Takanobu Sawagaki沢柿教伸

Takanobu Sawagaki

トップ  >  Feb.2002後半
ol-1.gif  ol-2.gif  ol-3.gif  ol-4.gif  ol-5.gif  ol-6.gif  ol-7.gif  ol-8.gif  ol-9.gif  ol-11.gif 
ol-10.gif

flag.gif エドモントン滞在記
2002.2.16〜2.28
2月16日(土)

非常に暖かく,日差しのぬくもりを感じる.

夕刻,Canadian Forest Service, Northern Forestry Centerの平塚保之氏宅のパーティに誘われて出席.アルバータ大にいる日本人学生・院生他約10名が参加.どの学生さんも気概のありそうな若人ばかりで頼もしい.久しぶりに日本語で会話.依田さんに「南極の話でも..」と水を向けられ,つい話しすぎてしまった.喉が痛い.

英語教育・大学教育・日本の教育システム等,いろいろ考えさせられる話題も多かったが,あまり自説を展開できなかったのは自分でも意外.日本人相手だとこうなっちゃうのかなあ.いや,多分,カナダ在住の日本人を相手に,日本人的察しの関係を期待できるか,それとも,西欧的に自己主張すべきか,という選択で悩んだあげく結論をだせずにいた.というのが正解だろう.海外で初対面の日本人と会話するというシチュエーションが最も難しい状況なのかもしれない.その点で,依田さんの天分ともいうべき秀でた会話能力にはあこがれさえ感じてしまった.ということで,金川教授の「コミュニケーション能力を高めるために」を読み直す.

2月17日(日)

いつものランドリー裏の狭いリンクじゃなくて,もっと広いところで滑りたいといっていたら,Shaw教授が河畔にある大きな野外リンクに連れて行ってくれた.あいにく,このところの陽気で湖面の氷はグニュグニュ.日影で堅いところを選んで滑る.夫人に倣ってバックのクロススケーティングを練習するがなかなか出来ない.

夕食をご馳走になった後,教授が率いる少年サッカーチームの試合観戦.終始攻めたてていたものの,今一つ守りが甘く,先制した2点を覆されて2ー3で惜敗.今期初の黒星.

2月18日(月)

今日はFamily Dayというアルバータ州民の休日.湿った雪がちらついている.

午前中は洗濯・掃除・買い物,午後はダウンロードしたまま溜まっていたPDF論文を読む.画面上で読んでいたら頭が痛くなった.

土曜日のパーティでは,学部・大学院教育という点で日本の大学の体たらくぶりを嘆く声が多かった.嘆きの共通点は,こちらカナダの大学にくらべて日本では講義や実習の内容が希薄で身につかず,卒業しても実用に耐えない,という点である.こちらの学生の様子を見ていると,まあよく勉強する,という印象は確かに受ける.でも,彼らに詰め襟やブレザーの制服を着せたとしたら,まさに日本の進学校や進学塾あるいは予備校に通う高校生(浪人)そのものであるように私には見える.でも受験生の学問が身についているかどうかは別問題で,日本は時間的・経済的・人的に壮大な無駄を侵していると言ってよい.

はるばる日本からやってくる留学生には,インテンシブに要求される課題や作業という圧力に耐えるだけの意志も能力もあるので,こちらに来て良かったという評価を得ることにもなるのだが,日本の大学生に同じことを要求したら,猛烈な反発を食らうかドロップアウトが続出するのがおちではないかと思う.教える側としては,大学入学直前までの学習意欲を大学の四年間持続してくれたらどれほどいいか,とも思うし,日本の学生は大学に入るまでに燃え尽きてしまうのだろう,と同情的にもなる.「今カナダで受けている授業形態と同様なことを日本の母校がやったら,同級生全員がついていけると思うか?」と留学生の彼らに聞いてみたい気もする.

留学生との話の中で,結局は“自分の求めているものが大学で得られるかどうか”ということが鍵のようであることに気づいた.大学進学率48%という日本の驚異的な数字は,だた達成されているわけではない.きっと今でも大学が学生の求めているものを与えてくれているからに違いない.ただ,それが単なる学歴であったっりモラトリアムであったり大学名であったりしているのが問題なのだ.“大学に入れば得をする”という状態か“大学で勉強すれば得をする”,という動機付けができる環境にもどらなければいけない.

