Takanobu Sawagaki沢柿教伸

Takanobu Sawagaki

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flag.gif エドモントン滞在記
2002.10.16〜10.31
10月16日
(水)

うららかな小春日和.

日本版Switch”がはじまった模様.比較広告っていうとなんだがエゲツナイ印象があるが,Real Peopleに限っては,“表情豊かに好きなことを熱く”語っている姿に素直に好感が持てる.良い出来だと思う.日本の巷でどのような反応があるかも楽しみ.ところで,菊地桃子さんって,なんだかとっても印象的...いろんな意味で...


Asahi.comの「ニュースの本」というページで,「大学幕の内」の著者でもある清水建宇氏が,なんとも的外れなことを言っている.ノーベル賞って別格なんだ,ということが分かってないねえ,チミ.

大学幕の内」の時からそうだったが,清水氏はよっぽど,インパクトファクターで“個人”を評価したくてたまらないようだ(1/11参照).すでに何度か書いたように,ISI等のデータベースやインパクトファクターの正しい使い方というのは,あくまでも,注目されている研究を知り,その動向を把握することにあるのであって,人を評価するためにあるのではない.

実際,今回のノーベル化学賞だって,インパクトファクターからすれば,ドイツの研究者のほうが田中氏よりもずっと高かったはずだ.もし,ノーベル賞の評価にインパクトファクターが用いられていたとすれば,それは,“タンパク質分析という研究”の重要性を見いだすのに用いられたのであろうことは容易に想像が付く.その研究の科学界への貢献度を知らしめるには,ドイツの研究者の論文がハイインパクトであったことが非常に役に立ったであろうことも明らかだ.でも,ノーベル賞を受賞したのはドイツの研究者ではなかったよね.

清水氏は,“ハイインパクト研究者の上位からノーベル賞受賞者がでることを予想できるし,その評価法は理にかなっている”と述べているが,それはいわゆる“十分条件”って意味では理にかなっているけど,“必要条件”ではないんだよね.“集合の論理”をもっと勉強したほうがいいんじゃねえの?だいたい,競馬じゃあるまいし,予想が的中したところでどうなるってもんでもないじゃない.

独法化の流れの中で,大学教官の評価にISIが導入されようとしているのは致し方ないことだと思う.しかし,ノーベル賞の崇高な評価法と独法大学の下俗な評価法とを同列に置いて議論することだけはかんべんしてほしい.せめて,ノーベル賞は別格,という聖域だけは汚さずに残しておいてもらいたいのである.


図書館で雑誌をめくっていたら,“Geomorphology and the World Wide Web”(Shroder, J.F et al. 2002 Geomorphology, Vol.47, 343-363)という論文に目が留まった.研究・教育におけるIT技術の光と影,GISと地形学,Web情報の利用の実際,といったところが主な内容.

一通り読んだ感想.“なんだ,この程度のことなら,私の滞在記に全部書いてあるじゃない”...でもまあ,よい資料にはなるわな.一応,当講座の院生は必読ね(どっちを?って,そりゃ両方に決まってる).

10月17日
(木)

なまあたたかい曇天.

Shaw教授から,“滞在中の成果をまとめてレポートにしてくれ”と頼まれる.事務的な内容をつらつらと英語で書いていたら,どうしても滞在記の「あとがき」を書きたい衝動にかられた.

というわけで,この滞在記が終わった後にわざわざ見にくる人もいないだろうから,一足早いけど,あとがきを掲載することにする.まだ残りの滞在で書き足したいことも出てくるかもしれないので,固まった内容ではないけど,とりあえずということで.


昨日書いたノーベル賞の評価について,こんな意見もあることを紹介しておこう.

  • 企業も国もノーベル賞によって慌てて評価を見直し、報償を後付している。だがこれは、情けない姿である。ノーベル財団の選考委員会が評価した後で、態度をがらっと変えたのでは、自ら考え判断し評価できないことを示しているからだ。
  • いま先進工業国の企業が求められているのは、いいものを作ることではない。技術革新の行方を洞察して研究開発する力量が問われているのである。技術は確立されればどこへでも移転され、モノ作りの競争力はなくなるからだ。
  • このように考えると島津製作所は、千載一遇のチャンスを見逃したのではないだろうか。偶然から生まれた田中さんの技術を正当に評価し、...

