南極 一覧

気になる人

土曜日の講演会でご一緒した渡邉興亜氏から,一次越冬隊の隊員が存命中にオーラルアーカイブを作っておくことの重要性を念押しされた.ことさら驚いたのは,私と共通の人物に注目されていたことである.その人物とは,AACHで「長髪さん」と親しまれている中野征紀医師のことである.

中野氏は,昭和基地のあるオングル島が東西に別れていることを突き止めた張本人で,その切れ目は「中の(中野)瀬戸」と名付けられており,地名にその名をとどめている.また,ボツンヌーテン犬ぞり旅行隊の一人でもあり,映画「南極物語」では,高倉健と渡瀬恒彦らが演じる若き隊員の手綱を握るしっかり者の医者として描かれている.

JARE34で1次隊以来のボツンヌーテン再訪を果たした私は,中野氏らが書き残した登頂記録を丹念に調べたという記憶がある.さらには,昨年から調査するようになったネパールヒマラヤのホングー谷には,中野氏を隊長とするAACH登山隊が初登頂した「チャムラン峰」が鎮座しており,中野氏は,自ら登頂ルートを発見するなどして,初登頂の偉業へと導いている.

そういうわけで,私にとっても中野氏は,折に触れて記録の上に重要人物として登場する御仁であり,その人となりについては,なにかと気になっていたところであった.

渡邉氏によれば,中野氏がJARE1の医師となったのには西堀栄三郎越冬隊長のじきじきの指名があったのだという.それほどに重要な人物であったにもかかわらず,その私的な人物像を伝える記録が少ないのだという.南極で苦楽をともにした越冬隊員ならば,表にはでない(本人も出そうとしなかった)内面もそれなりに知っていたはずだ,でもその隊員もかなりの高齢になっているので,いつ情報源が失われるかわからない,というのが,オーラル・アーカイブを急ぐ理由なのである.

おそらくチャムラン隊の隊員達も同様に,中野氏の人間的な側面を知る人々であろうから,オーラル・アーカイブの取材対象になり得るだろう.

こうした目であらためて南極OB会の会報を眺めてみると,「ちゃんとオーラル・アーカイブを作ってこう」という意思がこめられていることに気づいた.これまで「じいさんたちが郷愁でやってることなんだろうな」と,少々引いた目でみていたけのだれど,ようやくOB会の事業の意義の重大さに気づかされた次第.

歴史と文化は蓄積の上に成り立つものであり,人と人のつながりによって支えられているものだという思いを強くした.最先端の科学も重要だけれど,文化の育成・創造・擁護を使命とする大学には,もっとやるべきことがあるのではないか,という思いもまた募るばかり.そのことについてはまた今度.


山岳館で講演

これまでの肌寒さから一転して一気に春めく.学内の桜も今日が見頃.

南極OB会北海道支部総会と山岳館講演会のダブルヘッダーで朝から出動.

講演のほうは,GCOEとの共催で,同じ建物内でポリコムを使った多元中継を実施.ポリコムの映像ソース経由でUSTREAMにも動画をタダモレさせる.さらにポリコムと配信役のMacとの間にDVテープデッキをかませて,ローカルでも録画.この3連結システムはそれなりに機能した.

録画はデッキとUSTREAMのダブルだけれど,こういう直列構成にするよりは,Web Camや3G回線も併用して,並列システムにしたほうが不具合があった時には安心だろうという印象.また,USTREAMが使えるようになった現状でも,高画質で映像ソースを制御できるポリコムのアドバンテージは不動だけれど,手軽さやクラウド保存録画機能に関してはUSTREAMが上かな,と思う.Twitterを開放していたにも関わらずフォローしてくれた人が皆無だったのがちょっと残念.会場のほうは,まあ丁度良いくらいの入りで.そこそこに盛況.

忙しかったけれど,それなりにやりがいのある一日であった.


隣の偉業

年のせいか休日をすっとばすと体がきつい.

野暮用で本学Webサイトのトップページにイベントのおしらせの掲示をお願いしたら,直前に低温の深町さんらの論文がNature Geoscienceに掲載されたというプレスリリースが出ていたのを見つけた.この偉業と比べると,そのすぐそばに私の案件があるのがほんとに恥ずかしくなる.

NIPR抜きなのね...青木さんと若土さんも著者にあるし,低温研の真価が発揮されたようで喜ばしい.


昭和基地から年賀状

週末は緊急対応に追われてつぶれた.徹夜もした.不毛な時間.

新しらせが東京に帰ってきて,南極から運んできた郵便物が国内配送にまわされたらしく,昭和基地から4ヶ月遅れで年賀状が届いた.差出人は前に一緒に越冬したことがある雪上車の会社の人.

