Takanobu Sawagaki沢柿教伸

Takanobu Sawagaki

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flag.gif エドモントン滞在記

2002.1.16〜1.31

1月16日(水)

冬期オリンピックの事を書こうとして,ふと「ソルトレイクシティ五輪」か「ソルトレイク五輪」かで迷ってしまった.そもそも「ソルトレイクシティ」は「シティ」までいれてはじめて固有名詞として成立するはずだから,やっぱり前者が正しいはず.同様の事情を抱える「メキシコシティ」についてどうなのかをメキシコ国に住んでいる弟にメールで問い合わせたら,向こうでは「シウダー・デ・メヒコ」と呼んでいると言う返事.スペイン語なんだからそうだよなあ.また,五輪は開催都市名で呼ぶのが普通だが「メキシコ五輪」という言い方はあくまで「メキシコ国で開催された五輪」の意味だそうだ.

固有名詞の部分に市が入っている「四日市」などは,行政区を示すときはちゃんと「市」をつけて「四日市市」とする.よってたとえ外国の都市であっても日本的にどうしても行政上の区分を示したいときは「ソルトレイクシテイ市」のようにすべきだろう.少なくとも「ソルトレク市」ではないはずだ.その感覚でやってしまえば「塩湖市」になってしまう.一方英語では,固有名詞に「シティ」がすでに入っている場合は,行政区を示すための「シティ」は新たにはつけないらしい.また,自然発生的に名前が付いていた地域が「市」というまとまりになったときには「シティ」をつけなくてもちゃんと地名として通用する.それに「シティ」をつけると「ああ,そこは市という行政単位になているんだね」という感覚になる.たとえばエドモントンの場合は,「エドモントン」だけで地名としてちゃんと通用するし,それに「シティ」をつけて「エドモントン・シティ」とすると「エドモントンという行政区を指す」という感じ.

メキシコシティもソルトレイクシティも,もともと何も無かったところに「よし,中心都市をつくるぞ」といって作られた街だ.「シティ」をつけないと本来の名前にならない地名というのはそういう中心地となることを意識して作られた人工都市である.人工都市といえば,日本にも京都という好例がある.京都は本来「平安京」であり,約1200年も前にできた人工都市だ.このように日本では,古来,意図的に築かれた機能都市を「・・京」と呼んできたことを考えると「ソルトレイクシティ」や「メキシコシティ」の「シティ」は「市」ではなくて「京」とするのがふさわしいのかもしれない.実際,京都市は「京」「都」「市」という大変欲張りな名前を使っている.そんな「京都市」の存在を許すくらいだから「メキシコシティ」あるいは「シウダー・デ・メヒコ」を「メキシコ京」と訳してもいいはずだ.弟の話では,地元では単に「シティ」というと「メキシコシティ」のことを指すという.これこそまさに「京」といえば「京都(平安京)」のことを指す日本語と相通じるではないか.さらに行政区を示す「市」をつけるとすれば「メキシコ京市」となる.ちなみに日本にも「西東京市」と「長岡京市」というのがあるからこの言い方はまんざら悪くはない.「ソルトレイクシティ(市)」の場合「ソレトレイク京(市)」というと合衆国民はいやがるだろうが,モルモン教徒は本望なはず.同様にカトリックの総本山の「バチカンシティ[シータ・デル・バチカーノ](国)」は「バチカン市(国)」と訳されているが,「バチカン京(国)」にしたほうがしっくりくる.

東京都23区はもともと東京府内の東京市だった.この時に江戸という地名を捨てた以上,「東京市」は「ソルトレイクシティ」と同じ感覚の地名といっていいはず.だから今でも23区をまとめて英語でいう場合は「トウキョウシティ」でいいような気がする.この場合の「キョウ」は「東の京都」の意味の中のキョウとして固有名詞化したものの一部だから「京(シティ)」ではなく,「トウキョウシティ」の「シティ」のほうが「京(シティ)」に相当すると解釈する(分かるかなあ...).一方行政区としては23のそれぞれの区と市とは同格の扱いであり,実際,渋谷区が「シブヤシティ」と英語表記していたのを見たことがある.こうみると一つの「京(シティ)」の中に「行政区の市(シティ)」が複数あることになって,これまで「シティ」の訳について考察してきた「京」と「市」の区分がはっきりするだろう.また首都としての東京都自体は「メトロポリス」と言えばよい.