...等々の指摘はごもっとも.でもこれらは企業への注文だよね.それじゃ,独法大学の評価の持つ意味ってのは,一体何なんだろうねえ?少なくともこれまでの議論やTop30の実情をみていると,我々研究者の業績は“自己申告制”だから,ノーベル賞のような“発掘型評価”は期待できそうにない.ましてや清水建宇氏のような“下馬評型”なんてのはとんでもない話だよね.

10月18日
(金)

“weblog”とか“web日記”とか呼ばれるものが最近注目されはじめていることを知った.すでに学術的な研究対象にしようと言う動きもあるらしい.

昨日から手を付けはじめた「あとがき」を書きながら思ったんだけど,自分の滞在記は,日本web日記学会のページにある基調報告論文の分析内容にすっぽりハマッていることに気付いた.いや〜,なんと,時代の最先端を行っていたわけですな,わたし.


今日はまったく科学的ではない話.どうでもいい人は忘れて下さい,この話.

前世紀末だったか今世紀初めだったかのある夜,テレビで大予言特集のような企画をやっていた.もちろん私は科学者としてオカルト系には懐疑的だし,予言や占いは信用していない.当の番組は比較的近未来のことを占う企画だったので,その内容を覚えていれば,予言が当たったどうかを自分自身で確認することができる.予言者をからかうネタにもなるだろう.そう思って,番組中の占いの一つを覚えておくことにした.

いくつかの占いや予言があった中で私が覚えていたのは,ある女性の占い師が予言していた以下の内容.

ーーー“今はまだ知られていないが,21世紀初頭に,今後の人類の危機を克服する鍵を握る指導的人物があらわれる.その人は,田中と言う名前の男性で,北陸から近畿にかけて住んでおり,皆から先生と呼ばれる”ーーー

故郷の北陸に出現かあ,とか,“田中”とはずいぶんありふれた名前だなあ,とか,先生と言えば政治家もそう呼ばれているなあ...といっても北陸の大政治家“角栄氏”はもうこの世にいないし,娘の真紀子じゃ女性だしなあ?,とか,世界や人類を救える日本人って本当にいるの?,など,いろいろ思いを巡らせる余地のある印象深い予言だったので,思いのほかよく覚えているのだ.

さて,もうお分かりのことと思うが,ノーベル化学賞を受賞した田中氏って,これにドンピシャリじゃない?

予言や占いは,あとからどうにでも解釈できる曖昧性を多分に含んでいるものだということは承知している.人は皆,こうして罠にはまっていくんだな,と思ったりもする.そこで,占いや予言に騙されてしまう心理について調べてみたら,“予言を正確に記憶していたつもりでも,結果が出たとたんに記憶内容が都合のいいように変化してしまう可能性もある”,ということを知った.

過去数年間にわたって心の中に留めてきたこの予言.その内容は覚えているんだけど,放送していた局や番組名,それに予言者の女性の名前は覚えていないんだよねえ...できればもう一度,あの番組を見て確かめてみたい.この番組のことをみた覚えのある人はどこかにいないかなあ?

いろんな意味でちょっとゾッとする体験だったので,紹介してみた.忘れて下さい,この話.

10月19日
(土)

霧雨.早起きして,掃除・洗濯すませた後,レンタカーを借りにダウンタウンまで出かける.

午後,撤収の手伝いのため,妻がエドモントンにやってくる.Shaw教授と空港まで出迎え.預けた荷物が出てこないので,自宅に届けてもらう手続きをして帰宅.ほとんど深夜になって荷物が届く.

久しぶりに,妻が持参した西山ラーメンを味わい,感激する.

10月20日
(日)

今日も霧雨.今回は妻の代筆.

Shaw教授宅に夕食におよばれ.家に上がるとすでに暖炉がパチパチと冬の始まりを告げていた.

私はあまり語学が得意ではないのでいちいち夫に通訳をしてもらうのだが笑いが一人遅れてしまいちょっと恥ずかしい. 夫人お手製デザートのキャラメルプリンは絶妙な味で感激.いつも夫人の手料理はおいしい♡これが最後と思うと寂しい気がした.

帰りがけには思いがけずプレゼントをいただき,恐縮してしまった.中身はアルバータ大学のベストだった.大事に着ようっと. 息子にはサッカーボールをいただいた.お礼とお別れを告げようとしたら不覚にもウルウルしてしまう.

