Takanobu Sawagaki沢柿教伸

Takanobu Sawagaki

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flag.gif o-rogo1.gifエドモントン滞在記
2002.1.1〜1.15
1月1日(火)

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深夜0時に遠くのダウンタウンの方向で花火の音がする.ようやくエドモントンの年が明けた.

Fumiyaという日本食屋さんで食材を買っておいたので,かみさんに料理してもらい,そばやお雑煮を食べてひととおり正月気分を味わう.インターネットで初詣までしてしまった.

午後,家の近くにある野外リンクで息子のスケートの特訓.一人で立ってよちよち歩けるようになった.


今日一日,差し迫った論文添削の仕事も休んで,でも息子の遊び相手をしながら,つらつらと一年の計を練る.スポンジのようになんでも吸収していく息子を見ながら,また日本に残してきた院生や研究科の改革のことを考えながら,はたまたエドモントン生活を振り返り今後の展望を見据えながら,今,私が切実に感じることは“リテラシー [literacy]”についての問題である.“リテラシー”とはもともと読み書き能力のことであるが,“読み書き算盤”という言葉があるように,文化的生活に必要な基礎能力や知識のことを指すのにも使われている言葉であり,最近では“コンピューター・リテラシー[Computer Literacy]”や“エコロジカルリテラシー[Ecological Literacy]”という言葉も使われるようになっている.

私にとっては,研究者として自分の専門分野に関する知識が要求されているのはもちろん,毎日の情報収集や思考補助ツールとしてのパソコンに関する知識,海外留学者としての国際性や日本人としての自己表現・外国人との対応能力などが求められていることを痛感する.これらのいづれにしても,変化の早い時代ゆえに,一過性ではない本質を見極める力がないと,今現在は重宝がられる便利屋的知識人であってもすぐにその存在価値はすたれてしまう.そのような大切にすべき本質には“独自性”や“独創性”も含まれる.インターネットの世界には情報があふれ知識の共有化が容易になった反面,独自の発想に基づく検索結果の加工能力や評価能力が試される時代にもなっていることに気づく.これが,元旦の私が直面している(あるいは切望している)“リテラシー問題”のあらましである.

実はこの文章を書き始めてから,“リテラシー”についてインターネットで検索したところ,おなじみの金川欣二教授による「情報リテラシー教育の課題と対策」ーカルチュラル・リテラシーの重要性ーというページが見つかった.96年7月の文章であるが,2002年の年頭に私が言いたかったことはすでにここで述べられてしまっていた.こういうのこそ“本質をついた文章”というのだろう.また“多くの真理はすでに語られている”のであり“あるものをどんどん活用していかなければ労力のムダであって,それほどシステムが複雑になっている”のであることも実感した.

どうやら私が気づきつつあった“リテラシー”の問題は金川教授のいう“第4章 インターネット時代のリテラシー”に集約されそうである.これは「コンピューター・リテラシー(使い方)とも違って,コンピューターを含めた未来の科学社会にいかに対応していくかという「カルチャー(教養)」なのであり,その国(地域)の文化を担って自己実現でき、異文化を偏見を持たずに理解できるコミュニケーション能力としての「カルチュラル・リテラシー[Cultural Literac]」や「グローバル・リテラシー[Global Literacy]」なのである.

ということで,元旦から早速,ほんのちょっと持ち合わせていた“インターネット時代のリテラシー”に助けられて,思考時間の節約を果たすことができた.息子がキャッキャ騒いでいる居間でここまで書けたのもそのおかげである.問題はホントにこれがどこまでオリジナリティがあって文化の発展に意味のある文章であるかということであるが,それは読者の判断にまかせることにする.たぶん,金川欣二教授の文章の解説にすらなっていないと思うので,オリジナルの「情報リテラシー教育の課題と対策」ーカルチュラル・リテラシーの重要性ーはぜひとも併読されたい.

1月2日(水)




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午前,昨年末から申し込んでいた風呂の蛇口の修理におじさんがやってくる.どうやら世間では今年の仕事がもう始まっているようだ.明日から大学に行くことにしよう.