地名のことを気にしだすとキリがない.「富士山」は「マウント・フジ」か「マウント・フジサン」かなど,同様の事例は川や山の名前にも当てはまることで,論文で地名を多用する分野にいる私は悩みが尽きない.格変化する言語だともっと厄介で,カムチャツカの火山の場合「クリチェフスカヤ・ソプカ」が「クリチェフスキー」になったりする.

また,地名以外にもいろいろ気になることがある.先日,テレビのチャンネルを勝手に変更したら,その番組を見ていた息子から「チャンネルをまわさないで!」と怒られた.私はリモコンのボタンを「押した」のであって,チャンネルを「回す」ということはここ20年以上やった覚えがない.それでも三歳の息子は「回す」という表現をする.

南極観測隊では「荷役」という号令を非常によく使う.これを「にえき」と言うか「にやく」と言うかで隊員の中で議論になったことがある.前者は「懲役」を連想するからよくない,と言う人もいれば,観測隊はまさに懲役みたいなものだからそっちのほうが良いという人もいて,結論がでなかった.

観測隊も女性が越冬するようになったが,まだまだ少数派だ.そんな男性の中に女性がぽつんといる状況を「紅一点」というが,逆の場合はどういうのだろうか.この語源は「萬緑叢中紅一点」にあるから色を入れ換えるとすれば「緑」が正解である.越冬中によくやったマージャンの手にも「緑一色」と「紅一点」があった.「萬緑叢中紅一点」をふまえたよい命名方法だといえる.

考え始めると眠れなくなるので,とりあえず文章にして頭を整理してみた.忙しいのに何やってんだか.仕事に戻ろう.

1月17日(木)
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午前中一杯でなんとか論文を読みこなし,午後のゼミ(講義のはずがこうなってしまった)で発表.

成人式に怒り心頭の私はこんなページを見つけた.で,どうしたかはもうお分かりのことと思う.

1月18日(金)

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今朝は新聞を抱えた人がやけに目に付くなあ,と思っていたら,BC州政府が1/3近い大幅なリストラ策を打ち出したらしい.

午後,定例の講演会でDr. G. P. Kershaw氏による"Climate and Permafrost Change in the Mackenzie Mountains"を聴く.10年間にわたるパルサ周辺の微気象・地温・積雪の観測と50年間の写真記録から,パルサに関連する永久凍土の減少傾向を議論したもの.パルサ周辺の年平均気温は確実に上昇しており,パルサの消失はもちろん,活動層の厚さも全体的に増加しているとの結果.不連続永久凍土帯では,夏が暑くなることが決定的要因のような気がするが,夏の気温や消雪過程をみればその傾向もみえるはず.永久凍土の発達と保存に関してパルサ上の積雪の影響を強調していたものの,積雪状態の季節変化の提示が欠如していたし,気温も年平均でしか出てこなかったので,その点を質問したら,例年の残雪傾向しか答えてくれなかった.ちょっと不満が残る.

夕方,Shaw教授に誘われて,自宅で夕食をご馳走になった後に映画のレイトショーを見に行く.夕食時に「日本人はLとRの区別が苦手で私もぜんぜんだめ」と話したら「君は完ぺきにLとRを区別して発音できているのに自分でそれが分からないとは不思議だ」と言われた.ということで,その後に鑑賞したのは「Rord of the Lings」ではなくて「Lord of the Rings」であった.ニュージーランドでロケされたということで,通算2年ほどニュージーランドに住んでいたことのあるShaw夫妻は風景を楽しめたらしい.夫人は「あのたくさんいる羊を画面から消す処理は大変だったでしょうねえ」なんて感想を述べていた.カルケバッケの谷のどんづまりにある池そっくりのシーンが出てきたりして,確かに景色は楽しめた.物語は原作を読んで全体像を把握しておいたほうが楽しめる.全部読むのは大変だけど...

