Takanobu Sawagaki沢柿教伸

Takanobu Sawagaki

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flag.gif エドモントン滞在記
2002.9.16〜9.30
9月16日
(月)

もう9月も後半.自転車がパンクしたままなのでバスで大学へ.

Shaw教授が院生のフィールド視察で市内の露頭を回るというので,それに同行すべく待機していたが,結局教授から呼び出しがかからなかった.どうしたのかな?

今日一日なんだか調子が出なくて,頭脳労働はほとんどできず.

9月17日
(火)

朝は冷えこんで息が白い.

お茶の時間にShaw教授と話していて,もうそろそろ滞在も終わりだねえ,という話になり,こちらに来た頃の打ち明け話になった.私が,“実はここに来るまで教授のことを創造主義者じゃないかと疑っていたんですよ”と冗談半分に言ったら,“私も君がネクタイとスーツ姿の日本人サラリーマンみたいで冗談も通じない堅物だったらどうしようと思っていたんだよ”,と応酬された.どちらも予想に反していて幸いだったね,というオチ.

パンク修理用のパッチを購入し,修理に取りかかるが,パッチが小さすぎて空気圧に耐えられず,どうしても空気が漏れてしまう.もう自転車通学はあきらめるかな.あとは,教授宅まで返しにいくまで持ってくれればいいっっか...

夜,カナダ国営放送CBCの開局50周年特別番組で,ジャーナリズムを学ぶ大学生との討論会をやっていた.首都やオンタリオ中心のニュース番組に対する苦情とか政治家の私生活まで踏み込んだ取材の是非についてなど,学生の質問はなかなか的確で興味深い内容.学生と対するCBC側の陣営をみていると,日本のNHKにでてくるようなスタッフばかり.NHKでいえば,磯村尚徳氏とか久保純子アナとか,その手のCBCの有名どころをそろえていたのだと思うが,どこかあか抜けないところなど,国営放送というものはどの国も同じようなもか,という印象を持った.


日朝首脳会談で明らかになった拉致の件で,朝鮮学校の生徒や在日朝鮮人への嫌がらせが起きているとか.よそ者として海外に居住していると,こういう事件には敏感にならざるを得ないし,つくづく悲しいことだと思う.

そもそも,彼等の大半は,日本で生まれ,税金も払い,ほとんど日本人として生活しているのだ.だいたい日本という国は,そうやすやすとよそ者が入り込める国ではないのだよ.政府の難民認定度は絶対数においても比率においてもほぼゼロに近いものだ.例の瀋陽の領事館に駆け込んだ北朝鮮人への同情はどこへ行ったの?あれをみれば,いかに日本政府が純血を守ろうとしているかがわかるはず.在日の彼らは難民でもなければ外国人でもない.彼等も日本の一部だと認めてあげなくちゃ,どうにもやりきれないではないか.彼等こそ日朝の架け橋として期待できる人々なんだよ.

えっ,嫌がらせをしているのは日本人だとは限らないって?確かにそれもありうる...

9月18日
(水)

午後,大学の避難訓練.事前に情報を得ていたので,実施時間帯は大学を抜け出してノースサスカチュワン川沿いの露頭観察にでかける.

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さわやかな秋晴れのもと,黄色に色付きはじめた河畔林を歩くのはなかなか楽しい.川沿いの露頭でエドモントン周辺で唯一みられる完新世テフラ「Mazama Ash」を発見.この火山灰は約6,800 yr BP (C14)に降下したもので,4段ある段丘のうち最下位の段丘堆積物を構成する氾濫堆積物の間に挟まれている.段丘自体は氾濫時に堆積した比較的厚い河成層と,離水期に発達した薄い土壌層の互層からなり,定期的に氾濫が繰り返されてきたことを示している.最上部には,1980年代に発生した洪水によって破壊された人工物の痕跡を示すと思われるレンガの破片が散らばっていた.

9月19日
(木)

ようやくサーバーが復活.しばらくアクセスできなかった方,お久しぶり.つながらなかった間も滞在記は続けていたので,振り返って御覧いただきたい.

今日は曇りで肌寒い.紅葉もここ一週間で一気に進行した.ほとんど葉を散らしてしまった気の早い木もみられる.