午後,家の近くにある野外リンクで息子のスケートの特訓.子供の手を取りながら指導するためには自分がバックで滑れなければいけないことに気づき,かみさんの指導でバックスケーティングを練習する.なかなか難しい.それにくらべて息子の上達には目を見張る物がある.


こちらでは新聞もテレビガイドも取っていないので,番組選びには苦労する.こまめに予告編をチェックし,50近いチャンネルを頻繁にスキャンして面白い番組を探り当てるのだ.年末年始は特別編成で映画も多かったが,その中で実際に見たものを思い起こすと,イタリア語音声に英語のスーパーがついたイル・ポスティーノ,中国人なのになぜか英語を話しているラストエンペラー,フランス語に吹きかえられたヘップバーン主演の映画,等々,純粋な英語の映画で見たものはミュージカルのキャッツぐらいなものだった.印象としては,映画に限らず,フランス語圏向けのチャンネルのほうがセンスの良い番組を放送しているように思える.しかし私はフランス語はまったくだめなのでいつも悔しい思いをしている.

日本では二カ国語放送が普及しているのに対し,英仏語の二カ国語を公用語にしているカナダで音声多重放送が普及していないのは意外である.多重放送を使えば,同じチャンネルで両方の言語の視聴が可能になり,フランス語専用チャンネルなどをわざわざ用意する必要はないのに,と思う.だが,使用言語は翻訳できてもそれによって語られる内容は多重放送することが不可能であることを考えると,フランス語専用チャンネルが存在する必然性もあるのではないかと勝手に納得してしまった.見たい番組がフランス語でしか放送されていないことは,“カルチュラル・リテラシー”の問題とも関連して,それなりにちゃんと意味があるのである.

一日先行している日本の1月3日付け朝刊の天声人語で,小澤征爾氏がウィーン・フィルのニューイヤーコンサートで指揮をしたことが話題になっていたが,その中継録画番組も,幸い見逃すことなく鑑賞することができた.天声人語には“欧州では、元日から単一通貨ユーロが流通し始めた。今年は日英同盟100年の年でもある。小澤さんの活躍も含めて欧州に目が向く。 ”とあるが,私も文化的側面では欧州的センスが好みなのかなあ...と考えてしまう.実は小澤氏はボストンでの活躍も永いはずだが,欧州に行くともっと注目されるというのも興味深い現象である.

1月3日(木)




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今日は非常に暖かくマイナス一桁台の気温.かみさんはこの気温で暖かく感じる自分自身に驚いている.午前中は大学に行ったが,Shaw教授は不在.バスのパスを買って,自宅で仕事をするのに必要な文献などを持って早々に帰宅する.スーパーでめずらしくシャケのあらを見つけたので,石狩鍋にして北海道をなつかしむ.

午後,家の近くにある野外リンクで息子のスケートの特訓.ちょっと余裕ができてくると今度は甘えが出てきて,ホントはちゃんとできることもやろうとしない.子供は難しい.


昨夜と今夜の二夜にわたって“The Arrow”というテレビ映画を見る.1950年代後半にカナダが開発した世界最高の迎撃戦闘機「AVRO・CF-105・Arrow」に関する実話をドラマ化したもの(日本でもビデオがあるのを見かけたことがある).結局は米国の横やりで開発計画は中止になり,AVRO社は解体,高性能を発揮した試作機や資料はすべて廃棄処分され,そして幻の名機となる.社の解体が決まった瞬間,米国の航空会社のマネージャーがばらまいた名刺にむらがる技術者達を描いた露骨な引き抜きシーンには,なんともいえないやりきれなさを感じてしまう.