強烈な寒波がやってきているらしい.週末は冷え込みそう.でもちょっと楽しみ.

1月19日(土)

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午前中にケーブルテレビ会社の兄ちゃんが来て工事してくれたので,ケーブル経由の高速ネットが使えるようになった.確かに速い.これまでも電話回線で接続していたのだが,いくら通話料金がただだからといってネットのために回線を塞がれてしまうのも不便だったし,インターネット電話を使うにはちと速度的に厳しかったので,これでだいぶ改善される.

このネット電話,月2000円で国内の一般電話へかけほうだい(昨年末までは試験期間で無料だった)というもので,国際電話代が大幅に軽減されて重宝している.それでもまだ高いので,最近できた世界中にかけられるというNIFTYのサービスにそのうち乗り換えようと思っている.ただいずれも,まだMacには対応していないのが残念.でも“iVisit”というフリーのソフトを使えば機種を問わずにパソコンどうしでただでテレビ電話ができる.こちらは音声と一緒に動画も送るのでモデムではかなり辛いのだが,ケーブルなら問題なし.相手方も高速ネットにいれば快適なテレビ電話が楽しめる.カメラは最近のデジカメかデジタルビデオカメラを持っていればそれがそのまま使える場合が多いので,導入への敷居はそんなに高くない.こちらのパソコンショップでは,ネット電話を目的としたカメラとヘッドセットが売り上げの上位をキープしているらしい.それもケーブルTVやDSLの普及と電話料金の安さに支えられたものだ.

技術的にはもうここまできているのに,技術大国と言われているはずの日本では,インターネット技術を応用した安価な長距離通話やテレビ電話がなかなか普及しない.一般回線からの利益や時代遅れで高いだけのISDNを死守しようとする某電話会社が影で動いているためか?きっと信号機の問題(1月8日参照)と根っこは同じなんだろう.Air-Doが経営に苦しんでいる一因は巨額の空港利用費にもある.高いコストの影でもうけているのは競争や景気とは無関係の天下り産業だ.公共事業への過剰投資も問題だが,公共インフラのランニングコストをもっと下げる努力をしないと,景気なんて回復するはずがない.

1月20日(日)

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ケーブル接続になって,やってみたいとずっと思っていたインターネットテレビを試してみる.いやー快適.最初に見たのはHTBの「水曜どうでしょう」という番組で昨年連載していた企画「ユーコン160 km」の無料配信版.オンエアーの時は部分的にしか見ていなかったので,通してみるのは今回が初めて.

ローカル局ならではのB級の作りだが,実際のフィールドでの時間の流れ(寝起き・車中・ケンカ・いざこざ等など)とか心理状態などをうまく再現できている編集となっており,下手な本格的ドキュメンタリーよりもよっぽど傑作だと私は思う.思わず私自身の一番楽しかったフィールドの思い出と一番過酷だったフィールドの思い出がこの番組に重なり,見終わったときは野外調査から帰ってきたときのような虚脱感を感じた.「ユーコン滅多打ち」のエンディングは逸品.

せっかくカナダにいるんだし,私もユーコンに行ってみたくなった.論文執筆中のよい子ははまらないように.でもお勧め.S君,私をカヌーにつれてって.

1月21日(月)

北海道では低温になったのが一転して記録的な大雨だそうだが,こちらも通常の寒さが復活して今朝はマイナス25度.予報によればまだ下がるらしい.