あーあ英語が思いどおりに話せたらなーとこの時ばかりは真剣に自分の語学力のなさを恨んだ.本当に一年間お世話になりました.

10月21日
(月)

朝起きたら一面の銀世界.まだ葉が残っている木に積もった雪が,風に揺られてハラハラと舞い落ちる様子を見ていて,気が沈んでしまった.

妻と河畔の公園へ出かけたが,全く人気がなく,またまた気が沈む.

土産物を探しにウェストエドモントンモールへ移動して,ようやく気を取りなおす.

10月22日
(火)

マイナス6度まで冷える.

短い滞在を終えて妻が一足先に帰国.すっかり里心がついてしまった.なんだか鬱.

お茶の時間にShaw教授と話していて,アルバータ大の地球科学科では,モデリングができる学生を育てるため,あたらしいカリキュラムを検討しているという話を聞く.フィールド研究者とモデラーとの関係について,あれこれ議論があるとかで,“日本はどう?”と質問される.

もういっぱい話したいことがあったんだけど,思うように言葉が出てこなくて歯がゆい思いをする.“フィールド屋と仲良くできるモデラーを育ててください”,というのが精いっぱいであった.教授もこの意見には大賛成ということで,ちょっとほっとする.

話はとんで,Shaw教授が今日の講義で空中写真の実体視の実習をやったということから,“平行法とか交差法とか,裸眼で実体視できる?”と聞かれる.もちろん答えはイエス.教授はこれができないらしく,悔しがっていた.

そういえば,撮影時間の違う写真の実体視で時空を感じてみよう,というような面白い話題を提供しているページがあったことを思い出す.ブックマークから探し出して久しぶりに見てみたら,“人口密度と夜の光”なんていう興味深い話題が追加されていた.

ステレオグラムってのは,第六感みたいなところがあって,結構面白いよね.実体視できないひとにはぜんぜんつまらないけど...

10月23日
(水)

日本への小包を出しに郵便窓口に行き,国際山岳年の記念切手が発売されているのをみつけた.切手だけじゃなく,装丁も凝ったつくりになっていて素敵なデザイン.ちょうどよいお土産になるな.

仕事の後,Shaw教授のWindowsの不調を修理してくれと頼まれてお宅に出向く.Ad-awareでSpy wareとよばれる怪しげなバックグラウンドソフトを検出して削除.これで一応不具合はなくなった模様.お礼に夕食をご馳走になって帰宅.さすがにSwitchを勧める勇気はなかった.でも,Windowsってほんとやっかいだよね.

深夜,うっすらとオーロラが出る.満月に近い月の明かりがじゃま.氷点下の気温でずっと見ているのも結構きつい.

10月24日
(木)

午後,定例の講演会で,ロンドン大のAndrew C. Scott教授による“Danger in Paradise: The entombment of vegetation by pyroclastic flows from the recent eruption of the Montserrat Volcano”という話を聞く.火砕流で燃えた木材から,火砕流や降下火山灰の温度環境を復元しようとしている研究.

話では,火山灰層中での炭化材の形成には,焼かれた温度や高熱にさらされた時間,および火山灰で封印された状態での酸素の条件が重要なようで,その関係を示すダイアグラムはまだできていないということだった.こうした炭化材の生成環境についてはまだ分かっていないことが多い,というのは意外だった.

炭化過程というのは,一種の変成作用なんだよね.だから,温度・圧力・水分・酸素の状態が重要なファクターになるという点で,議論としては変成岩のアナロジーが使える.そういえば,よく『鉱物資源』というけれど,鉱物の定義には“無機質であること”という条件があるんだよね.だから,有機物を含む石炭や石油は厳密には鉱物じゃない(“地下資源”というのならいいのかもしれないが).ただし,グラファイトやダイヤのように完全にCだけの結晶になってしまえば鉱物になる.そう考えると,有機物から無機物への変化というのも,なかなか面白そうなテーマだと思った.


高校生の時,物理の先生に,“大学で理系の教授達とうまくつきあうコツ”というのを教えてもらった.それは,「ドイツ語,囲碁,団子」の『三ゴ』ができること,というものだった.

私は,中学のころからへぼ囲碁をやっていたし,団子は好物の一つである.残る独語は,物理の先生のアドバイスに従って,大学に入る時に迷わず第二外国語として選択することにした.残念ながら,実際に『三ゴ』が教授とのつきあいで役に立ったという感じはしない.現在のつきあい方からすれば,ジョギングやカラオケができたほうがよっぽど効果的だったのではないかと思う(でもこれは一般的には通じないだろうな...)

