,引率役の本吉さんがヒヤヒヤしながら見ていたことへの返事の言葉であるが,さすが,三大北壁を登った登山家のセンスがにじみ出ているな,と思った.

    VIPの到着で影が薄くなったが,この他にベルギーの科学者三人も昭和基地入り.本丸に余裕がないので,彼らは夏宿泊まり.


    案内

    昨日に引き続き,一般物資空輸品の配送.

    私は輸送作業を免除してもらって,大型アンテナ測量の特別な技術を持っているA.Woods氏を案内して島内を回る.大型アンテナを動かしてもらって動きを見たり,アンテナのどの位置に測量のターゲットをつけたら良いかを検討したり,測量の基準となるGPS点や三角点,水準点の位置などを実際に確認したり.

    VLBIの受信設備・水素メーザー・セシウム時計・GPSの連続収録システム・ドリスビーコン・超伝導重力計・WEBカメラなどもついでに紹介.短時間に集中してまわってみたら,結構多くの観測を実施していたことにあらためて気づいた.やっぱり昭和基地は科学観測基地である.

    CASAのクルーのほうは,海氷状態の下見,しらせのヘリ運用の見学など,半日の時間をめいっぱい使って楽しんでいった模様.彼らには悪いけれど,VIPを迎えるのを目前にして,接客手順を確認するよい材料にさせてもらった.満足度120%の笑顔の4人は,昼食後にヘリでS17へ戻ってデービス基地へと帰投のフライトに就いた.

    それに先だって,すでにS17にはドルニエ機が到着しており,いよいよ本格的な日独航空観測が始まろうとしていた.今年の観測は大気がメイン.その準備のため気水圏の隊員もS17へ.このタイミングなら,CASA・ドルニエ・バスラーといった,S17にやってくる全ての航空機を見ることができるはず.ちょっとうらやましい.

    ついでに,昭和基地へやってくる予定のVIPを出迎えるため,越冬隊長も一緒にS17へ向かった.

    私は夏オペの人身御供として基地に残されたため同行できなかったのだけれど,スカーレンの野外調査から二人が帰還.まあまあの成果が得られたようで,すっきりした笑顔で帰ってきた.

    ということで,夏真っ盛りの南極は人の動きが盛ん.DROMLANのほうも,夏とはいえ厳しい気象条件下で多くの乗客をさばかなければいけないらしく,本日中のVIP到着はちょっと延期になった模様.


    CASA

    今日から一般物資の空輸開始.我々はヘリポートに下ろされた物資をトラックで配送する役目.

    imageお昼頃にオーストラリア南極局が契約しているCASA-212がS17に着陸し,夕刻,そのクルーがヘリで昭和基地にやってきた.実質的に,今夏初のお客さん.しかも外国人.私はその対応役を仰せつかっていたため,なんだか気ぜわしい一日となった.

    やってきたのは,CASAのフライトクルー3名と研究者1名.クルーの一人は女性で整備要員だということ.リーダー格のJorn氏はノルウェー人で,オーストラリアと本国を行き来しながら航空業界で働いているという.昭和基地周辺がノルウェー語の地名だらけであることに驚いていた.今回のフライトで初めて知ったらしい.

    フライトの目的自体は,オーストラリアの南極輸送戦略の中で昭和基地周辺へのフライトも可能かどうかを下見すること.それだけだったらS17までやってくればそれでよかったのだけれど,ついでに大型アンテナの位置測量ができる研究者を連れてくるという仕事もあったため,全員が昭和まで来て一泊することになった.

    大型アンテナのポジションを正確に求めるのは,アンテナをVLBI観測にも使っているからであり,地殻プレートの動きを精密に測定しようとしている観測目的からいえば,アンテナの位置がどこにあるか,というのは重要な事項である.ところが,昭和基地の大型アンテナは,レドームに覆われていることもあって,実はGPS座標と連動した正確な位置がまだ得られていない.これを解消するため,特殊な測量技術を持った研究者と共同で測量してみようか,という話がすすみつつあり,その本人が本格的な共同作業が可能かどうかを下見しに,急遽やってくることになった.