こうやってもらってみるとなかなか嬉しいもんだねぇ(クワちゃんどうもありがとう).


SHIRASE-第二の船出

気象会社に買い取られて,SHIRASEと改名された初代「しらせ」は,船橋港で余生を送る.5月2日にグランドオープンということ.

夕刻,構想や準備も含めると丸々一年以上かかった引っ越しのうちうちでの終了慰労会.ありがたくごちそうになる.某スーパーサイエンス高校教員の飛び入り参加もあって盛況.


立川へ

午前中の予定がキャンセルになったので,立川の極地研へ南極から帰国しているはずの人に会いに行く.前回立川に行ったときに見られなかった箇所を案内してもらったり,今後の打ち合わせをしたり.

夕刻,桜上水まで戻って,日大でいろいろと打ち合わせ.これで東京での用事も終わり.


「探険」か「探検」か,そして「きれい」じゃない南極の写真

imageこのポスターの校正作業をしていて,おもしろいコメントをいくつかもらった.一つ目は「探険」は「探検」じゃないかというコメント.もう一つは「宗谷の写真がきたないのが気になる,南極の写真は普段は大変きれいな画像ばかりだったので・・・」というコメント.

実は,どちらの点も,この講演会の心として私が意図的に仕込んこだとだったので「そうです,そうなんです,よくぞ気づいてくれましたね」としか応えようが無い.とは言っても,コメントを下さった人たちだからこそ気づくことができた点でもあるかも知れないと思い直してみたりもする訳で,一般向けには修正に応じたほうが良いのかもしれない.ただ,信念に基づいて仕込んだ点への指摘だけに,修正に応じるには,確信犯の心をまず説いて鬱憤を晴らしておかねばならない.ということで,以下鬱憤晴らし.

まず,「探険」か「探検」について.この講演会のタイトルの心は,「憧憬」ともいえる「極地」や「冒険」への情熱が,極域科学という営みの源泉に普遍的に存在していたことの主張,そしてそういう素地を若き大学生に植え付ける機能を「北大山岳部」も担ってきていた,という主張にある.その意味で「たんけん」は「探険」でなければ真意を伝えることができない.

南極観測の生みの親である永田武先生や初代越冬隊長の西堀栄三郎先生,はたまた極地アジテータの加納一郎先生らが著わされた南極観測に関する一般書を紐解くと,そこには「探険」と「探検」が混在している場合が多い.ただ,その使い分けが意図的になされているのかどうか,それをハッキリと断定する術はなく,書かれた文脈から判断する以外にないのであるけれど,先生方の文章を読むに付け,私にはひしひしと「探険」の文意が伝わってくるのである.

次に,写真の質について.きれいな南極の写真なら自前のストックにいくらでもある.でも今回の講演会にはそういう新鮮さ(富山弁でいう「きときと感」)はそぐわないと感じて,あえてこの古ぼけたざらざら感のある写真を選んだ.つまり,講演会でじかに聴衆と顔を合わせながら話している演者のリアル感と,この古ぼけた写真の印象とのギャップの間に,参加者が「山岳館」という空間を共有しているという親近感,そして時間の隔たりの中にも連綿たる継承があったという連帯感,その感覚を体感して欲しいと思ったのである.

実はこの写真は「AACH画像アーカイブス事業」によって収集された写真の一枚で,第一次南極観測隊が撮影したものである.データによれば提供者は渡邉興亜元極地研所長となっているが,この画像が汚れている原因が,オリジナルからそうだったことにあるのか,それともアーカイブの作業で電子ファイル化した際のスキャンの仕方にあったのかは定かではない.しかし,50年以上前の写真となれば,この程度の色あせや汚れがあったとしても当然のこと.逆にコメント者が抱いた「南極の写真は大変きれいな画像ばかりだった」という意識は,最近巷にあふれている南極情報に,すっかり毒されてしまった感覚だと私には思えてしかたがない.そういう感覚にも一矢報いたいという意図がこの写真にはある.

さらに,この企画が「北大山岳館講演会」である,という意味もこの写真に込めているつもりである.どこかで使われている写真をだたコピーしたのではなく,こういう写真が,山岳館を舞台に実施された「画像アーカイブス事業」の一枚としてデータベースに収蔵されている,という,その点をこの画像で主張したかったのだ.だからこそ,普段見慣れたような「きれいな写真」であっては意味が半減してしまうのである.

