ノアの洪水

地球研から谷田貝さんという方がやってきて,洪水の話をした.

地球研で今後のプロジェクトの種となるようなアイディアをインキュベーションする段階として,YDごろから5,000年前までの間に起こったかもしれない巨大洪水現象を,古気候変化の問題とあわせて学問的に議論・研究をすすめたい,ということで,ノアの洪水伝説との関係も探っていきたい,という.

私のすすめている「氷期〜後氷期の氷底水流仮説」について,Flood Scienceを地質・地形学的にいかにサイエンスとして成立させるか,という点を実例をレビューしながら話したつもり.

今回の会合の話がきた時には,私のようなところに話を聞きにくる人がいるとは夢にも思っていなかったので,これは面白いことになりそうだなとちょっと期待していたけど,話し終わってから,自分が知っているのはこれだけか,と落ち込んでしまった.

地球研はなかなか野心的な試みをしているところだとは聞いていたが,お金の使い方もけっこう大胆なようで,ちょっとうらやましさも感じた.でも,Flood Scienceの厳しさを身をもって体験しているだけに,前途はなかなか大変なような気もする.

はたしてどれだけ役に立てたものやら…


祖父の面影

NHK-BSで,トレッキングエッセイ紀行「岩稜と氷雪の彼方に〜イタリア・ドロミテ」を見た.

この番組は「エッセイ紀行」というシリーズなだけあって,毎回,作家が語るトレッキングの印象は文学的であり,時に哲学的になる.

そういえば,イタリア・アルプスは「山の大尉」という歌の舞台でもある.あの歌も考えようによっては哲学的であり宗教的だ.

角田光代さんという作家を案内するイタリア人山岳ガイドのルイージ・マリオさんは,仏教を信仰しており,日本にも修行にきていたという.彼のものごしに,亡き祖父の面影をみたような気がした.

エドモントンでShaw教授と日課となっていたお茶をしていたときに,科学哲学的な内容がよく話題になった.教授は私に「日本人はどうか?」とか「Sawagaki自身はどう考えるか?」と尋ねることが多かった.

Shaw教授は私との会話で,西洋と東洋とのものの考え方の違いを探ることを楽しんでいたのかもしれないが,そういう意図がなんとなく分かるだけに,答える方の私は,自然と「自分が人間としてよってたつ所は何か」ということを意識せざるを得なくなった.そして,自分の成長過程を振り返ってみて,じいさんの宗教的,というかそれを超えた人間性に大きく影響されているんだ,と実感したものだ.

じいさんはレジャーとしての山登りはしなかったけど,一緒に山に登って,いろんなことを語りあいたかったなあ,としみじみ思った.

ドロミテにはまだ行ったことがないので,今度イタリアに行くことがあれば是非寄ってみよう.


復活

図化機の引っ越し完了.あとは棚などの大物を業者に移動してもらうだけ.

引っ越し作業をしていて,修論を書いていたときに使っていたSE30が出てきた.スイッチを入れてみたらあのなつかしい起動音がして,にっこりマックが画面に出た.モノクロだしメモリーも32MBしかないが,不具合はなさそう.

あれからもう12年にもなるのか…パソコンの進化にも隔世の感があるが,よくこれで修論を書いたものだと関心する.今の院生は恵まれているよ,まったく…といっても,やってる仕事は基本的にはSE/30でも十分こなせる内容だよな.

SE/30くんは,サーバーくらいの仕事ならまだ使えそう.引っ越し作業で出てきたジャンク部品の中からもうちょっといいメモリーやHDをあさってきて交換し,復活させてみようかなぁ.

…と思ったのが運のつき.…これから思いっきり夜更かしすることになりそう.


Maestro

火星に軟着陸したSpiritsがついに火星の大地を歩き始めた.