    彼は,この夏,デービス基地でGPS観測の仕事をしていて,このフライトのことを知って連れてきてもらうことになった,と言っていたが,そのへんのフレキシブルな動きには感心してしまった.突然対応を迫られたこちらは大変だったけれど...彼がデービス基地から携えてきてくれた手紙には,オーストラリア隊に同行している極地研の同僚と,かつて私のD論の英語をみてくれた古い南極トモダチからのメッセージが記されていた.世の中は広いようで狭い.


    ここに来るべきもの

    今夜も夜を徹して氷上輸送.がんばった甲斐あって,3夜の予定を2夜に短縮.まだ午前中だけれども,私にとっての4日はこれで終わった.

    3日の朝日新聞に極地研究所々長の記事.例によって『南極越冬記者』の手によるもの

  • 開かれた基地
  • 観測隊以外の人も南極へ

  • と所長は考えていらっしゃるようだ.しかし,私としては,新造船就航に込めるメッセージには『もっと南極に来て研究してください,そのためのプラットフォームは用意します』と,さらなる南極科学発展へのアピールもちゃんとしておいてほしかったんだなぁ...

    南極観測が成り立つ基本条件は,当然のことながら,研究・観測を行っていることである.それ由,研究者が観測隊に参加することは当たり前のことと思われがちだが,じつはそうでもない.このBlogの読者には薄々感じている人もあるかと思うが,最前線の研究者はこの現場にはほとんどいない,というのが現状で,私が見る限り,南極観測の基本条件が危うくなっているように思われてならない.本当にここへ来ることを期待すべき,そして連れてくるべき人は,芸術家でもメディアでも一般人でもなく,研究課題と意欲と主体性をもった「研究者」なのである.

    一般的に,日本で研究の最前線にいることを意識するような研究者は,生産性をあげ,その成果をアピールし,資金を調達し,プロジェクト参画者を食わせながらマネージしていく,という使命に駆られている.大学所属者であれば,これらにさらに学生の指導という責務も付け加わる.定常観測を受け持つ官公庁所属機関にしても,独法化やなんかで南極だけにかまけている余裕はない.

    このように,研究・観測界のトップランナー集団にとっては,現在の日本の南極観測システムは,観測隊に参加したくても躊躇してしまうような要素が満載のシステムになっている.これは極地研究所のやりかただけに問題があるわけではなく,日本の科学界全体の仕組みの問題でもある.

    米国では,NSFから資金をとりつければ(実はこれが一番難しい関門だったりするけれども),比較的容易に南極で研究観測計画を展開することができるシステムが整っているようだ.日本でも,米国と同程度の展開が図れるように,科研費制度・大学院教育・大量PD対策などを含めた総合的な地盤固めをしていく必要があるだろう.その役割の中心になるのが極地研であるように思う.

    研究・観測以外にも開けた昭和基地をめざす,とアピールするのは良いけれども,その前提として,研究・観測がしっかり実施されていること,そのための人員が的確に確保できていることが先決.また,仮に最低限の人員を確保できていたとしても,それに満足せず,より多くの研究者が自らすすんで来たくなるような環境作りを最優先すべきだと思う.

    日本の南極観測事業の門戸開放の末に,昭和基地にいる研究者がすべて他国人で占められ,その世話を日本から派遣された観測隊員が担っている,なんて結果になっていたらどうだろう?いくら南極が国境のない人類共通の科学フロンティアであるからといって,そこまでなったら日本もいよいよおしまいという気がする.あながちそれもあり得なくもなさそうな気がしているが...

    新聞記事として一般うけしやすい言葉が,メディアサイドで取捨選択されてこの記事になっていることは理解できる.所詮,報道とはその程度のものだ.だけれども,きれい事ばかりをならべて南極をアピールできていた時代はもう終わりに近い.開放によって隊員以外の人が来るようになれば,なおさら,南極観測基盤の脆弱性が関係者以外の人々にもあらわにされることになるだろう.本気で日本の南極観測の将来を語るなら,この現実を正面から見据えて,本業である南極研究・観測にもっと研究者の触手をむけさせる方策について,世論も巻き込んだ議論を展開する勇気が必要なように思う.日本の学術界に蔓延する悪習をも打開する契機となる期待もこめて.


    1 23 24 25 26 27 28 29 58