現在,カナダに高性能な航空機を量産する技術は無く,カナダ空軍基地にはF-18が並んでいる.つまりカナダの技術力を潰し自国のミサイルや航空機を売りさばこうという米国の目論見が見事に達成されてしまったのである.カナダという国は,英国連邦の一員・米国の隣国としての第一僚国・フランス語圏の存在等々,なかなか一筋縄では行かない内情を抱えている.そんなカナダ国民には今でも「アロー」の存在とそれを作り出した自国の技術にある種の誇りと思い入れがあるらしく「技術者が自分達の努力の結晶が他に渡るのを拒んでスクラップ化した」とか「1機だけ残ったアローはマッハ3を超えて何処かへ飛び去った」という伝説もまことしやかに語られているほど.ドラマのラストシーンにはこれらの伝説が採用され「米国や計画中止を決めた政治家に対する反抗」を示すかのようで小気味良い.飛び去った1機は,インディージョーンズでおなじみの聖櫃やロズウェルに落ちたUFOなどと一緒に米国の秘密倉庫に眠っているというもある.

我が自衛隊には米国に巨額のライセンス料を支払って国産化しているF-15Jがあるが,日本も明らかに米国の戦略にしてやられている.生産技術はあるのだから,開発能力を育てれば良い.大金食いの開発と言われたアローでも,最終的な試算では生産コストは$200Mであり,一方,その代替機として米国から購入することになった機体は$260Mであったという.結局,自力開発したほうが安かったのだ.しかし,航空機に限らず,開発には何かと政治的なもくろみが絡むもののようで,YS-11の例にもあるように,理想的な開発というものは実現できないのが世の常のようだ.無能な政治家たちに多くは期待しないが,せめて,科学や技術の有望な芽をつみとるようなことだけはしないで欲しいと願うばかりである.

1月4日(金)

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今日も非常に暖かく日中はプラスに.Shaw教授も初出勤.新春少年サッカートーナメントで息子のチームが準優勝したと喜んでいた.

私の方も,夕方に家の近くにある野外リンクで息子のスケートの特訓.かみさんは高校時代きりだったフィギュアスケートにすっかり目覚めてしまったようで,それ系のホームページをみてテクニックの復習にいそしんでいる.

ここに来た当初は,カナダでNHLやフィギュアスケートの人気が高いのにはあらためて感心させられたし,カーリングの中継ばかりやっているチャンネルさえもあるのには驚いたものだ.かみさんがインターネットで検索している様子を脇でみていて,意外に日本のスケート人口も少なくないことにも気づき,自分でも滑ってみて,氷上スポーツの奥深さをあらためて認識しているところ.今年はソルトレイクで冬期オリンピックもあることだし,スキー以外の競技にも注目してみようと思う.

1月5日(土)

現在住んでいる家族向け学生のための居住区を管理するセキュリティ主催の催しに参加.迷子・失踪・誘拐などに備えてあらかじめ子供のフォトIDを作成しておくもの.ポラロイドで写真をとって,身長・体重・指紋・髪や目の色などを記載.ここの住人の年齢構成を考えると当然なのだが,会場に集まってくる人々を見ているとほんとに子供が多い.大学のスポーツチームマスコットの熊のぬいぐるみや遊覧馬車まで動員して半日のイベントを盛り上げていて,一時的な滞在の息子も大喜び.

夕方に家の近くにある野外リンクで息子のスケートの特訓.スティックを持つことができるようになった.

1月6日(日)

明後日の妻子の帰国に備えてダウンタウンまでレンタカーを借りに行く.自宅から空港まで行くには公共交通機関を使う場合一旦ダウンタウンか大学方面まで出なければならず,タクシーにしても流しがほとんどおらず,呼んだとしても空港までC$40ほどかかるので,結局は一日C$50ほどで借りられるレンタカーのほうが便利で安いのだ.なによりも,日本行きのバンクーバー発便が午前なので,エドモントンを早朝に出なければならないのが大変.

夕方に家の近くにある野外リンクで息子の最後のスケートの特訓.パックをスティックで打つことができるようになった.

1月7日(月)

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今日から大学の講義が始まっているはずだが,妻子の滞在最終日なので,買い物や片づけなどにつきあうために休む.

Appleは新しいiMacを発表した.タイム誌にカナダ編集版があるとは今まで知らなかったのだが,どうやら新iMacの独占取材の発表にフライングしたらしい.

1月8日(火)

早朝,妻子を空港まで送り届け,レンタカーを返した足で大学へ.