BellotStrait.jpg Shaw教授の部屋で空中写真を物色していたら,南極の昭和基地周辺にそっくりな地形が映っているプリントを発見.教授に聞いたところ,クィーンエリサベス諸島付近のBellot海峡地域のものだということ.

あまりに南極と酷似しているので,興味を持った.もうすこし調べてみようと思う.もちろん,氷床底水流地形バリバリであることはいうまでもない.

同じアルバータ大のJ. England教授が今年獲得した巨額の研究費で,この地域を詳細に調査する研究プロジェクトが開始された,という話もShaw教授から教えてもらった.England教授は,氷河地質の教科書である“Glacier & Glaciation”の著者の一人であるD. Benn氏の師匠でもあり,氷河底変形説を支持する陣営の一人.今後かれらのプロジェクトでこの地形がどう解釈されるか興味津々.

自宅のそばのグラウンドでShaw教授のサッカーチームの試合があるというので,仕事帰りに観戦に寄る.日没まぢかになると風もでてきて凍えるくらい寒い.子供たちは顔を真っ赤にしてプレー.

9月20日
(金)

冷たい風が強い.

庭先でリスがせっせと貯食を運んでいた.“PowerPointでの講義資料を一通り作り終えた”といってShaw教授が喜んでいた.“ミスって消去しないように”と忠告したら,“リスのようにあちこちにバックアップを取っておくよ”という返事.


NetScienceというサイトが発行しているメルマガ“NetScience Interview Mail”のアーカイブで,地球フロンティアの江守 正多氏のインタービュー記事を読み,「第一世代」の環境研究者と「第二世代」の環境研究者という考え方にいたく共感する.

■第一世代の人の特徴っていうのは、もともとは地球環境の研究やってたわけじゃないですよね。彼らが若いときにはそんなジャンルはなかったですから。

■口実としての地球環境テーマというものと、地球環境に対する責任。その間になにがしかの形でいるっていうのが第一世代だと思うんですよ。

■第二世代っていうのはそうじゃないような気がするんですよ。自分がそうだと思って言ってるんですけどね。そもそも地球環境に動機づけられてやっている。

なるほどなあ...これは私が以前に書いたコラム“改革の前に清算を”にも通じる考え方だ.

かくいう私は,「環境科学」と名の付く修士号と学位を授与されており,名目上は「第二世代」の環境研究者に分類されることになる.はずかしながら,その名に恥じないほど地球環境というものについて真剣に考えているかと問われれば怪しい部分も多い.江守氏が述べている“基礎をおろそかにしないで...第一世代と議論しても負けないようになってこその地球環境研究だと思う”という部分に救いを感じるのが唯一の幸いか,と胸を撫で下ろしているくらいである.実際のところ,北大の地球環境科学研究科に“環境科学”の学位を持っているか,あるいは「第二世代」の環境研究者を自認できるスタッフはどれくらいいるのだろう?

上記のコラムとの関連でいうと,私が小野教授を評価しているのは,北大の地球環境研に所属する教授として,その前進である環境研時代から一貫してその理想像みたいなものを追求してこられたことにあると思っている.小野教授自身,「第一世代」の環境研究者に属する研究者であると思うが,環境科学の勃興と変遷を身を持って体験されてきて,その酸いも辛いも重々理解された上で,改革に対する様々な提言をされているのだと思っている.当然,「第二世代」の環境研究者のありかたについても,その経験に基づいた教授なりの考え方をお持ちのこととも思うのである.新しい修士のコースも,きっとそういう理念と必要性に基づいた構想であると信じたい.小野教授の改革案に批判的な意見をお持ちの方は(他の点でいろいろ問題があるにせよ)少なくともこの点だけは,ないがしろにして欲しくないと思う次第.

振り返ってみれば,今の地球環境研に,旧環境研から一貫して所属している教官はどれだけいるだろうか?ざっとみたところ,旧環境派はほんの数えるほどだ.また,ほとんどの教官はほぼ間違いなく「第一世代」の環境研究者である.中には江守氏のいうように,口実としての地球環境テーマでお金を取ってるって人もいるに違いない.そのような広いスペクトルの中でも,小野教授は限りなく右に近いと考えるのは希望的過ぎる見方だろうか?(*).