高官や大手銀行・商社の惨状が露呈しつつある昨今,高学歴だけでは何にもならないと気づく人々が増えるに違いない.たぶん今後は,学生が大学に求める内容も“インテリジェンスやテクニックを身につけたい”という“本来あるべき欲求”が増えてくるだろう.その時,彼らの欲求に応えられなければ,大学たたきの社会的風潮はますます強まるであろうし,日本の大学で満足できない学生はどんどん海外に出ていくことになる.海外に出た学生達が,後に日本の惨状を嘆いてくれるのであればそれはそれでありがたいことだし,なんらかの行動を起こしてくれることも期待したい.

欲するものを期待通りに大学で手に入れることに成功した人のみが,大学の社会的地位を決定させることが出来るのだと思う.東大も京大も,慶応も早稲田も,その力学に従って今の地位を築いている.問題は成功者というパラメータが間違って入力されていること.私は“本来あるべき欲求”を得ることができた人のみが正しく力学を決定できる資格があると思う.残念ながその大半を占めると思われる学内からの発言にはインパクトがない.一方“本来あるべき欲求”を満たせず大学に裏切られたと感じる人々は,日本の大学は不要であると言い出すだろう.ほぼ半数もの人が大学に進学する昨今,大学の社会的評価が決まる速度は以前に増して加速しているので,卒業生の大学評価は日本の将来に対して両刃の剣になりかねない.そんな中で,成功者が大学の理想像を忌憚無く語るとき.また失望者が不要論を単に唱えているだけでは何の解決にもならないことに気づくとき,本当の大学改革が行われれるのではないかと思う.期待すべき動きとしては,大学教育を受けた人材をその教育内容と能力で評価すること,大学のインテリジェンスを尊重できる政治家を選出すること,“本来あるべき欲求”に従って大学に進学するように親が子息をしむけること,大学院教育を重点化することが本気である証しとして,国(特に文部科学省)が率先して院卒の採用を実施すること,などが考えられる.

<言い訳モード>
独立大学院に所属している関係上,学部卒業生の質の低下は院への入学生の質をみていて実感しているので,問題があることは確かだ.大学院重点化の中で増員された定員を満たす必要があるので,院での教育にとても耐えられそうにない学生でも取らざるをえないという実情もある.だが,学生資質の不足を補うだけのインテンシブな教育を実施する時間的余裕も予算も人的支援体制もこちらにくらべたら日本の大学は決定的に不足している.おまけに,現在の大学改革の議論の中には「研究の国際的競争力」の危機感はあっても「教育改革」という視点での動きがないので,今後の改善も期待できそうにない.実際,「自然ガイドコース」は相当の難産であったし,研究科改革のなかでは軽視されている.来年度からの実施でいよいよ正念場を迎える.

2月19日(火)

Reading Weekに入って,学内は静まりかえっている.活動しているのは勤勉な院生とPDぐらいか.

popula.jpg土曜日のパーティで,北大のポプラの伐採の件が話題になった.平塚氏が「ポプラは育つのもはやいけど寿命の比較的短い木だからねえ,そもそも居住域には向かない木なんだよ,でも木はある程度成長すると人間の情が移ってしまうから問題にもなる」とコメントをしておられたのが印象に残っている.というのも,平塚氏も林学者なだけあって,その指摘が,松田演習林長や風力計算をした小泉農学部助教授のものと同じ点をついていたからだ.我々も第四紀屋として,地球温暖化のことを聞かれた際に「恐竜の時代や縄文時代には今以上に温暖だった時期が有るからもっと地史的スケールでみないとね」なんて答えているのと同じかもしれない.また,平塚氏の話では,日本では古来,何代将軍やなんとか天皇などに由緒のある木は,接ぎ木をしたり株分けしたりして次の世代を育てる習慣があり,今では「何代目なんとか松」というものざらにあるそうだ.