レンタカーを借りていてまずとまどうのはヘッドライトをOFFにできないこと.日中でも灯火が義務づけられているため,車の構造もそういう仕様になっているらしい.カナダはこれで交通事故を激減させることに成功したという.日本でも常時点灯や自動車の構造を自動点灯にするよう求めている運動がある.このカナダ方式は,道路環境が似ていて交通事故の多い北海道でも有効なのではないかと思って調べたら,増毛町の議会の記録が見つかった.

そういえば,欧米では寿命が半永久的で,明るく,電気代もはるかに安い発光ダイオードを用いた信号機が普及しているのに対して日本での普及は遅れているという.青色ダイオードの発明で有名なカルフォルニア大の中村修二教授特別講演著書で「日本では信号機のランプ球の交換は天下り業界にとっておいしい収入源となっていて利権が絡んでいるため,LED信号機導入は実験導入はされても本格導入には至らない」とLED信号機が日本で普及しない理由を暴露していた.

照明といえば,ここは緯度が高いので,今頃の日出は8時半過ぎと遅く日没も4時半頃と早い.照明のお世話になる時間も自然と長くなる.年末年始は空からカナダの都市を眺める機会が多かった.その度にいつも印象的に思うのは,街の灯が整然と列んで輝いていることと,それらがほぼ明るいオレンジ色のみで構成されていることである.色が単一に見えることの原因の一つとして家庭での照明に白熱電球が多用されていることが挙げられるだろう.実際,私が今住んでいるところも,キッチン以外はすべて白熱球の照明で,日本の蛍光灯の明るさに慣れている私には非常に暗く感じる.

日本はある意味では蛍光灯を多用する点で世界的にも異質な居住環境であると言えるのだが,地球温暖化防止のために白熱電球を省エネ型蛍光灯に切り替える運動もある昨今,白熱電球を使うことにはある種の罪悪感も伴うようになっていたので,こちらの白熱電球の多用ぶりが気になってしようがない.しかし一方で,照明に対する文化的な捉え方の違いもあって,問題はそう単純ではないようだ.

その他にも「光害」という深刻な問題もある.エドモントンでもオーロラが見えるということで,晴れた夜はオーロラが出ていないか注意して見ているのだが,街灯などが邪魔に感じられることが多い.米国やヨーロッパでは99%,世界全体では3分の2にあたる人々が光害の影響を受けた夜空の下で暮らしているというから,相当なものだ.

家中を蛍光灯の光で充たすような暮らしは,高度成長時代に生まれた「豊かさへの憧れのいびつな象徴」ともいうべき産物である.バブル崩壊後の新たな低成長型社会の日本像として「蛍の光」「窓の雪」と歌ってきたような古来の陰影礼賛的情緒を取り戻しても良いのではないかと思うと同時に,必要な場所に必要な量と質の照明を確保する英知と節度が求められているのではないかと思う.

1月9日(水)

この一週間,日中はプラスになるという異常に暖かい日が続いており,ニュースでも大きく報じられている.

Shaw教授に添削を依頼していた投稿論文が真っ赤になって返ってきた.これから改訂作業にとりかかる.忙しくなるなあ.

1月10日(木)

Top30に入らんと,研究科では教官の業績リストを作るのに躍起になっているらしい.そこで注目されているのがInstitute for Scientific Informationが提供している“Web of Science”というデータベース.これは,一般的な文献データベースに加えて引用文献情報を持っており,その論文引用している文献へのリンクや,逆にその文献引用している文献へのリンクが表示され,研究の流れや展開を時系列に調べることができるというすぐれもの.今これが研究者の業績評価に使われようとしている(でも,ISIの宣伝文句にはそんな使用例は書かれていないし保証もされていない. 逆に,賢明な利用を推奨しているくらいだ.).

アルバータ大でも“Web of Science”を導入している(業績評価のほうじゃなくてデータベースの利用契約の意味)のでさっそく使ってみた.