別に研究者として右が良いとか左が良いとかということを言うつもりはない.しかし,教育機関として“地球環境科学”を名乗る以上は,「第二世代」の本物の環境研究者を輩出する使命を負っているはずだということは強調しておきたいと思う.院生を折り紙付きで卒業させるという使命にのっとり,実際の修得度・完成度を保証するものとして学位というものがあるとすれば,「環境科学」の学位を授与すべき研究者をどのように育てるか,ということにもっと敏感になるべきだと思う.

誤解を恐れず極論すれば,研究科自身が率先して,“地球環境博士”をスタッフとして採用すべきだと思うし,“地球環境”と名の付く研究機関にどしどし卒業生を送り込まなければいけない,というぐらいの気概があってもいいんじゃないかと思う.もちろん,ここでいう“地球環境博士”とは,決して第一世代のコピーのことではない.

残念ながら,研究科改革論議では「第二世代」の環境研究者像については曖昧なままだ.そういう議論をみるにつけ,実はここの教官たちは限りなく左に近い環境科学者たちじゃないのか,と疑念を抱かざるを得ないのである.この疑念をはらす(あるいは現状や改革の方向に納得する)には,“改革の前に清算を”実施することが非常に重要なことだと思う次第.

なお,関連するリンクをたどっていて,亡くなった沼口さんのことにも少し知る機会を得た.なかなかすごい人だったんだなあ,と残念に思う.私もボヤボヤしてないで,がんばらなきゃなあ...合掌.


*)江守氏は“第1回沼口敦さん記念シンポジウム”での講演の中で,「環境」という予算で活動する研究者像を分類されている(PDF参照).私は,おそらく小野教授はそのどれにもあてはまらないタイプだと思う(だから理解されないのか?)

9月21日
(土)

Apollo13のIMAXシアター版”を観に,West Edmonton Mallにでかける.これが見られるのは北米でIMAXの設備がある限られた劇場だけ.IMAXはカナダで開発された大画面シアターで,エドモントンにはWEMと科学博物館のOdyssiumの二か所にある.Apollo13は私のお気に入りの映画の一つでもあるので,エドモントンにいるこの好機を逃すことはないと思い,すかさず出かけた.

エドモントンで映画を見るたびに思うのは,劇場が混むことがめったにないということ.今回も観客は20名程度で,一等席でゆったりと観ることができた.C$10と日本のほぼ1/3という安い料金もうれしい.

これまで,普通の映画館・TV・DVD・小説などで何度も観ているので,ほとんど筋は覚えてしまっているのだが,さすがにIMAXの大画面とサウンドで観る13は格別.オリジナルからカットされているシーンもいくつかあったが,そんなシーンはむしろ大画面では映されないほうがよいと思われるシーンだったりもして,そんなに不満ではない.

夜,CBCの開局50周年記念で放映されていた“Heart: Marilyn Bell Story”という映画を観る.Marilyn Bellは,1954年に16歳という若さで五大湖の一つオンタリオ湖を泳いで渡る企画に挑戦し,みごと泳ぎきったことで有名になったカナダの女性.遠泳の詳しいストーリーは,“カナディアン・スポーツの英雄たち”というページで日本語で読むことができる.

その容貌といい,根性といい,考え方といい,まさに典型的なカナダ女性のタイプだということがひしひしと伝わってくる番組だった.

9月22日
(日)

寒い.

洗濯と掃除をすませて,一足先に日本へ送り返す荷物を箱づめする.今日はそれだけ.

9月23日
(月)

朝方0度近くまで冷え込んだ.

Shaw教授に車を出してもらって,日本への荷物を郵送する.教授のご好意には心底感謝申し上げる次第.無事に日本についてね.

Apollo13を見ていて思ったこと.地球からはるか彼方を飛行する宇宙船の動作状況を把握するのって,サーバーの遠隔管理に似ているところがある.NASAは,1960年代にすでに,電波通信を介して宇宙船や飛行士たちのデータを監視するシステムを構築していたんだよね.実際に自分でも札幌にあるサーバーを遠隔管理していると,NASAの技術力のすごさにあらためて驚かされるんだなあ.

遠隔操作ではどうしようもないことは,研究室にいる人にメールでお願いして対処してもらっているんだけど,Apolloでも無線で飛行士に指示してあれこれやらせている.サーバーから送られてくるログやネットごしの反応具合だけをたよりに,どこが悪いのか見当をつけて的確に現場の人に指示するところなど,やってることは基本的に同じだ.