独語に関しては,ドッペルとかエッセンとか,大学内で使われていた学生言葉みたいなものにも独語が多用されていたし,何よりも,山岳部で古くから歌い継がれているドイチェンリートを歌うのに役立った.逆に,独語の試験の時に,覚えていたドイチェンリートに助けられたりもした.今から思えば,その歌の大半はナチス軍歌だったりして,あまりおおっぴらに歌えるしろものではないのだが,「眼下の敵」や「Das Boot」などの戦争映画の中でドイツ人が歌う軍歌に知っている曲があったりすると,俺も歌えるぞ,なんて思ったりもして,連合軍サイドとは逆の立場で映画をみる素養にもなったと思う.

そんなドイチェンリートの中でも異色だったのが「リリーマルレーン」.敵味方を問わず多くの戦場兵士達に歌われた曲として,他の軍歌とは違った評価が与えられているので,これだけは人前でも気兼ねなく歌うことができる.もちろん私は独語バージョンをしっかり歌える.同室のクリスに聞いたら,“そんな歌しらない”ということだったので,独語圏の人でも若い世代はほとんど知らない歌になってしまっているようだ.

その「リリーマルレーン」の作者が最近亡くなったということで,追悼文が10月24日付けの天声人語に掲載された.私としては,上記のような思い入れもあったので,この天声人語について何か書こうかな,と思っていた.その矢先,どうもこの天声人語が「盗作」すれすれのものなのではないか,という疑惑が持ち上がっていることを知った.その疑惑の元ネタは,なんとあの2ch

疑惑の焦点は,天声人語の文末にある『...と英タイムズ紙は「追悼」している』の一節.文章全体が英タイムズ紙の丸写しに近いのに,最後の文章だけを英タイムズ紙から引用しているように読めてしまうのだ.

まあ,2chはいろいろたたかれているけれども,時にはハッとするような議論もされていたりして,侮れないところも多い.今回の盗作疑惑についても,冷静な分析がされていたりして読みごたえがある.私に言わせりゃ,英文を日本語で書くことを盗作というのはなかなか難しい面もある,という判断になるかな.どこまでがそっくりか,なんて,日本語と英語で比較するのはほんとに難しいからねえ.そういう意味では“天声人語には英語版もあるんだけど,それがどうなるのか楽しみ”,なんてのは面白い指摘だと思う.

それにしても,最初に気付いた人はすごいよなあ...院生もこれくらいの読解・分析能力があるといいのに...

10月25日
(金)

滞在も残すところ数日となり,電子データーの整理とバックアップCD-R焼きに忙しい.

ハードディスクからMOやCDにデータをバックアップするたびに,これらの記憶媒体がいつまで使えるだろうか,と心配になる.VHSのように時間とともに質が劣化していくことを恐れているのではなくて,MOやCDに記録された内容を読み出すことができるハードが,いつまで存在するだろうか,ということを危惧しているのだ.

これはそんなに行き過ぎた危惧だというわけでもない.実際,観測データを5inchのフロッピーディスクに保存しっぱなしにしていて,気付いた時にはそれを読み出すハードがなくて困った,という事態も体験したことがあるからね.

ところが,世の中にはたいした人もいるようで,“古いコンピューターを宝の山に変える新ビジネス”というのがあって,古くなったコンピューターを取り扱って,データ変換から古いコンピューターの貸し出しまで,さまざまなサービスを行なって儲けているとか.この記事にもあるように,Macって,古くなるほどに高値がつきそうなパソコンの一つだよね.将来も古いハードが残される確立が高いという意味でも,Mac使いでよかったなあ,と思う.

この記事を読んでいて,3/19に書いた“The stolen sequence”の一件を思い出した.地理学がフロッピーディスクと同様の運命をたどらないことを願うのみ.

10月26日
(土)

おそらくエドモントンで最後となるだろう洗濯にでかける.数日前に,読了した本や不要な衣類をランドリーのドーネーションコーナーに置いた.今日みてみたら,本はすでに誰かの手に渡った様子で,私が置いた衣類のいくつかもなくなっていた.それも,PatagoniaのフリースとかNikeのトレッキングシューズとかのブランドものばかり.ここの住人は目ざとくも必死に生きているんだな,と思った.ともあれ,不要品が再利用されてなにより.