火星の永久凍土や水流地形は,自分の研究分野にも関係しているだけに,Spiritsの成果には非常に期待している.特に水流地形については,地球上での氷床下の巨大洪水説とも関連して,いろんなヒントを与えてくれると思う

NASAの技術者が実際にSpiritsを遠隔操作しているのと同じことをシミュレートできるソフトが出ているというので,試してみようと思う.


黄色いハンカチ

札幌は,南極のブリザードなみの猛吹雪.

図化機の引っ越し,設備工事の対応・パソコンの交換,M論・D論生とのディスカッションでバタバタと過ごす.すべて室内ですませられるのがせめてもの救い.

エドモントンにいたときにアフガンに行っていた兵士に会ったScablandの調査をしているときには,田舎町の庭先に黄色い布がなびいているのをよく見かけた.祖国を離れて戦地に赴く家族のことを思う人々の気持ちを,実際に肌で感じた.

コイズミ君の指令でいよいよ自衛隊がイラク復興支援(という名の戦地)に赴くことになった.北海道の部隊からも派遣される人たちがいる.隊員に罪はない.彼らの無事帰還を願って,私も心の中で黄色いハンカチを振ることにしよう.

なによりも怖いのは報道規制まがいの要請が出ていること.報道が集中するのは,集中するだけの大きなことをやろうとしてることの表れでもあるのに...


雪の道

成人の日.NHKでは恒例の「 青春メッセージ」が放送されていた.昔は「青年の主張」っていってたやつ.

実は私も中学のときに,「少年の主張」というので県大会に出たことがある.自転車が壊れて,やむなく徒歩で通うことになった通学路で,自転車では気づかなかった身近な自然を再発見した,という趣旨.優勝は逃したものの,審査で競り合った作品として,ラジオでも放送されて非常にはずかしい思いをした.

「青春メッセージ」を聞きながら,そんな中学・高校のころのことを思い出していた.

私は,雪国育ちのせいか,しんしんと冷えた夜の雪道を,物思いにふけりながら歩くのが好きだ.中央ローンの積雪の中につけられた踏みあとを歩いていると,夜も更けた田舎の細い雪道を,月明かりを頼りに家路についていた20年前を思い出す.

当時,月明かりに照らされて青くそびえる立山連峰の勇姿と,小道が続く雪原の輝きの美しさに感動して以下のような歌を詠んだ.

「月照りて霜輝けり玻璃のごと 山なほ蒼き雪の野の家路(みち〉」

残念な事に,防犯対策のためかキャンパス整備の一環なのか,今では北大の構内には立派な街灯が煌々と灯っているので,雪明かりを楽しむだけの暗さはもうない.せめて,あんな真っ白な光じゃなくて,もうすこし趣のある色にしてくれたらよかったのに…と思う.それにくらべたら,低温研名物「スノーランタン」なんていい味だしているよねえ.

細い雪道では,すれ違いがあるとお互いに道を譲り合わなければ通れない.そういう譲り合う心遣いが雪国に暮らすものの取り柄でもあったと思う.また,譲り合うことでどちらにとっても早く通過することができるという効率性も備えているので,気持ちの問題以上に雪国の知恵であると言ってもよい.

私も,すれ違いがあるときは思わず先に譲ってしまう性分なのであるが,ふと「もし私が先に譲らなければ,先方はどういう反応をとるか」と思って,実験してみることにした.

自宅までに合計6人とすれ違った.向こうの方が先に道を譲ってくれたのはそのうちのわずかに2人.残りの4人は「はやくどけ」と言わんばかりに私の前に立ちはだかったままであった.そのうちの一人は,私にぶつかってきてしまう始末.この確率じゃ,道はいつまでたっても通れないことにもなってしまう.

札幌は「雪国」を売り物にしているところがあるが,人々の気持ちは「雪国人」失格だと思った.

これが今年の成人の日の私の主張である(チャンチャン).