死にかけたサーバーの状態を察知して,どうにもならなくなる前にデータを待避させたんだけど,これなんかは,まさにApollo13の状況に匹敵するきわどい処置だった.その後,救い出したデータを別のサーバーに移し,限られたメモリーしか搭載していない代替サーバーに,つぶれたサーバー分の仕事も追加でやらせようとしたのだけど,この対処などは,Apollo13で,一度ダウンさせたシステムを非常に限られた容量の電源で再起動させるというシーンに通じる綱渡り行為だったといえるかもしれない.こんなふうに考えると,結構スゴイことを自分でもやってるんだぁ,なんて悦に入ってしまったりする.

さて,先般,北朝鮮を訪問した首相は,拉致についての衝撃的な外交カードをきられて,かなり難しいとっさの判断を強いられた模様.慌てふためいたのか動揺したのか,次の手を持っていなかったのか,その対応ぶりは様々な批判を浴びているようだ.実際には,首相一人で交渉などできるはずがなく,表舞台に立つ首相を裏方でバックアップしたり下準備したりする外務官僚の力量が交渉の是非を左右する重要な鍵となるハズ.その点で,日本の外交はたいしたことないようにみえて仕方がない.人工衛星でもサーバーでもなんでもいいから,データ分析と反応の感触などだけを頼りに,手探りでなにかを遠隔操作する経験をつませたほうがいいんじゃないの?

こちらのほうは,サーバーが一台つぶれたので,帰国までの1ケ月あまりはバッアップシステムなしの綱渡り運用となる.まあ,いろいろ考えさせられる事件であった.

9月24日
(火)

朝,大学に入ろうとしたら“Cold !!”と言いながら中から出てきた女性に出くわす.“I agree”と応えたら,“Winter is coming !!”と叫んで足早に去っていった.

大学内で手に入る昼食はどれもあまりおいしくない.店員もなんだかやる気がなくて,接客態度もいまいち.その中でも比較的おいしくて愛想もよかったピタ屋さんが店じまいしてしまった.結構ショック.あと少しの滞在だからまあいいっか.日本のおいしい料理が恋しくなってきた.

Asahi.comで西ナイルウイルスのニュース.日本上陸も時間の問題ということらしい.この夏にカナダ東部でも感染が確認されて自分も少々心配した.温暖化の影響の一つとして,日本が亜熱帯に近い気候になり,マラリア等,熱帯地方の蚊が媒介する病気が日本でもまん延する危険性が指摘されていたが,それよりも早く,蚊の脅威が迫ってきたらしい.

9月25日
(水)

P9250003.jpg 朝霜が降りる.

3年前にニュージーランドで開催された“第8回南極地学シンポジウム”のプロシーディングスがようやく出版されるというメールが届く.メールによれば,“あれからずいぶんたったので,亡くなった人もいれば職場が変わった人もいる.知り合いにそういう人がいればおしえてくれ”,という問い合わせもつけられていた.

自分自身,あれから大きな変化があった.3年前の当時,私はまだ非常勤で,妻は乳飲み子をかかえて職場復帰したばかり.ちょうどシンポの直後に就職が決まったんだよね.いろんな意味で,あれが人生の一つの節目だったようにも思える...3年ってあっという間だけど,思いのほか早く昔になっちゃうんだなあ...

近年の進展を考えると,プロシーディングスに投稿した論文の内容もすっかり古ぼけてしまった.物事には順番ってものがあるから,あの論文を参照しないと先に進めないこともあったりして,ほんとは非常に待ち望んでいた出版のはずだったのに,今となってはどうでもよくなってしまったところも多い.正直なところ,出版される喜びよりも,タイミングを逸したという残念さのほうが強いんだよね.

考えてみれば,卒論を初投稿した時以来,すんなりと世に出た論文のなんと少ないこと.平均すれば一本あたり3年はかかっているような気がする.没になったものも少なくない.時には編集者の怠慢でほっておかれたり,時には査読者とのやりとりに時間がかかったり,はたまた意図的としか思えないような放置プレーにさらされたことも経験したから,一概に実力がないというせいでもないようだ.論文を出版にこぎ着ける経緯に運がないのかなあ...一本一本に時間がかかるのは,論争の渦中にあるテーマでしかも不利な陣営にいる,というせいもある...