私はしばしば,アンチテーゼの形でアイロニックに物事を言ってしまうことがある.今回のこの二点についても,その性格が多分にあるのかもしれない.それだからこそ,ちょっと引っかかる部分があるからこそ,人を惹き付けるポスターとしての説得力があるんじゃないかなぁ...と思ってしまうのは,やっぱりひねくれ者の考え方なんだろうか?

ということで,結局は素直にご指摘に従って修正したものを「完成版」にしてしまう,そういう私がここにいたりする.もちろん,これをトークのネタにすることも忘れてはいない.


非日常のエコロジー

札幌市内は猛吹雪.真夏の南極よりもずっと南極らしい風景を眺めながら,昨日予告した南極授業USTREM生中継をみた.
image
残念ながら,本番のようすが動画アーカイブされないみたいだけれど,twitcastingtogetterに片鱗が残されている.

「学級委員」の登場や「起立・礼」で始める「南極授業」のスタイルは斬新なアイデア.サブタイトルにある「非日常のエコロジー」ってのがどういうことなのか伊村さんの講演を聞いてようやく分かった.つまり15:00:00頃からのつぶやきに記録されているように「目に見える、顔が見える。日本に帰ってきてゴミ収集車のおじさんに、挨拶するようになりました。」「南極の生活は世界を見通す、広い視野。」ということが「非日常のエコロジー」ってことなんだろうなと思う.この言葉が出てきた文脈が伝わるようにアーカイブされていないのが残念.ということで,上の画像をクリックするといいことあるかも...

昭和基地からは,今回はじめて観測隊で派遣された現役の学校の先生の授業.さすが先生だけあって子供達への話しかけかたは上手.そういう先生らしさが遠隔授業にどんな風に生かされるのかと期待していたけれど「う〜ん,もうちょっと」という感じかなぁ...おそらく南極での体験はこれからじっくり噛みしめて徐々に消化されていくのであろうから,消化・吸収したものが帰国後に教育の現場でどう発揮されるか,というところこそが見所なのだろうと思う.


忘れてた

予告:明日1430-1630 南極授業「先生は今、南極にいます!!〜非日常のエコロジー 〜」USTREM生中継.twitter経由でリアルタイム参加もできるみたい.お見逃しなく...といっても録画がアーカイブされるだろうけど...

twitcastingでもライブ動画中継があるみたい.

私のほうは,今日やるはずの最後の講義をすっかり失念.受講生が部屋まで呼びに来て慌てる.申し訳ない.


地形の年代

ナショジオのサイトにガンブルツェフ山脈の記事がのった.ここでも6/7に取り上げている.そのせいか,今日のアクセスはいつになく多い.

今回ナショジオのページに載っている図は初めて見るものだけれど,思っていたよりも詳細に山脈の地形が分かっているようだ.ただ,形成年代に関する議論はまだまだこれからという気がする.地形の形成年代というのは,最後にその形が形成された年代をいうのか,それとも,起伏のベースとなる高まりが形成された年代をいうのかで,大きく異なるからだ.氷の下であるとは言え,氷床による侵食は現在でも継続しているはずで,その意味では,形成年代は限りなく「今」に近い.でもそう言っては元も子もないので,大抵は,水系やリッジのパターンが認識できる程度のオーダーの地形を対象にして,それが形成された年代が議論される.でも,これがなかなか難しい.

image実は,我々も南極で地形の形成年代を探ろうと日夜模索を続けているところ.しかも,氷床からから露出していて,実際に見たり触ったり出来る地形だ.それにも関わらず,その形成年代の決定はいまだに解決していない.

地形には堆積地形と浸食地形とがある.堆積地形の場合は,その堆積物に含まれる年代資料を分析すれば,その堆積年代が求まるので,最も表層に近い物質の堆積年代をもってその地形の形成年代とすることができる.一方,浸食地形の場合は,基盤岩そのものの表面がいつ露出したのか,言い換えれば,現在の地表面がどれくらい前から表面に出ているのか,ということを明らかにしなければならない.

基盤岩の年代そのものは測定することが可能であるけれど,その年代はあくまでその岩石が形成された年代であって,表面に露出するようになった年代ではない.とくに深成岩や変成岩など,本来地中深部で形成される岩石の場合は,地殻変動などで地表に出てくるまでに相当の時間を要するから,岩石の形成年代と表面露出年代とは,時として数オーダーも異なる年代になることがある.さらに,地表面に出てきてからも,様々な浸食作用や風化が働いて,おおまかな谷筋・尾根筋が形成されるまでにもそれなりの時間を要する.露出年代そのものを推定する方法もないわけではないけれど,手法的に確立されている訳ではなく,検証や革新が続けられているまっ最中だ.

ガンブルツェフ山脈の形成年代の議論をフォローするには,このような論点を押さえておく必要がある.


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