いづれにしても,そういう学術的立場からものごとの見方を提示することは大切なことである.環境問題にしても,その内容を科学的に正確に把握した上で議論できる素養は必要だ.いつだったか,成人の基本的科学知識の理解度を調べた結果,主要先進国中で日本は最も低かったという記事を読んだことが有る.ウィルスと細菌の違いや人間と恐竜の時代の違いなどを知らない大人が多いのだそうだ.科学や技術によってたつ国である以上,これは非常にあぶなっかしい状況だろうと思う.民間伝承の中にも科学的に合理的なものも多いのに,それらが失われつつあるのも惜しいことだ.もしかしたら,BSEにしても外交にしても経済にしても,昨今の日本の凋落は,論理的・合理的思考ができないこと,できたとしてもその主張が通らなくなっていることに原因があるのかもしれない.実は“文系の理科教育”というのは非常に重要な事だったのだ.

ポプラの件についていえば,伐採側の実力行使だけが目だった結果となっているようだが,その主張に今一つ迫力と誠意と論理が不足していたのではないかと思う.“事務方は文系”という風に考えれば,先の主張がそのまま適用できそうであるが,それと表裏一体の問題として学者があまり表にでてこないという問題もあり“理系の社会科教育”というのもこれまた重要なのかもしれないと思う.一方,反対側は小野教授が率先して運動を展開していた(あえて過去形).そのホームページを作る手伝いをしたことがあるので少々気になる点は,その後の展開や見解が提示されていないことである.ホームページは主張を広く公に発信するには格好の手段であるが,更新が滞ると信用を失うことになって逆効果になることもある.本当に問題意識のある人は,繰り返しそのページを訪れるものなのだ.アジるのはそれで結構だが,ほったらかしもまた困る.まあ,ホームページの意義が自然消滅するならそれもよし,私があれこれ気にすることも無いか...だたし影響が大きい人だけに道連れにされる人も多いだろうな,とも思う.

大事なのは,この一件の始終を,専門家や実務者の見解もまじえてつまびらかにすること,それによって“学生や市民の科学リテラシーの糧”とすべきことである.リテラシーの糧とは,私流に定義すると“知識や情報を誠意や心で受け止めて行動する力の源”とでもなるだろうか.

小泉助教授からの情報によれば,伐採後のポプラは,地上高30cmの伐根を現場で自由に見ることができるようになっていて,幹足部から採取された試料はこれからピロディンテスター・軟X線デンシトメトリ・強度試験などを行なって,伐採の判断が適当であったのかが検討されるとのこと.試料はその後に,博物館や市民団体などに渡して,展示資料として活用されるらしい.

2月20日(水)

気持ちの良い晴天.

ヒトケのないモールで昼食を取っていたら土曜日のパーティで知り合った日本人学生2人にでくわす.その後,マークと名乗る初対面の学生が,上越から小瀬あたりにかけての5万図を携えて部屋にやってきて,測地系とコーデェネーションを教えてくれと言う.GISで使うそうだ.わざわざ私を訪ねてくる学生なんて依田さんぐらいなものだったので,ちょっと驚いた.英語であれこれ説明していたら,札幌の研究室で留学生相手にしゃべっているような錯覚に陥った.

Reading Week だというのに,なんだか学生づいた一日であった.

2月21日(木)

paper.gif

hf_ancient_mars_020102_01.jpg火星で1000万年前に大洪水が発生した痕跡を発見した,というニュースを発見.同様の地形はこれまでも発見されていたが,20億年前と推定されていて非常に古いものだった.それに対し今回の結果は10Maという推定で格段に新しく,水流を発生させるメカニズムはまだ生きている,というのがミソらしい.

時代はいつでもいいとして,これこれの写真にもあるように,この地形はまさしく我々が氷底水流地形として主張してきた地形そのものである.記事にもあるとおり,Channeled Scablandにある地形に類似しているというのが水流起源の根拠として挙げられている(12月12日参照).

火星は地球よりも太陽から離れているので,寒冷地域だというのがまず前提となる.地球上の寒冷地でこの地形が見つかると,現在の趨勢では氷底変形説の説明が正しいということになるはずであるが,こと火星となると水流説のほうが優勢らしい.火星表面なら氷床の存在を仮定することも可能だろうに,どうなっているんだろうか?さて氷底変形派の皆さん,この火星の地形は水流地形じゃなくて氷河底変形地形だと反論しなくてよろしいのですか?