今回のものを含めると,カナダ滞在中には,主著・共著を含めて7本の論文を受理・出版にこぎ着けることができたことになる.おお,なんという成果だ!我ながら感心.まあ,今までたまっていた分を一気に吐き出したというだけなんだけど,自由になる時間をたっぷり持つことができたことも効いているだろうし,なによりも,Shaw教授の助力があったことが大きな要因の一つだと思う.よき理解者を持てて幸せだと思う.

ということで,熟成したネタをすっかり片付けてしまったので,これだけ論文を量産できることはしばらくはないだろうと思う.タイミングに恵まれないという意味では,これからも公私ともに薔薇の道が続きそうだ.好きなことをやってるからいいんだけど.

9月26日
(木)

“京都議定書を批准すると,石油産業は衰退し,職が減り,余分な環境対策費が増えて生産コストが上がり,州民にとってなにも良いことはない”,と訴えるアルバータ州政府のTVコマーシャルを見た.このコマーシャルを見たときは,“これが環境対策ではオピニオンリーダー的なカナダのいうことか?”とあいた口が塞がらなかった.

先日,カナダのクレチアン首相が,京都議定書に同意して年内にも批准する方針意向を表明したのに対抗して,多くの油井を抱えているアルバータ州政府は,露骨にクレチアンを批判し,上記のTVコマーシャルを流すほど積極的で強気な抵抗を見せているのである.

アルバータ州は,石油産業のおかげで他の州よりも潤っており州税も安い.エドモントンの人々は,はた目にはどことなくのんびりと優雅に暮らしているように見えるのも,その恩恵を被っているからに違いない.たとえば,資源産業とはほど遠いサービス産業でさえも,あまりヘコヘコと客にこびない態度が目立ち,商売の姿勢に今ひとつ緊迫感が感じられない.それでも,人々は広い敷地の大きな家に住み,かなりの日数の休日を楽しんでいるんだから,お金では換算できない内容も含めた平均的な豊かさは相当なもののように見える.そういうエドモントン人の生活を見ていると,日本人があくせく働いているのは一体なんなの?と悲しくなることもある.資源を持つ強みはなんといっても大きいのだ.

州政府の姿勢に反して,州民の意識は京都議定書に賛成のほうが優勢らしい.これはよそ者の意見ではあるが,アルバータ州政府も,企業側の利益の代弁者となるよりは,州民の意思を正しく汲み取って賢明な判断を下すべきではないかと思う.遅かれ早かれ,エネルギーや資源に関わる構造改革は世界中で進行することとなるはず.少しでもはやく,京都議定書にのっとった新しいコンセプトで生き残っていく道を模索しはじめた方が,結局は生き残れるのではないかと思う.

フランス系のケベック州とはまた別の意味で,アルバータ州も連邦から脱退して独立を模索する動きも起こってくるかもしれない.

9月27日
(金)

かみさんが,“エドモントンにいた時に宿舎の料理教室で知り合った日本人のホームページを見たよ”というので,探してみたらあった.アルバータ大の大学院で勉強している糸目夫妻のページ2/16に平塚氏のお宅であったパーティの際に名前は聞いていたが,このページを見るのは初めてで,もちろんまだ会ったこともない(たぶんどこかで遭遇しているに違いないけど...)

糸目夫妻のページは,私のような短期腰掛け気分の滞在記などとは違って,じっくりエドモントンに住もうという気概にあふれていて,日本人ための有用な情報も満載である.もっと早く知っていれば良かった.


Shaw教授に,“日本に帰ったらすんなり復帰できるの?”と言われて,糸目夫妻のホームページで紹介されていた“違和感アンケート”の件を思い出した.「海外に長くすんでいて,日本に一時帰 国すると感じる違和感」についての調査の一環として,空閑さんという方がカナダ在住の日本人相手に実施しているものだ.

私はまだ帰国していないし長期滞在でもないので,残念ながらこのアンケートに協力することはできないが,いわゆる“浦島状態”になったことはある.それは,言わずと知れた昭和基地抑留から帰国したときの話だ.その時の気持ちをShaw教授に説明するために,英語で浦島太郎を物語るハメになってしまった...おと姫様はPrincess Otohimeでいいんだかどうだか..でも,“浦島状態”と“違和感”とは意味が違うな...閑話休題.