気になるニュース:

上記のいづれも,個人がそれぞれの信念に基づいて意見を表明しようとすることを,雇用主・政府・依頼主等が妨げようとする動きだ.それぞれの個人はなにも総会屋なわけじゃあるまいし,かえって妨げようとするほうの狭量さが目立ってしまって見苦しい.特に2番目は醜悪.「非協力的な発言」とは「お上の言うことは信用できない」との発言らしいが,そもそもこの頃のお上を信用できる人っているのかしら?すべては意見を述べるところから始まるのだから,その機会や動機を削いでしまうようなことはいかがなものか.

この滞在記もいつか目をつけられるかもしれない...かな...

1月22日(火)

高熱を発してダウン.外は日中でもマイナス25度の寒さだが快晴.日差しの当たるところにマットを敷いて頭を冷やしながら横になっていたら,子供のときの夢を見た.

---風邪をひいてばあさんに連れていかれた田舎の医院.待ち合い室では,ストーブに手をあてながらばあさんどうしが世間話をしている.自宅に帰って,静まり返った日中の座敷に寝かされる.大雪の後の久しぶりの晴天.雪に反射した冬の日差しが障子ごしに部屋の中に差し込んでくる.「ドサッ」と御堂の屋根から雪が落ちる音に混じって「かたゆきカンコ・しみゆきシンコ」と,どこかから子供の歌声が聞こえてくる.---なんだかそんな夢.

1月23日(水)

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まだふらふらするが,なんとかなるだろうと思って大学へ.Shaw教授とお茶を飲みながらロッキー山脈のBC側にあるドラムリンフィールドの空中写真を実体視していたら,ホントに目がまわってしまった.午後,早々に帰宅し,果汁100%ジュースを大量に飲んで寝る.

夜,だいぶ調子も戻ってきたのでコーヒーでも飲もうかと思ったら,コーヒーメーカーが動かない.コーヒー中毒の私には大ショック.

大学の研究室には給湯設備がないから,そこらじゅうにある売店で買って飲むということは前にも書いた.でもやっぱり自分の机でも飲みたい.こちらでは,保温性のあるマイカップを携行していて,それに売店でコーヒーを入れてもらうのが常套手段だ.私も,壮行会のときに餞別がわりにいただいたテルモスをマイカップとして愛用している.口の部分が飲みやすい形になっているのがすごく便利.みなさんどうもありがとう.こんなに重宝するとは思わなかった.寄せ書きしてくれた文字はほとんど消えてしまったけど,底に書かれたH教授の筆跡だけはなぜかちゃんと残っている.私は,売店でコーヒーを買うのはなんとなくもったいないので,毎朝自宅で入れたコーヒーをこれに詰めて大学へ持って行く.

ここに来た当初,お互いコーヒー中毒の妻と私は,なによりもまずドリッパーとサーバーを買いに出かけた.しかしどの店でも発見できなかった.いまだに見かけたことがないので,どうやらこちらには手でコーヒーを入れる習慣がないらしい.日本から持ってきた方が良い物として推薦するリストの上位には「コーヒー用のドリッパーとサーバー」が確実にランクインする.

ということで,テルモスに残っていた今朝のコーヒーをレンジで温めなおし,それをすすりながら,これから,生命線ともいえる我が家のコーヒーメーカーの解体修理に取りかかる.

1月24日(木)

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熱で頭が回らなくなると,とたんに英語能力が落ちる.今朝もShaw教授との茶飲み話でなかなか言葉が出てこなかったり,教授の話に集中できなかったりする.普段はあまり気づかないが,英会話には結構エネルギーを消費しているのだとあらためて気づく.午後,Shaw教授の講義があり,Channeled Scablandの話(12月12日参照)だったが,これもあまりよく頭に入らなかった.スライドが多かったのはせめてもの救い.

伏せっているときの暇潰しには,当然英語は頭に入ってこないから,日本語のラジオなどを聞きたくなる.CATVネットになってそれも可能となった.札幌から三角山放送局のライブが聞けるのはうれしい.その他にもいろいろ検索していたら「小沢昭一的こころ」も聞けるのを見つけて驚いた.あの山本直純のおハヤシを聞いていると,ここがカナダだということを忘れてしまう.懐かしいところでは,80年代に一世を風靡した「ラジオはアメリカン」という番組が昨年末に数回だけ復活したときの録音などもあった.