ここで議論を整理すると,
 ・変形ティル(氷床)+変形理論=氷河底変形説=>氷流の流動メカニズム&ドラムリンの形成メカニズム
 ・実在の水流地形=(類似)=ドラムリン+氷床=氷河底の洪水説
 ・実在の水流地形=(類似)=Channeled Scabland+氷河前縁湖=氷河前縁湖の決壊洪水説
 ・実在の水流地形=(類似)=火星の流線型地形+火星=火星の洪水説
となる.

水流派は,とにかく流線型地形を水流起源であるとまず認めた上で,氷床や惑星表面などの存在環境に適用している.だから,その地形が見つかった場所では水流の存在を主張せざるを得なくなり,水流がありそうにもないところでも水流があったと言わざるをえなくなる.だからこの話題がニュースにもなる.これに対し,変形派はまず氷河底変形ティルの理論をかためて,それを氷河の流動や氷河地形の形成メカニズムに適用している.だから,氷床が存在しないと言いきれるところに対しては,変形理論を適用できないしその理論を適用する必要もないので,自分達は関係ないと言って関わりから逃げるこるができる.したがって,上で私が質問した反論の必要性の問いかけには,「反論の必要なし」と答えることができるのである.ただし,火星表面に氷床が存在したことがなんらかの方法で確認されれば,変形派も地形の解釈論議に出てこざるを得なくなる.また,変形派の論理で氷床の存在そのものを主張することはできない,ということは押さえておく必要がある.まずだれかに氷床を用意してもらわなければいけないのだ.

そういう変形派はハンソンのいう「理論負荷性」の罠にはまっているんじゃないか?と思ってしまうのはひがみだろうか?いや水流派こそ...なんて考えていると頭が混乱してきた...だれか助けてくれ...というわけで,悩める場末の科学者は,ますます科学哲学にはまってしまうのであった.よい子の皆さん,こういう場合は安易に宗教や占いなどに走ってはいけないよ.でも,研究職を辞して僧籍に入り,寺の跡を継ぐという選択はありうるー閑話休題ー.

我々水流派としては火星の研究者と組んだ方がいいのかもしれない,とも思うが,火星もまだ人跡未踏であるだけにこの先どうなるか分からないところもある.とにかく,ますます面白くなってきたことだけは確かだ.

2月22日(金)

寒気が戻ってきた.今朝は吹雪.

Reading Weekで学生がいない代わりに,一昨日あたりから中学生らしき若者をたくさんみかけると思ったら,大学主催のキャンパス見学会に来ているのだそうだ.

2月23日(土)

午前中雪がちらつく.久しぶりに繁華街まで買い物に行こうとして一旦出たものの,風もあって思ったよりも体感温度が低く,わざわざこんな日に外を出歩くこともないか,と思って結局引き返す.冬期にバス停で待つしんどさと街を歩くしんどさは,この都市の気候だけに起因しているのではないことは何度も書いたとおり.でも,これも年をとったせいかなあ.

このところ,GISをいかに教えるべきか,ということをあれこれ考えていて,いろんなホームページも参考にしながらフリーのソフトなども試してみている.その過程で,UnixベースのGISソフトも少なくないこともあって,Mac OS XにUnixのGUI環境とでもいうべきX Window SystemをかぶせるためのXDarwinというのを試してみる.調べていると,X Window SystemX Free86XDarwin・XAqua・XonXMac OS XDarwinFinkGNU-Darwin,とまあいろいろ出てきて,言葉の迷子になってしまった.これとほぼ同じ目的のソフトにXToolという商品もある.

Web上の情報や自分自身の経験を通して思うことは,GISソフトもそれを動かすOSも,またGIS技術そのものも,みな日進月歩で,最新の状況を把握し続けるのは結構しんどいということだ.GISの専門家は別として,それを単なる手段として用いる我々にとっては,最新の技術を追うことよりも,GISの基本コンセプトや,これさえ押さえておけば技術の進歩にも対応していける,というものを会得しておくことが重要.

たとえば,大阪市立大のインターネット公開講座に升本助教授による「GRASSを用いた地理情報システム入門」というのがある.これは講義と実習に分かれていて,実習ではフリーのGRASSというソフトを使って自分のパソコンで作業をするようになっている.講義のほうは非常にすばらしくぜひ手本にさせていただきたいと思うほどだが,一方の実習のほうは,GRASSの使い勝手が最悪で,実習を通してGIS嫌いが増えるだけでなはいかとも思えるほど.こうした講義と実習の落差に,GIS教育がかかえる苦悩が顕著に現れているのではないかと思う.