一般的にアンケート調査には“現状把握型”とか“仮説検証型”などの手法があって,それなりに学術的な根拠にのっとった流儀が決められている.このアンケートの場合は研究の中でどういう使い方を想定しているんだろう?...なんて不粋な感想をついつい抱いてしまうのは,たぶん学者の病気みたいなものか...またまた脱線.

私としては,アンケートの質問事項を眺めているだけで,なんだか答えが出てきてしまっているような気もしないではない.アンケートの設問は多分に出題者の意向を反映してしまう.だからこそ,アンケート調査には目的意識や学術的根拠に基づいた設定が必要なのだが,ここではそのことを言いたいのではなく,出題者が直感的に本質を見抜いている何かが設問の裏に潜んでいるような気がする,ということを言いたいのである.

ということで,設問をじっくり眺めていて,私自身のこれまでのカナダ滞在の経験とも照らし合わせて,“違和感”に対する私なりの一つの解釈を見つけた.その内容については,私の滞在の結論とも絡んでくるので,明日以降の週末の課題としたい.まじめに取り組めば,たぶん社会科学の論文一本分くらいの分量になりそうな気配...すでに章立てと参考資料の準備はできている...

9月28日
(土)

さて,“違和感”である.

空閑さんのアンケートの設問を眺めていていると,“日本人の行動規範”に対して一時帰国者が感じる“違和感”が大半を占めていることに気付く.となれば,その違和感の源を探るには日本人の行動規範について考察するのが問題を解く鍵となるであろうと思うのである.


やや脱線するが,この“違和感”の問題を考えるのに良い参考となるだろうと思うエッセーを見つけたので紹介しよう.戦場カメラマン鴨志田穣が書いた,『本日は晴天なり』という文章だ.実はこのエッセーは非常に鋭い点をついていて,やや込み入った内容を手っ取り早く理解してもらうには格好の材料だと思う.

かいつまんで言うと,マイクテストで使われる「本日は晴天なり」というフレーズは,英語の発音で重要な音が過不足なく含まれているフレーズとして「イッツ・ア・ファイン・トゥデイ」がアメリカで使われていたのを,日本がただやみくもにそっくりそのまま真似をしてしまったものなのだという.同様に,日本は,ファッションでも文化でもなんでも“どうしたものか疑問を持つ事なく、全てを受け入れていてお話にならない”,というのがこのエッセーの趣旨.そして,“少しばかり彼らの本音を聞いておくと、後々、"本日は晴天なり"とならずにすむのではないだろうか。”と締めくくっている.

一言で結論を言ってしまえば,違和感とは,「イッツ・ア・ファイン・トゥデイ」の本音を知ってしまった海外居住者が,日本で「本日は晴天なり」と言っているのを見て,今まで何とも思わなかった「本日は晴天なり」が奇妙に聞こえてしまうようになってしまった状態だといえるのだ.


ただ,このマイクテストの事例だけでは“行動規範”ということまで論を一般化するのは飛躍が有り過ぎるように思う.私の考えを読者に理解してもらうには,もう少し解説が必要だろう.

物事には何事にも始まりが有り,その存在理由がある.人間の行動パターンにも,各人の育った環境や文化に応じた,始まりと理由が有る.特に公共の場における人々の振る舞いは,宗教・道徳・倫理観などに大きく左右される.この考えに疑いを持つ人はまずいないだろう.

私は宗教学者でも民俗学者でも社会学者でもないから,人々の行動規範の根源,なんていう課題は荷が重すぎるので,カナダ滞在中の野外調査旅行等を通じて感じ取ったことを述べてみたい.


短期の海外観旅行では,大都市や観光地を回ることが普通だが,それでは,その地の人々の行動規範の源に触れることは非常に困難だと思う.そういう場所はある意味でサブカルチャーが支配する場所なのであって,それに対応するコアな部分はもっと他の場所にあるからだ.“疑問を持つ事なく、全てを受け入れていてしまう”日本人観光客は,メインが有ってのサブなのに,往々にして,サブそのものをメインだと思い込んでしまうからよけいにたちが悪い.

私は,東京という場所も,かなりの部分で日本のサブカルチャーが支配する場所だと思っている.残念なことに,ほとんどの情報は東京から,しかもサブをメインだと思い込んでいる人々の手によって発信されているので,それを受け取る日本全体もが,誤った思い込みをさせられている.

