カラス

私の研究室は角部屋だ.窓の外で「ガチャン・ドンドン・ガー」とうるさい音がしたので非常出口から外をのぞいてみた.

音の発生源は,外壁をつついていたカラスであった.足下をみると,避難用の降下口のふたが開いていて,ハシゴが下の階へと伸びている.どうやらこれもカラスの仕業らしい.身振り手振りで追い払おうとしたが,その私をものともしないでカラスはまだ外壁をつついている.足下におちていた枝を投げつけると,すーっと飛び去っていった.

ふと気づくと非常階段への扉が閉まっていた.この扉は外からは開けられない.つまり締め出しをくらってしまったのである...

だれか来ないかな,と秋風に吹かれながらしばし待つこと30分...だれも来やしない...仕方がないので,カラスがたらした(と思われる)避難ハシゴを使って下へ降り,外回りで研究室へ戻る.ハシゴを回収する際には,ドアに物をはさんで閉まらないようにしておくことを怠らなかった.


水流特集

極地研では観測物資が大井埠頭へと移送される忙しい日のはず.こちらは科研費の申請書をなんとか仕上げて,ほっとしたついでにしばらく遠ざかっていた文献読み.

久しぶりに電子ジャーナルのサイトをチェックしたら,QSRの最新号でメルトウォータープロセスを特集していることに気づいた.内容は,一昨年のリノで開催されたINQUAの特別セッションをまとめたもので,アイスランドのヨコロウプに始まって,ローレンタイド氷床に関わる水流浸食地形や,氷床の融解水が海洋へ流入した影響を評価したものまで,全部で7編の論文が掲載されている.Fisher氏がコンビーナーをしているだけあって,どちらかといえばいわゆる「氷底水流派」の論文が主流だ.

もちろんこの一冊は私にとっては非常にうれしい号なんだけど,5年ほど前のいまわしい記憶が甦ってくることにもなった.それは,学位を取得した直後ぐらいに,同じFisher氏がまとめ役だった特集号から,論文を投稿してくれないか,と招待を受けたことがあるのだが,結局後味の悪い結果になったというものである.その後,エドモントンでShaw教授にお世話になることで,裏事情がはっきりして和解したのだけれども,サイエンスの世界もなかなか政治的な思惑がうごめく世界であることを身をもって知る機会ともなった.

まあ,それはいいとして,今回のQSRの論文の中でも極めつけは,Shaw教授の最後の弟子でもあるMunro女史が書いているケリー島のS-formの新解釈に関する論文.在外でオハイオにいた三浦さんの誘いで,岩田さんや横山さんと一緒に現地を見てきた経験もあるし,あそこで水流浸食説を力説した覚えのある身としては,「ついに書きましたねMandyさん」と思わず言いたくなるような論文である(ありがたいことに私の論文も引用してくれているし).

他の論文も,久しぶりに水流派がしかけてきた攻勢だけに,ページをめくるのがもどかしいくらいに早く頭の中にいれてしまいたい気分.だけど,なかなか落ち着いて読んでいる暇がないんだよなぁ...


ブループラネット賞

第四紀学会から届いたニュースレターを読んでいて,我々の分野にはおなじみのシャックルトン教授が旭硝子の「第14回ブループラネット賞」を受賞されたことを知る.

シャックルトン教授の研究が評価されているように,地球の気候変動を復元する上では,氷床コアと海底コアが重要な試料となってきた.JAREでもドームFでの氷床コア掘削計画が実施され,世界的な成果をあげてきた.

一方,我々JARE47の地形部門では,南極大陸沿岸部で海底コアを採取するプロジェクトを展開しようとしている.これまでにも昭和基地周辺で海底コアが採取されたことはあったが,長さは非常に短くまた本数も少なかったので,最終氷期にまで遡る試料を得るまでには至っていなかった.今回は少なくとも1m以上,できれば4mに及ぶコアを採取したいと考えている.また,コア採取だけではなくて,サイドスキャンソナーを用いて面的に海底地形や表層部の海底堆積物の構造も一緒に探査することになっている.

本プロジェクトは,海氷に覆われて観測船が航行出来ないような海域での実施計画であるところがミソで,実はこれまで世界のだれもやろうとしなかったような条件下での試みでもある.

これに加えて,JARE47の夏期間には,日本とドイツのジョイントによる航空機観測が行われる.この航空観測プロジェクトでは,重力・地磁気・アイスレーダーなど,氷床や海氷・海水下に隠れている地殻や地表の構造を広範囲・高解像度で明らかにしようとしている.

image海氷下海底観測と航空機観測の二つのプロジェクトは,決して無関係ではなく,南極氷床の変動を考える上で,ローカルにもグローバルにも,ともに密接にリンクしている課題である.このへんの話をしだすときりがなくなるのだが,数年前から,いわゆる「骨太の将来プラン」あるいは「観測指針」といったものについて,「サブグレイシャル・トランセクト」という概念を提唱してきている.その概要はすでに月刊地球271雑誌地理48-5の中に述べているので参照されたい.そのプランが,ここにきてようやく実現へと動き出したのである.

その予算規模やプロジェクトの困難性,期待される結果などを考えると,もう少し注目されてもよさそうな気がするのだが,JARE47の中でさえ,その意義や大きさについてちゃんと理解しているひとは少ないようだ.