デジカメ

パタゴニア調査をにらんで9月から一眼デジカメの*istDを使い始めた.今回そのファームがバージョンアップし,リングで絞り値をセットしても測光が可能になった.しかも,PENTAX自慢のハイパーマニュアル操作も可能.マニュアルカメラあがりの私にはこうした機能は結構うれしかったりする.

5年ほど前に愛用のFM-2を日高の沢に落として,代わりとしてやむなく買ったMZ-5がPENTAXとの出会い.電子スイッチ系の操作が幅を利かせている中で,ダイアル操作でフルマニュアル感覚の設定ができるカメラが手の届く価格帯ではそれしかなかった.それがPENTAXに移った理由の本当のところ.カメラはやっぱりNIKON,だとは思うけれど,PENTAXのコンセプトには共感できるところがあり,今回の*istDの登場にしても,私のツボにモロにはまった,という感じがする.こう考えてみると,PENTAXはパソコンに例えればAppleになるのかなあ...

調査中は悪天続きであまりよい写真が撮れなかった.とにかく色がない.パタゴニア・カラーとよばれる独特の色合いを求めていたけど,それにかなう出来の写真は非常に数が少ない.また,被写界深度が浅めという大型CCD特有の性質にまだ慣れないせいか,甘めの出来が多い(レタッチで補正するか….).とはいえ,FM-2のケースにも入ってしまう*istDの小ささは長期フィールドにとっては重要な要素だし,ハイパーマニュアル系の操作性も使いやすかった.購入後初めての本格的フィールドでの使用後の感想としては,*istDの性能にはおおむね満足というところ.


トモダチ以上コイビト未満?

10月14日に書いた寒冷地形談話会30周年には参加できなかったが,ビデオに撮っておいてくれたおかげでその内容を知る事ができた.ビデオの内容はそのうち寒冷地形談話会のホームページで動画配信すべく準備中

パネルディスカッションで松元氏が発表していた「氷河研究における雪氷学と地形学‐トモダチ以上コイビト未満?‐」というのが一番面白かった.これは,3年ほど前に私が世話役になって名大で開催した「比較氷河研究会」のときのメインテーマでもあったのだが,氷河地形屋側,いいかえれば「寒冷地形談話会」の中であらためて話題にのぼるのは今回が初めてではないかと思う.「寒冷地形」研究の今後を考える上でも,重要なポイントであると私も常々思っていたので,松元君の今回の発表には敬意を表したい.

実は,松元君はある意味ではパタゴニアに行っていて参加不能だった私のピンチヒッターでもあった.氏から「代わりに発表する事になったからネタのヒントをくれ」と頼まれて,パタゴニア出発直前に,思いついたいくつかの項目を彼に書き送った.「雪氷学と地形学との関係」というテーマは,その中の一項目でもある.とはいえ,「比較氷河」の時からの松元君自身の興味やテーマでもあっただけに,パネリストとして,また話題提供として,またとない適任者であったのではないか,と感心している.

パタゴニアの調査キャンプでは,隊長の嗜好もあって,現地で安く仕入れることができる上質の牛肉やハムを,日本では考えられないほどの厚切ステーキにして常食としていた.切り分けられた肉は微妙に大きさが違っていたが,それぞれがどの肉片を取るか,という問題が発生し,それをめぐってテントの中で学者気質論議にまで発展したことがある.

重さや大きさを計って有利なものを選ぼうとするのが「物理屋」,焼き具合やあぶらののり具合で選ぼうとするのが「地理屋」.はたして,一番おいしい思いをするのはいったいどちらか?ーーーなんて下らない議論に花を咲かせていたのである(まあ,テント生活なんてそんなもんだ).

要するに,松元君のかかえる問題,そして今回の話題提供の趣旨は,同じ「氷河」を研究対象にしている中での,雪氷学の主役である「物理屋」と地形学の主役である「地理屋」との関係の問題であり,それぞれの思考・学問的背景がどのように影響しているか,という問題なのである.