「ラジアメ」といえば初代パーソナリティの大橋照子さん.現在でも活躍中ということだが,私は中高時代に彼女の番組をよく聞いたものだ.ラジオ短波でアマチュア無線の講座なんかもやっていたのを思い出す.電話級の免許を取って短波帯で初めて外国人と英語で会話したのもその頃だ.国内では北海道の無線局がつながりやすかった.北海道に興味を持つようになった原因の一つはそこにもあるのかもしれない.

現在では情報通信手段をすっかりインターネットに頼っているが,短波無線ももう一度見直してみよう.

1月25日(金)

やってきましたマイナス30度.

ようやく論文執筆が一段落したと思ったら,日本の年度末関連の野暮用が次々とここまでやってくるようになった.

中食前のポプラよサヨウナラ...ハルニレのほうはなんとしても残したい.

1月26日(土)

午前中は寒くて外に出る気がしなかったが,快晴で気持ちの良い日.

夕食をShaw教授宅でご馳走になった後,隣町のSt.AlbertのArdenTheaterで催されたカントリーウェスタンのコンサートに連れて行ってもらう.近年はカナダでカウボーイ生活をおくっているといわれているIan Tysonのなつかしの曲を地元ゆかりのアーティスト達が歌うというもの.かつて教授の息子たちのギターの手ほどきをしてくれた先生が出演するということで教授夫妻が招待されたらしい.息子たちは結局習っていたギターが続かなかったらしいが,モントリオールにいる姪は現在でも彼について習っているという話.

古いことなので私はよく知らなかったが,日本でもかつて「イアンとシルビア」の活動で知られFour Strong Windsという曲は日本でもヒットしたという.この曲はアルバータのことを歌った曲で,こちらでは年配の人達には今でも最も親しまれている曲の一つ.この花形ともいえる曲を教授の知り合いがソロで演奏したものだから夫妻は大喜び.

聴衆はたしかに50代以上の人が大半で私が最年少ではないかと思うくらいだった.いかにも“私カウボーイやってます”というようなおじさんも何人かいた.彼らにとってタイソンは特別な存在なのだろう.こちらに来てすぐ冬ごもりに入ってしまって,まだあまり出歩いていない私は,ようやくアルバータ牛で有名なこの州の本来の姿を垣間見た気がした.


“Four Strong Winds”(MIDI)
帰宅後,思わず,サッポロビールCMソングで有名な“I'm a 北海道Man”を口ずさんでしまった.
チャンチャン.

1月27日(日)

“Four Strong Winds”で思い出したが,札幌芸術の森野外美術館でアイヌの血を受け継ぐ砂澤ビッキ氏の「四つの風」という作品を見たことがある.「風」と数字の「四」とはなぜ相性が良いのか?起源は神話か何かにあるのか,今度調べてみよう.

*たしか野外美術館にも老木(松?)の伐採問題があったような記憶が有るが,あれはどうなったんだろう?

北大中食前のポプラの伐採は,数百年の樹齢といわれるハルニレの伐採計画ともからんでいたため市民をまきこんだ問題に発展した.実は北大には他にもポプラ並木がある(あった).一つは有名な農場にある並木.もう一つは北18条通りにあったもので,環状線のトンネル工事の際に何の問題視もされることなくあっさりと伐採されてしまった.本数としてはそちらのほうが多いと思う.樹齢60年の中食前のポプラが無くなった今,樹齢90年の農場の並木が最後に残されたわけだが,三者三様に反応や対応が異なるのはまさに運命としか形容のしようがない.

いずれにしても,北大は“エコキャンパス構想”を明確に打ち出しているのであるから,今後は知識人集団として恥ずかしくない“エコリテラシー”を発揮して,その構想に恥じないキャンパス管理を実施してもらいたいものだ.