JARE47に関する報道をみていても,あいもかわらずドームF計画がトップで紹介されている.すでに十数年も続けられてきたプロジェクトだし,規模もでかいし,一般ウケも良いので,JAREの花形プロジェクトであることは確かなのだが,そのプロジェクトも,今次隊の掘削で基盤まで到達する予定になっていて,それで南極での活動としては一区切りを迎えることになる.いよいよ終盤を迎えたプロジェクトであるといってもよい.ドーム計画がこのような段階を迎えている時期に来て,コア研究の両輪のもう一方としての海底コアに関する大きなプロジェクトが開始されようとしていることは,日本の南極観測事業にとって非常に大きな意味を持つのである.

それにもかかわらず,私の知る限り,海底探査や航空機観測についての報道は皆無に近い.マスコミは「真打ち特ダネ」をしっかり逃しているんだよねぇ...まあ前評判が先行して大きな期待がかかると,失敗したときの批判もそれなりに出てくるだろうから,ひっそりと実施するのがいいのかもしれないのかな...

シャックルトン教授にはとうていかなわないだろうが,今後10年間は持ちこたえられるような材料は持ち帰りたいと思っている(...そううまくはいかんだろうけど...)

いづれにせよ,そのうちちゃんと,プロジェクトの概要や目的をまとめた記事をつくらなきゃいかんね.


申請書

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梱包中の段ボール.南極観測隊用にレンゴーが提供してくれているもので,大中小のサイズがある.作りはしっかりしていて,13年前のJARE34で使った箱は今も現役.

朝一で,長期不在に備えて期限前更新手続きをすませておいた運転免許証を警察まで受け取りに行く.今回から,「誕生日まで有効」という表示がなくなって,翌月の誕生日の日付が直接記載されるようになった.

午後,突然の展開で科研費を再チャレンジすることに.南極行き用に準備できていた荷物のパッキングを解いて,昨年の申請データを保存したCDを引っ張り出す.もう梱包し直せないので,これは手持ちで行くことになるのか...南極から申請書を出すはめになるよりはまだマシか...

申請書類には私の名前が入っていないけど,こういうときに限って通っちゃったりするんだよなぁ...


応援サイト

すっきりと秋晴れ.

久しぶりにゼミに出た.話がとんでいてついて行けないかも,と心配したが,飛んでいたのは話者のほうでまったく支障なし.

偶然,以前私の雑感にコメントをくれたみ・くり さんが書いているJARE47の応援サイトを見つける.南極事情への素人の新鮮な驚きと感動が,やんわりとした文面で綴られていて結構おもしろい.

こういう初々しさは,今の私にはもうないなぁ.


移動

勢力縮小に伴って領土の一部を明け渡す作業.

20年以上に渡って蓄積されてきたがらくたとの格闘で鼻の穴が真っ黒になった.


反射板

imageまだ打ち上げられてもいない合成開口レーダー衛星のデータを検証するためのコーナーリフレクターの仮組立て.

その後,とりあえずまとまった物資の梱包とリスト作りをすませて,深夜に札幌に戻る.


そり

今回のプロジェクト用に特注したソリの事前点検で鶴見の造船所へでかける.

なぜ造船所なのかというと,なんと日本の南極観測で用いられている大型そりは,ヨットの造船技術を応用して作られているのだ.時には固く時には柔らかく,はたまた,1メートル以上もある氷上のデコボコを乗り越えて雪上車に引かれていくそりは,常に過酷な歪みにさらされている.ガチガチに作ってしまうとかえって壊れやすい.その点,波や風にもまれて揺れ動くヨットをささえる技術が生きてくるということらしい.南極のソリはまさに「氷の上の船」であるといっても良い.実際のところ,我々の活動範囲は海氷上なので,凍ってはいても海の上で仕事をすることにはかわりはないのだけれども...

image今回仕上がったのは,海氷掘削機を搭載するための「掘削ソリ」,ならびに水平ウィンチを搭載し作業全体の司令塔となる「観測幌ソリ」の二台で,仕上がり具合のチェックおよび搭載する機器との調整を行う.観測ソリの中には,収納付きの折りたたみテーブルや,座椅子の背もたれを広げるとベッドにもなるという機構も搭載されていて,ほんとにヨットのキャビンのようである.
imageコアラーをおろすやぐらそりとあわせて,我々は3台の専用ソリを手に入れたことになる.これだけそろってきて,我ながらプロジェクトの大きさを再認識させられると同時に,責任の重さも痛感した.これがとりあえずは単年度で終わってしまうのが非常に惜しい.


やぐら

image雨.大口径コアラーの動作試験訓練で浦和へ.

図面では見ていたものの,実物の巨大さに圧倒される.これが成功すれば...と皮算用を始めたりするが,南極での作業は安全第一ということで,そのための改良点を洗い出し,作業手順もしっかりと確認する.

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前途多難?

全員打ち合わせ.防寒具や作業服など,南極で必要な個人装備の配布を受ける.

夕刻,極地研究所主催の壮行会.

あいにくの雨で,前庭でのパーティは早々にロビーへ移動.某教授が去り際に一人つぶやいていた.「雨だ雨だ.前途多難だ...」

この言葉を跳ね返すべく,しっかりやろうと誓う.


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