夕刻,Shaw教授夫妻・Rob Young夫妻・Don Kvill夫妻の招待で,私のさよなら会を開いてもらった.場所はダウンタウンのイタリアレストランで,結構まともな料理.おいしく頂く.

PA260024.jpg Young氏は写真が趣味で,プロ並みの腕前.7月末に調査旅行に行った折りに彼が撮った写真をプレゼントしてもらう.赤く染まった夕暮れのDinasaur Parkの絶景を背景に,Shaw教授と私が物思いにふけっているシーン.よくこんな色がだせるな,と思うほど美しい赤だ.

Dinasaur Parkは,後氷期の侵食によって形成された壮大な渓谷で,中生代の地層が露出している.そこから大量の恐竜の化石が見つかるわけだ.

昔,あるドケチで強欲なスコットランド人がいた.あるとき彼は5セント硬貨を落としたのだが,それがどうしてもあきらめられず,そこらじゅうを掘りまくって,5セント硬貨を探した.彼が掘った跡がDinasaur Parkの渓谷である.カナダには,こういうジョークが古くから伝わってるという.

Young氏にいただいた写真には,以下のようなタイトルをつけようと思う.
“Two pseud-creationists wondering where is the nickel a Scots' man had lost”

10月27日
(日)

今日から冬時間.今までより1時間遅れとなり,日本との時差は16時間ビハインド.

一年間住んだ我が家の整理もすっかり終わる.普段の生活では撮ることのなかった平凡な風景を記録しておこうと思ったのだけど,天気がいまいちで,良い写真にならない.ちょっと残念.

夕方,教授チームのインドアサッカーの開幕戦を観戦.5-4で辛勝.まずまずの滑り出し.

細かい雪が降り出す.明朝は大雪になるだろうな.なんだか,一年がひとまわりしたことをしみじみと感じる夜である.

10月28日
(月)

やっぱり大雪.道路はシャーベット状の雪でベチャベチャ.

本日で大学に出てくるのも最後.午前中に,アルバータ大で林学を学んでいる武田さんとお茶.12月には,彼女も4年に渡ったここでの生活を終えるということ(糸目夫妻のページにコメントあり).いきいきとした彼女の調子にのせられて,思わず話がはずむ.


ITの専門家を投入して電子政府予算の大幅削減目指す”というニュースは,ひさしぶりに“おっ!これは”というものだ.

たしかに,今までは“IT音痴の役人が企業の言いなりになって大枚を搾取されていた”という,ほんと情けない状態だったからねえ...政府関係のホームページだって,“紙ベースの情報源と重複した情報提供のウエブサービスにとどまっている”し,センスは悪いし見づらいし,で,最低だもんね...例の小泉メルマガも,億単位の予算で運営されているという話だけど,MLサーバーだけでなんでそんなにお金がかかるのか,全く理解できないし...

一方,カナダは,“電子政府の充実度で今年度の世界一になった”というだけあって,ものすごく良くできている.今回の滞在に関してホームページで情報を検索するたびに,その分かりやすい構成と飛び抜けたセンスの良さ等には感心することしきりであった.


夕刻,Shaw教授宅に最後の晩餐におよばれする予定.

明日はいよいよ帰国の途に就く.帰国道中については日本に着いてから更新するつもり.それまでみなさんごきげんよう.

10月29日
(火)

30日
(水)

マイナス15度の朝.宿舎の管理事務所に鍵を返す.

Shaw教授夫人に車で空港まで送ってもらい,夫人とはカナダ風の抱擁の別れを告げて,エドモントンを後にする.

バンクーバーまでの空路は,やや雲が多かったが,新雪をかぶったロッキーの山並が良く見えた.日本への国際便は特にこれといったこともなく,非常に退屈な飛行.日付け変更線をまたいで30日の夕刻に帰国.

“帰国直後には日本にいろいろ違和感を感じるかな”,と期待していたけど,実際はそんなことは全くなく,予想に反してなつかしさがいっぱ込み上げてきた.アマデウスのサリエリではないけれど,“おお,親愛なる庶民たちよ...日本の庶民も結構いけてるぜ”ってな感じで,なんだか,いとおしさすら感じてしまった.

やっぱり日本はいいよ.

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