(訂正)伐採問題じゃなくて正しくは「四つの風」の一本の腐敗が進んで近い将来に倒壊する恐れが出てきた,という問題だった.昨年にたまたま「樹氣−砂澤ビッキ展」を見に行ったときの記憶と伐採問題がごちゃごちゃになって頭に入っていた.そう考えると,このビッキ展を見に行ったのもたまたまではなくて,当時はそれなりの問題意識があったからか?物忘れが激しい...日記を付けておくのもそれなりに重要だなあこりゃ.

屋外展示には向かない木をあえて選んだこの作品には,「生きているものが衰退し、崩壊してゆ くのは至極自然」「自然は、ここに立った作品に、風雪という名の鑿を加えてゆくはずである。」という意図が込められている.この作者の遺志をとるか安全をとるかという状況で美術館を悩ませいているが,エコリテラシーのありかたや北大の伐採問題に関しても何かを訴えているように思えてならない.

1月28日(月)

連日マイナス25度以下の気温が続き,ついつい出不精になってしまう.車でも持っていれば違うのだろうが,バス生活者には何と言っても待ち時間がつらいのである.日頃のうっぷんばらしにエドモントンの交通機関への提言を述べよう.

エドモントンはバスの路線がよく整備されているが,運用方法にはまだまだ改善すべき点が見られる.バスのルートは基本的に,主要なターミナルを起点として,それらの間を様々なルートで結んでいる構造になっている.したがって,ターミナルに近い地域ではルートの異なるバスが重複して走ることになる.しかし,ターミナルの発着時間が定時などに固定されている場合が多いので,重複ルートでは複数のバスが同時に列んで走るということが起きやすい.利用者にとっては,寒さの中での待ち時間を一刻も短くしたいというのが最優先事項だ.長時間待ったあげくに,同じターミナル行きのバスが何台も列んでくる,というのに出会うと,腹立たしささえ覚える.こういうルートのスケジュールは,なるべく間隔が等しくなるように設定すべきだ.一つのルートのバスが30分毎だったとしても,ルートが重複する路線が3つあれば結果的には10分毎のスケジュールでバスがやってくるのに等しくなり,待ち時間も大幅に短縮されるはずである.

さらに,バス停に時刻表がないのは決定的な欠陥である.確かにバスは道路の状況に左右されやすいから,スケジュール通りに運行するのが難しい面もあるだろうが,せめて何処行のバスが何分おきに通過するかぐらいの表示はあってしかるべきだ.しかも時刻表は主要ターミナルかバスの車内でしか手に入らない.まだ行ったことのないターミナルや乗ったことのないバスのスケジュールは知る手だてがないのだ.バス停の除雪をしてまわっている係員を見かけたことがあるが,バス停を巡回できる人員があるのなら,時刻表ぐらい掲示できるはずである.

ついでに言ってしまえば,Car Sharing をもっと積極的に導入すべきだと思う.毎日の通勤にはバスを使い,自家用車は週末などの限られた時間にしか使わない人も多い.私などはそのためだけに車を所有する金銭的・事務的負担を考えると,車を所有することに気が引けてしまうのである.かといって,車じゃないと思ったところにもなかなかいけないような都市構造になっているこの地では,たとえ週末だけでも車が使えるのと使えないのとでは雲泥の差がある.車の購入や維持管理にお金がかかるのはカナダも同じ.特に留学生や短期滞在者の多いMichener Parkのような環境では,転居に伴う新規購入や処分などは頻繁にあるはずで,その度に多くの人的・金銭的手間がかっかているはずである.このような限られたコミュニティの中では,車を共同管理するCar Sharingのシステムは非常に有効なはず.

1月29日(火)

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月刊地球「第四紀の南極氷床変動と古海洋・古気候変動」(海洋出版)が日本から届く.Shaw教授の講義の後半でこれを紹介したら,日本語が読めないというのに“冊子をくれ”と言われた.その後,クラスメイトのマーティンも加わって3人でお茶を飲みながら,私が彼らに冊子の内容を英語で説明するハメに.