市販のGISソフトとしてパーソナルレベルでもよく用いられているものにArcViewやArcInfoがある.使い勝手はある程度良いものの,値段もまた結構する.実は,アラスカ大の吉川さんと話をしていて,この裏にはどの業界もかかえている日本の特殊事情があることが判明し,GISよお前もか,といいたくなるところもあるのだが,ここで書くのは控えておこう.

とりあえず私としては,アンチGISソフト路線でGIS教育を実現することを目指そうと考えている.これはリテラシーとの問題ともからんでおり,有坪民雄氏による「私の情報教育論」の理念に通じる方針でもある.有坪氏の言葉を借りれば,“子供に、今のパソコンなど、不用意に触らせてはいけない”,“本物の人材を養成するには、本物に触れさせ、そうでないものを遠ざけよ。いい経験だけを見せよ、させよ”ということがGIS教育にも当てはまると思う.その意味でどのGISソフトもパーソナルユースとしてはまだ本物になっていない,というのが私の考え.

2月24日(日)

saltlake.gif

今日も寒い一日.

午後,冬期五輪の最後を飾るアイスホッケー男子決勝をTV観戦.カナダは50年ぶりの金メダルだそうだ.男女共に金は快挙.メダルランキングも,今後失格などで変更がなければ,ドイツ(35)・アメリカ(34)・ノルウェー(24)につづき,17個で4位の成績となった.ドイツとアメリカの30個台というのは五輪史上でも最高の数らしい.これで2週間に渡った冬の祭典も閉幕. ol-12.gif
あらっ,みんな金なのね

次はいよいよWCサッカーK&J.

2月25日(月)

今日も寒い一日.

drumlin.gif

icesheet-s.gif

gtotpo30.gif
マーティンがBC州政府提供のDEM画像の入手先を教えてくれた.標高値の生データはないが,水平25mの解像度のDEMで作成された陰影画像がたくさんあって,BC州全域をカバーしている.

プリンスジョージ(図赤印)周辺に,きれいなドラムリンフィールドがあるというので早速試してみる.上図がそのDEM陰影画像の一部でプチプチしているのがドラムリン.

このドラムリンフィールドはコルディレラ氷床の東翼にあり(中段図),ドラムリンは氷床中央からロッキー山脈に向う南西から北東方向の氷(あるいは水)の流れを示している.これよりも東に行くとドラムリンはパタッと消えて大きなチャンネルに収束する.チャンネルの一部はロッキーを越えてアルバータのほうへ抜けているようにも見える.

下図はBC州周辺のGTOPO30画像.赤印が問題のドラムリンフィールドがある位置で,ロッキーと海岸山脈の間にある扇型の平坦な窪地にある.同様の平坦地は南部のワシントン州にもあり,その上流域にScablandがあるわけだ.GTOPO画像ではロッキーの東側のアルバータ側にも巨大な水玉状の地形があるのがわかる.ローレンタイド氷床の西翼にからむ氷か水の西向きの流れを示していると考えられる.

これらの画像を眺めながら,みんな氷床底水流起源であったらスゴイことだな,などとあれこれ考える今日一日であった.

2月26日(火)

I'd rather go naked...

突然何を言い出すかとお思いであろうが,この言葉と一緒に全裸女体の後ろ姿をあしらったポスターを学内で見かけた.実はこれ,Students Unionの役員選挙の候補者のポスターの一つ.投票日を一週間後にひかえて,廊下のそこらじゅうに候補者のポスターが出現したのだ.どれもちゃんとしたオフセットで印刷してあって,気合いが入っている.

問題のフレーズは,動物愛護団体PeTA(動物の倫理的待遇を求める人々)の毛皮撲滅キャンペーンで使われた「毛皮を着るくらいなら裸でいたほうがいいわ[I'd rather go naked than wear fur]」というキャッチフレーズがオリジナルだ.PeTAのポスターには,有名な美女達がヌードでモデルになったことでも有名.この役員選挙の候補者はPeTA推薦なのだろうか?