  • 予想通り,日本語で書かれた文献は検索条件に指定できるものの,ほとんど登録されていないので,氷河関係では全くヒットしない.
  • 所属を入れてやるとかなり絞り込めるが,名前のイニシアルがありふれた人だと多くの同姓同名人の中に埋没して,探し出すのに苦労する.
  • 氷河関係の論文は,日本人の論文もかなり網羅されている.
  • 日本人の氷河関係ではヒマラヤが圧倒的に強いという印象.
  • 引用している文献数より引用されている件数が多い論文を見つけると,さすが,と思ってしまう.Shaw教授もさることながら,氷床底湖をやっている英国のSiegert氏などは,ここ数年だけでも大量に論文を書いていて,いつ寝ているんだろうかと思ってしまうほど.被引用件数も多い.
  • でも,内輪で引用しあって数を稼いでいるグループもあり,そういうの突き止めると,へへ,と思ってしまう.

ちなみに私は2件の登録有り.名前がめずらしいから検索も一発.ほかにも英文で書いているのだが,掲載誌がデータソースに使われていないのでヒットしない.2件の引用があったが,どちらも引用してくれたのはShaw教授.被引用数を上げるには,なるべく小さくて生産的な仲よしグループをたくさん作っておくことが効果的かもしれない.そういえば“連絡を密にするコミュニティーがあって,それが内包するユーザーがある数を突破すると,そのコミュニティー自体が一種のメディアとして機能し始める”という話を聞いたことがある(最近の事例ではここ).学会誌というメディアにも同じような傾向があるように感じられるが,それは錯覚だろうか.

Top30に関しては,河合塾が独自の結果を公表するとか,NHKがディベート番組で取り上げるとか,国立大学の独立行政法人化問題にも大きく関連しているなど,大きく注目されていて私もその渦中にあると言ってよい.これはこれで大問題だが,論文の被引用数や掲載紙のインパクトファクターなどで研究者を評価する方法にもいろんな問題を含んでいることを忘れてはならない.いろいろ言いたいことはあるけれども,時間がないのでとりあえずasahi.comで連載していた「大学幕の内」 のページを紹介しておく.

1月11日(金)

昨日「ISIの宣伝文句には研究者の業績評価としての使用例は書かれていないし保証もされていない」と書いた.私が読んだ限りでは確かにそうである.

ところが,asahi.comの「大学幕の内」をもう一度読み返してみると,ISIジャパンが,被引用回数の多い日本人研究者に対して「引用最高栄誉賞」を授ずけていたということが判明した.「大学幕の内」や「大学ランキング」の編集にもISIジャパン協力しているらしいから,例のデータベースを研究者の評価に利用することを推奨しているわけだ.しかし,これはあくまでISIジャパンの話.本社のほうはどう考えているのだろうか?ISIジャパンの独断でやっているとすれば,イカニモという感じがしないでもない.

私の場合,データベース内に2件の登録があってそれを引用した論文が2件登録されていた.絶対数で評価すればゼーンゼン甘っちょろいのであるが,たまたまISIに登録されていたのが2件だったまでだ(と負け惜しみをいう).最近出た論文も多いから引用されるとすればこれからが勝負なのだし,実際の論文数はもっとある.それを考慮して単純な計算をすると,2件の登録で2件の引用があったのだから,実際には10本の論文があるとすれば10件の引用があるだろうと予測される.果たしてこれは統計学的に正しいか?

教官の業績評価に被引用件数の提出を求められた場合,どのような数字を示せばよいのか?ISI内の絶対値なら疑いようもないが,ISIとてすべての論文を網羅している訳ではない.特に古い論文は登録されていない.過去の業績で生き残っている教授は全滅だろう.しかし生涯に書いたわずか数本の論文で後世に名を残す人もいる.その僅かな論文がデータベースに登録されていなかったらおしまいだ.上記の計算のように,自分の論文のすべてがISIに登録されていないことを理由に,実際の論文数に比例配分してしまうことだってできる.数字だけの提出ではそんな操作はばれっこないし,チェックのしようもない.

1月12日(土)

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2月8日の冬期オリンピックの開幕も近づき,関連の報道も増えてきた.TV放送局のマークには五輪が付くようになった.