月刊地球がお手元にあるかたは良く見ていただきたいのだが,それぞれの論文の冒頭には切手がデザインされている.彼らはまず,この切手に興味を示した.「何で切手がここに張ってあるのか?」「そんなこと知らない,出版社に聞いてくれ」とまあこんな感じ.実はこの切手にはオランダ語が書いてある.マーティンはオランダ系移民の子孫なので切手に書いてある文言が読めるらしく「これは『子供のために』と書いてあるんだけど...ホントに科学雑誌か?」などとからかわれた.ほんとに,この切手は一体何のために有るのだろうか?

私としては,この冊子はずいぶんまっとまった内容になっていて感心した(三浦さんどうもお疲れさま).ただ,こうして刷り上がったものを通して読むと,気候・海洋変動が中心になっている全体的な構成に対して,自分の執筆したところは氷床そのものに焦点をあてているので,やや浮いているような気がする.事前に他の原稿も見せてもらって書いていれば,もう少しそれらと整合的になるように書けたかもしれないのがちょっと残念.私が留守の間,機会のあるごとにこの研究プランを紹介してくれているらしい松岡君と白岩さんには感謝.


またまた気になるネーミング.日本航空と日本エアシステムは経営統合して,国際航空会社を「日本航空インターナショナル」,国内航空会社を「日本航空ジャパン」,航空貨物会社を「日本航空カーゴ」とするらしいが,「日本航空ジャパン」はどう考えてもおかしい.このネーミングは「インターナショナル」と「カーゴ」があってはじめて納得できるものだ.ジャパンのほうの存在しか知らなかったとしたら,どうしても日本とジャパンが重複していることが気になる.また“インターナショナル”に対する命名なら“ドメスティック”にすべきなんじゃないかなあ?

と思って調べたら,英語表記ではちゃんと“Japan Airlines Domestic Co.,Ltd.”にするらしい.これをカタカナ表記にするときになぜ素直にドメスティックとしないのか?国内向けのものはジャパンをつけりゃそれでいいのか?命名者自身もDomesticをジャパンにすることで一回ヒネッっていることは間違いない.一般人にとっては日本とジャパンの重複でまずつまづいて,さらにもう一度そのこころをさぐるヒネリを強要されるのだ.まさに和製英語の悪用の極み.海外へ行こうという日本人がまず頭に思い浮かべる企業なだけに,こういうやり方は,英語にしても日本語にしても,日本人の言語感覚をますます悪化させる元凶になると思う.企業倫理にも悖るこの愚行はなんとかならないものか.

1月30日(水)
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今日一日“月刊地球”とQuaternary Science Reviews 21 (2002)のEPILOG特集号を交互に読みながら,つらつらと考える.

「氷床変動と海面変動の問題」というと「地球の気候変動の問題」と同じと考えがちだ.確かに水は融点を境いにして固体になったり液体になったりするから気候変動は大いに関係があって,寒冷期を“氷期”温暖期を“間氷期”とよぶ慣わしにさえなっている.しかし本来は「氷期=氷床拡大期=低海水準期」なのであって必ずしも「氷期=寒冷期」でなくてもよい.寒暖サイクルだけなら,氷床の大きさや海水準の高低を使わなくても,植生や酸素同位体比などの他の指標を用いて復元できるし,現在ではそちらのほうが気温のメインの指標として用いられている.気温プロクシデータは氷床コアからも得られるのだが,そのことがかえって誤解を招きやすくしている原因の一つになっている.実は氷床コアでは,寒暖サイクルは復元できても氷床の大きさの変動自体を復元することはできないから,氷床変動と気候変動を直接結びつける方法にはならない.

ice.jpg「氷床変動と海面変動」とは,厳密には「地球上の水の配分の変動」という問題である.氷と水の配分を模式化した場合,“コップの中の氷と水”という最も単純なモデルもあれば“洗濯板の上に氷があって,その下のタライに水が張ってある”というのも考えられる.たぶん後者が現実に近いと思うが,その場合でも,板上で融けた水がタライに流れ下るという場合もあれば,氷のままタライにすべり落ちて水につかることで融けてしまう場合もありえる.つまり氷と水の分配問題では,単に気温の変化だけではなくて,氷床の氷がどのように海水に戻っていくかというプロセスを解明する必要性があることがわかるだろう.