しかし,実際に政治の裏舞台を見てもらえば分かるように,日本のメインの部分は薩長にあるのであり,農村部にあるのであり,地方の社会に存在しているのだ.マスコミがたたきたくなるような政治家の行動や発言は,彼等が無能だということだけからは出てくるはずがない.その行動や発言を導く日本のコアな部分が確実に存在しているのである.

このことは,アメリカもカナダも変わりはない.アメリカの本当の開拓魂は中西部で生きているのであって,西を目指した果てのカルフォルニアという楽園にあるのではない.カナダの本質もオンタリオだけにあるのではなく,ケベックにも,移住者にも,アボリジニにも,農村部にも,油田地帯にもあるのである.

そういうコアな部分に共通することは,家族の絆・家庭内の躾・宗教的倫理観といたものが人々の行動規範を大きく支配しているということだ.中央からの一方的な情報によって誤った思い込みをさせられている日本では,この傾向はかなり薄れてきているが,米国やカナダではまだまだ健在であるような感じを受ける.

ローレンタイド氷床の末端部を旅行していた時に,一見のどかにみえる田舎の街に潜む閉鎖的な雰囲気や人種偏見を肌身で感じる思いをした.その帰りの飛行機の中で“Majestic”という映画を上映していた.癒される映画とか感度の映画として評判なようだが,私はそれを見ているうちに,一気に訪問地での感触が吹き出して,この映画には思いのほか嫌悪感を抱いてしまったのである.今となっては,あの映画が米国のコアを表現しているのであれば,そういうものなんだ,と割り切って考えることができるようになり,嫌悪感もやや緩和されている.映画の主人公が,ハリウッドというサブカルチャーの世界で,赤狩りにおわれた有名人だった,という背景も,如実にサブとコアの対称性をあらわしていておもしろい.

余談になるが,とらさん映画は日本のコアな部分をよく表現していると思う.Majesticの主人公は,記憶を失った状態で“とらさん”として町の人々から快く受け入れられたのである.“とらさんは実は,記憶を失ったビックスターでした”なんて展開になっても,赤狩り裁判で柴又の人情を訴える人に変貌していたら,やっぱり日本人も納得する映画になるんじゃないかな.とらさんを演じている時以外の私人としての態度をみていると,渥美清という俳優は,そのことをよくわきまえていた立派な日本人だったに違いないと思う.


まだまだ書きたいことは有るけれども,要するに“違和感”とは,確固たる根拠に裏打ちされた(ある種合理的で宗教的な)米加人の行動規範に慣れ親しんだ日本人が,日本に帰ったとたんに,あやふやで不合理な日本人の行動に疑問を抱く現象なのである.彼等はきっと心の中で,“あななたちの行動規範はどこにあるの?”と日本人に問いかけているに違いないのだ.

世界の一員の日本人として活動するため,また健全な日本社会の成立のためには,他に惑わされることなく,自分の行動を律する規範を自覚し,それを尊重し伝えていくことが求められていると思う.

9月29日
(日)

冷たい雨.紅葉見物に行く予定はお流れ.家の中にこもっていても気がめいるだけなので,掃除と洗濯をすませてから,ショッピングセンターに徒歩で買い物に出かける.

店頭はハロウィン一色.カボチャの装飾や子供に仮装させる着ぐるみが売られていた.息子がいれば,着させてみたいなあ,と思う面白いものもある.こんなのはどう

9月30日
(月)

今日も冷たい雨.色付いた木々や落ち葉が雨にしっとりぬれる情景もなかなかおつなもの.

エドモントンにもたくさん店舗を展開している“IKEA”という家具屋さんの宣伝で,どうにも好きになれないTVコマーシャルがある.いつかこのことについて書きたいと思っていたら,その動画を置いているサイトがあった. 今日のようなしとしと降りの雨の中に打ち捨てられた電灯の物語である.まあ,あれこれ書くより見てもらった方が早い.

さて,これ(要QuickTimePlugin)を見てどうお思いになるだろうか.日本じゃ受け入れられないだろうなと思うが,いかが?

実は,これには別の家具バージョンもあって,それもなかなか醜悪な趣味.北米って,やっぱり消費・使い捨て社会なんだと実感する.でもまあ日本の実態もさして変わりあるまい.

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