先日かみさんを送っていった時に空港の駐車場の早朝サービスでもらったまま放っておいた新聞を今日になって読み返していたら,「Rootsという会社がカナダのオリンッピックチームの公式衣類メーカーに指定されていて儲かっている」という記事を見つけた.“Bloom”と書いてあったから,最初は“えっオリンッピック用ブルマ?”とへんな勘違いをしてしまった.かみさんは見慣れない新しいジャケットを着て帰国して行ったが,あれは新聞の写真にも載っているRootsのオリンッピックバージョンではないか!どうもBoxing Dayのバーゲンで目ざとく見つけて買っていたらしい.同じ新聞には新iMacの発表記事もある.この新聞は捨てずに取って置こう.

カナダのチームはこんな装いで登場するらしいので開会式などでは注目されたい.

ちなみに日本選手団の公式服装UNIQLO公式スポーツウェアは(株)アシックス,(株)デサント,ミズノ(株)の3社.ユニクロはなんと無償提供らしい.

1月13日(日)

日本では成人の日.日本人が伝統として大切にしてきた「ケジメ」の日だ.ちなみにカナダでは,選挙権は18歳以上,運転免許は16歳以上,結婚は16歳以上,成人として刑を受けるのは18歳以上,19歳以上でなければアルコールやたばこを飲んだり吸ったり買ったりできない.アルコールやたばこは販売許可のあるリカーストアーなどでしか購入できず,IDの提示が求められたりする.日本人は若く見えるのか,私も一度IDの提示を求められたことがある.なんだか複雑な気分. テレビでもMature subject matterが含まれる番組には,視聴者が見識を持って見るようにとの警告が入るくらいで,カナダには成人の日なんてないが,ケジメだけはしっかりしている.

朝日新聞の記事によると,成人式が荒れる一方の日本では,浦安市が東京ディズニーランドで成人式をやるらしい.何を考えているんだか,まったくブラックジョークとしか思えない.ピーターパンが万年モラトリアムの象徴であるように,そもそもディズニーランドは永遠の子供たちの世界のはずだ(そういえばシンデレラコンプレックスというのもある).

たしかピーターパンの物語の最後には,ウェンディが「私,大人になるわ」と言うシーンがあったはず.ネバーランドから現実に戻ったときが大人になる瞬間なのだろう.「ディズニーランドで子供の最後の時を大いに楽しんだ後,そこから出てきたときを大人になる瞬間として実感させる」なんて主催者側が考えているのなら,そうとうの演出家だと感心してあげよう.ということで,成人式の会場はファンタジーランドにある「 ピーターパン空の旅」で決まり!

意地の悪い私としてはそんな粋な計らいが浦安市にできるとはとうてい思えない.むしろこういう狂気じみた企画をする行政側も成人式を荒らすのと同様の犯罪者だといわざるを得ない.ディズニーランドだって,ウォルトの残した思想・理念を大切にする気持ちがあるのなら,こういう錯誤的企画を断るだけの見識があってもいいはず.そもそもディズニーにはこんな疑惑もあるから良識を期待してもムリか.いずれにしても,やっぱり最近の日本はみんなこぞって肝心のケジメというものを見失っている.せめて招待される新成人がこれに異議を唱えてくれることを望むのみだが,「浦安に住んでてよかった」なんて彼らが喜んで参加する姿が容易に想像できてしまうのも自分自身で情けない(14日追記:やっぱり).

1月14日(月)
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寒気と共にキャンパスに学生が戻ってきた.月曜と木曜にあるShaw教授の大学院向けの講義も始まったので参加させてもらう.ところが受講者は2人しかおらず,協議の結果雑誌会風に進行することになった.私もしっかりルーチンに組み込まれてしまう.とりあえず今日はイントロダクションと氷河底の水流を支配する基本方程式についておさらい.その後,おしゃべりしながらアイスランドのJokulhlaupのビデオをみる.

1月15日(火)

突然Shaw教授から「この論文を木曜の講義のときに紹介して」と一度に3つもコピーを渡された.投稿論文の準備,だれかさんのD論の手直し,おまけに木曜日の論文紹介と一気に忙しくなって余裕がない.

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