ということで,我々は今,南極氷床と海洋の変動問題を考えようとしており,下図の天秤で現象を模式化できる.できれば天秤の片方を押し下げる力となる寒暖サイクルにも言及できれば良いが,それは二次的なこととすべきだろう.

lgm.jpgさて,上記のモデルになぞらえれば“月刊地球”中の論文のほとんどは,タライの中の水やタライの内側についた水面の跡を調べて,それらから逆算して氷の状態を推測しようというもので,左図でいえば「Q1」や「Q2」に相当する.それらの論文中では,左図の右向きの矢印は単に「氷床の融解」という言葉で述べられているに過ぎない.それに対して“澤柿・松岡論文”は,板の上に氷がちゃんとのっかっているかどうか,あるいは氷がタライへ落ちるとすればどんなタイミングでどんなふうに落ちていくのか,ということに注目してみようという提案であり,融解プロセスそのものを指す左図の「Q3」に相当する.“澤柿・松岡論文”では,左図の「Q1〜Q3」のつながりについての説明が不十分だったため,全体構成の中ではやや浮いた感じになってしまった.また,研究計画の提案論文としては説得力に欠けるのではないか,という危惧と反省の念をいだいている.

こうして模式的に示してみるとよく分かるが,天秤の氷床側にはQがない.これは,氷床の量そのものの変化を復元することが非常に難しく,大抵の場合は海水量変化からの逆算や地殻の隆起量から間接的に求められていることを示している.EPILOGのまとめでも明らかになったように,南極氷床量の変動史は他の氷床にくらべてまだよく分かっていない.

たぶん今後もこの傾向はかわらないだろうが,南極はなんといっても今現在も氷期にあるのだ.グリンランド以外の他の氷床はとっくの昔に消えている.その南極で氷床の安定性と海洋への流出プロセスに注目することが,ひいては氷と水の分配問題の解明につながる,ということを主張したかったのである.すでに出版されてしまった論文の言い訳をするようで反則ぎみだが,日記ということでお許し願いたい.

読者からのコメントも歓迎

1月31日(木)

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Webの検索では,たくさんヒットするともっと絞り込みたくなるし,あまりに件数が少ないとがっかりしたりもする.

ノーベル化学賞を受賞した野依良治名古屋大教授は「研究者として大事なのはナンバーワンでなくオンリーワンだ」と言ったそうだ(東工大の幸島さんもずっと前からそういっていた).Webの検索でもオンリーワンというのは価値あるものなのだろうか?

Googleは膨大なサイトのデータベースを持っていることで有名な検索エンジンだが,そこでただ1件の検索結果しか出ないキーワードってのもありうる.Web 起業家兼オンラインコメンテーターの Gary Stockというひとが,そうしたキーワードを見つけ出す『Googlewhacking』というゲームを考案した.きちんとしたルールまである.

こちらのページではその日本語版として,Googleで2つの単語を組み合せて検索し,結果が1件だけだったら報告しよう,というサイトが公開されている(まだ仮設中).2つの単語の組み合わせの妙といいその検索結果といい,なかなか面白い.

私もやってみた.「低温研」と「カッパ」は当たり.「氷河地形」と「エセ科学」ではこの滞在記の11月後半が唯一でヒット.これでこの滞在記もオンリーワンの栄誉を獲得できた.なんだか複雑な気分.ここにも書いちゃったから,もうオンリーワンではなくなったけど...

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