松元君が指摘するように,氷河学において「地理屋」は「物理屋」にひけめを感じる傾向があるし,学問的発展性からいうと,「地形屋」はおたおたしていると存在意義すら否定されかねない状況にある…やもしれない…

しかし,肉の件に例えれば,誰が一番おいしい肉にありつけるか,ということに関して,『やっぱり「地理屋」だよね』なんて言いたくなるのが私の心情.でも,みんながそれぞれに納得して食べるのが一番おいしい食べ方なのかもしれない,と考えると,答えはそう簡単ではないとも思えてくる.

私がお気に入りの,富山商船高専の金川教授の新作に「教育言誤学」という連載記事があり,その中に「氷が解けると…」というコラムがある.「氷」つながりということでここでも紹介するが,ここで金川教授が指摘している「誤解する権利」とか「ただ一つの正解ということはありえない」あるいは「感性の答えと知性の答え」というのが,実は「トモダチ以上コイビト未満?」の解決に通じる道なのかもしれない,と思ってみたりもする.


1421

パタゴニアから帰国してすぐ,日本語の書物に飢えてすかさず飛び込んだ本屋で面白そうな本をみつけて,正月休みの間に読んだ.「1421—中国が新大陸を発見した年」ギャヴィン・メンジーズ (著), 松本 剛史(訳)という本である.

歴史の教科書では,人類で初めて世界一周したのはマゼランのスペイン艦隊で1522年のこだったということになっている.しかし最近,これよりも一世紀も前に,中国人の艦隊が世界一周していたという調査結果をGavin Menziesというイギリス人が発表し論争を巻き起こしており,この本は,氏の著書の翻訳である.

問題となっている世界一周の航路には,当然マゼラン海峡も含まれており,行ってきたばかりのパタゴニアについても触れられている.ちょうど,パタゴニア調査の間に立ち寄ったパイネ国立公園への途中に,絶滅した大型ほ乳類の化石が出た洞窟の話もあり,そのほ乳類「ミドロン」が出てきたり,小氷期前後の海面変動と古地図との整合性の問題なども述べられていたりして,非常に興味深く読んだ.

Menzies氏の主張によれば,マゼランもコロンブスもクックも,しょせんは中国という巨人の背に乗って「偉業」とよばれる航海を成し遂げたにすぎない,という.この考えをそのまま受け入れれば,当時のヨーロッパは中国に比べればなにも知らない子供同然のように思えるし,さらに,西欧人たちが,ほんとうは巨人の存在を知っていたにもかかわらず,それを故意に否定する事によって,まるで自分たちが世界を発見したかのように今までいばってきたのは,傲慢というか覇権主義の極みであるのではないかという思いを持った.これには,今の米国が世界に対してとっている姿勢の原点を見る思いがして,結構小気味よい.逆にいえば,あれだけの偉業を成し遂げていながら,政権の交代にともなって貴重な記録を無思慮に破棄してしまうことで,歴史から自らの存在を消し去ってしまった中国官僚もまた狭量な奴らだ,と思えてくる.こういう説が出たからといって,中国人も自慢できたものではない.

結局,文明とは,人類の知識とは,そして地理的発見とは何だったのか,はたまた,1421のような新しい歴史観というか世界観が出てきた後の人類世界観はどうなっていくのか,そんなことを考えると,なかなか興味は尽きることはない.

著者によるホームページも開設されていて,データや新しい情報はどんどん更新されている.


謹賀新年

本年もよろしくお願いします.

時差ぼけのまま富山の実家で正月を迎える.除夜の鐘をつく仕事を終えたころから,時差ぼけの体は調子が出てくる.

新年の初仕事は,”Les Prix Nobel“に載った田中耕一さんのノーベル賞受賞講演論文+(自伝)の翻訳.父のところに別刷りが届けられていたのだが,読めないということで英語を日本語に訳す.この英語は高尚な言葉遣いになっているため結構難しい作業.もちろん専門的な部分はなにも分からないので,よけいに難しい.


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