この選挙ポスターには上記の言葉に続けて,“than vote for XXX or YYY [or wear fur]”(XXXとYYYはたぶん対立候補の名前)と書いてあって,なかなか笑わせてくれる.

そういえば,年末にバンクーバーに行ったとき,菊池徹さんの奥さんから“エドモントンは寒いけど,まだ毛皮を着ている人はいる?”と聞かれたことを思い出した.もちろん,そんな人はめったに見かけないが,ちょっと前までは女性のおしゃれの外出着といえば毛皮が普通だったらしい.菊池夫人の話によれば,PeTAの運動が活発化してからは,毛皮を着ていると後から変なものをくっつけられたり,冷たい視線を浴びせられたりしたという.確か冬期五輪で問題になった仏のジャッジも毛皮を着ていたなあ.PeTA攻撃のほうは大丈夫だったのだろうか?

そんなことを考えながらボーっと例のポスターに見入っていたら,日本人の女子留学生とばったり出会って,ちょっと気恥ずかしい思いをした.おじさんはまじめにPeTAのことを考えていたんですよ〜〜.

2月27日(水)

午前中,銀行に用事があって久しぶりにダウンタウンに出かける.相変わらず殺伐として活気がない.

地下鉄の中で面白い広告を発見.まずはこちらをご覧あれ.カナダ産科婦人科学会監修による性教育に関するもので,思い切った内容である.たぶん今後は,Macを使う度にこの広告を思い出すに違いない.


さて昨日の話題にもどる.“I'd rather go naked”に続けて,“than vote for XXX or YYY [or wear fur]”というフレーズが続くと書いたが,あらためて見直したら“ [or wear fur]”の位置が微妙であることに気づいた.ポスターのデザインの関係で“ [or wear fur]than vote for XXX or YYY”と書いていあるようにも取れるのである.

I'd rather go naked...
“than vote for XXX or YYY [or wear fur]”であれば,“XXXやYYYに投じるか,あるいは毛皮を着るくらいなら...”となるが,
[or wear fur]than vote for XXX or YYY”ならば,“XXXやYYYに投じるくらいなら,裸になるか毛皮を着たほうがいい”となるのである.

私には後者の場合のほうが笑える.というのも,対立候補へ投票することへの対案として,裸になることと毛皮を着ることが等しく選択肢として扱われているからである.つまり,裸になることも,毛皮を着ることでPeTA攻撃にあって冷笑されるということも,同じく恥ずかしいことであり,その二つの屈辱以上に対立候補への投票は恥辱に値する,と言っているように解釈できるのだ.さらに,裸になることと毛皮を着ることが等しくなることで,PaETのキャッチフレーズを陳腐なものにしてしまう力も秘めている.それがたかだかStudents Unionの役員選挙との対比で語られているから余計に面白い.

vote.gifただ無頓着に“毛皮を着たってへっちゃら”というPaETに対する茶化しであれば,それはそれで笑えるけど,それじゃ世の中面白くない.“あなたが一番.結局は票が欲しいんでしょ”と突っ込むだけで済む話であった.

2月28日(木)

cup.gif




lec.gif

今日で2月もおしまい.滞在期間の1/3が過ぎた.

25日に書いたBC州のDEM画像はShaw教授にも衝撃を与えたようで,このところ,画像の解釈の話題で持ち切りである.画像は10x20枚の部分シートに分かれていて,200枚あまりをつなげると州全体をカバーする巨大な図になる.私はまだBC州の地理に精通していないので,教授と話すときにはDEM画像の番号で地域を指定することが多い.“今日の話はNo.195についてなんだけどさ...”という感じでお茶話を始めるのが習慣になってしまいそうだ.知らない人が聞いたら,なんとマニアックなこと,と思うに違いない.

午後は,Rains教授の講義の第1回目で,ドライバレーの氷河地形について70年代に調査した時の話.20年以上も前の研究であるにもかかわらず,まだ新鮮に感じられた.というよりも,それを進展させるような新たな成果が出ていないだけのことだが,そういう所がいかにも南極地形学っぽくて“どこでも事情は同じか”と少し安心する.

前
Feb.2002前半
カテゴリートップ
エドモントン滞在記
次
Mar.2002前半