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エドモントン滞在記 2002.7.1〜7.15 |
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7月1日 (月) ![]() |
今日はCanada Day.カナダの建国を記念する日で,135年目にあたる.
ずっと前にも書いたけど,“日本人には郷土愛はあっても愛国心はない”というのが私の持論.庶民感覚的には国よりは郷土への帰属意識のほうが強いのだ.この見地に立てば,カナダ人は郷土よりも先にまず国家への帰属意識があり,そのため郷土愛と愛国心が一体になっていると解釈できる.この違いは,なんと言っても,それぞれの国の持つ歴史の長さに由来しているといってもよいだろう. 同じ英国連邦にあって,カナダの対極にあるのが宗主国の英国本土だ.北アイルランドやスコットランドの人々は,英国民である前に,アイリッシュだ,スコッティッシュだ,というのをしばしば耳にする.歴史もあるだけに,その感覚は日本人の私にもよく理解できる.そういうこだわりがまだ残っているからこそ,国名も「王国連合」として,それぞれのアイデンテティを損なわないように配慮しているんじゃないだろうか. 日本も英国と同じで,たくさんの郷土の集合体と言う意味で,連邦や連合国という形態にしたほうが実態をよく反映したものになるのではないかと思う.理想的には,日本を江戸時代の藩ぐらいの単位の自治政府に分けて,それらの連合国家にしたら良いのではないかと個人的には考えている.だが,日本では,連合・連邦・道州制が実現する可能性はまずない. 一方で,小泉内閣のかけ声の元,“平成の大合併”と呼ばれる地方自治体の合併の動きが盛んなことも確かであり,その動向は非常に注目していることの一つである.合併問題で私が一番気掛かりなのは,アイデンテティの問題である.日本人は国家への帰属意識が薄いだけに,郷土を具現化している地方自治体の構成をいじくることは,下手をすると帰属意識の崩壊を招き,根無しの日本人を大量につくり出してしまう結果にもつながりかねないからだ.合併で行政的な効率はあがるかもしれないが,自治体=郷土の本質は生身の人間であることを忘れてはいけない.合併論議には,歴史的な経緯や住人の帰属意識,合併で大きくなったもの同士の相互関係などの問題が十分に議論される必要があると思う.日本という国家の本質はそうそう簡単に変わるものじゃ無い.将来に禍根を残さぬためにも慎重な対処が必要だと思う...閑話休題... とにかくカナダは若い.この若さで先進国G8入りしているのはたいしたものだ.いろんな問題はもちろん抱えているにせよ,今日の盛り上がり方を見ていると,いろんな民族が一つになって自国を支えていこうとする気概に満ちていることが実感できる.和人にとっては新しい土地である北海道から来ると,そのカナダ的なノリがなんだかとってもよく理解できるんだなあ. |
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7月2日 (火) |
Asahi.comで「ブロードバンド雑誌」なるものを紹介していたので,そのページを実際に体験してみた. これははっきり言って衝撃物.まさにWeb上に雑誌が出現しているのである.その読みやすさは,本物の雑誌のページをめくる感覚が味わえて,PDFなんか比じゃない. モバイル端末がもっと発達して,高速ワイヤレス通信が普及すれば,きっとこの形態は普及すると思った.なんだか近未来の片鱗を見た気がする. |
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7月3日 (水) |
低温研の氷河Gの掲示板に山口氏が投稿していた記事に思わず反応してしまった.その元ネタは,Bjorn Lomborg氏著の “The Skeptical Environmentalist: Measuring the Real State of the World [懐疑的な環境保護論者]”(Cambridge University Press, UK, 2001)という本である.“なにそれ?”というひとは,山形浩生氏の解説が日本語で読めるので参照されたい. 私やShaw教授が日常的に抱えているドラムリン論争に関する問題や,Scablandの論争について考察している関係で,“科学論争”というものに非常に感心を抱いているところ.同じ科学論争という意味で,「懐疑的な環境保護論者」に関する最近の動向についても注目していたところであった. 山口氏の投稿内容では,日経サイエンスになにかしらの記事が載ったようではあるが,意外にも,欧米でのこうした論争が日本ではあまり知られていないことが多い.こういう論争の存在が表に出てこないというのは,日本の石器捏造事件とEarly American論争との対照的な関係(3/1)にも見られるように,国民の科学リテラシーを育成する上で,非常にマイナスに働いていると思う. かといって,私は論争を奨励しているわけでもない.「懐疑的な環境保護論者」論争では,意図的ともとれるネガティブレビューが大衆紙に掲載されることで,一方的な攻撃が公衆の面前で正当化されている可能性がある.また,一般大衆にはほとんど関係のない科学論文の査読にしても,対立する仮説への“一見合理的”仕打ちがあることは,自分自身の体験でよく知っている.科学者同士でやり合っているうちはよいが,一般大衆の面前で行われることを前提として論争が展開されると,科学的純粋性が損なわれる危険性もあるのだ. 「懐疑的な環境保護論者」のような,現在の最もホットな“環境問題”に関するテーマは,政治的・宗教的・感情的な反応も排除できず,私が取り組んでいる第四紀の地形発達のようなどうでもよい研究以上に難しい側面を備えている. 札幌で私が所属する講座は,今年度から,自然保護やガイドの指導者を養成する目的の新しい大学院コースを開始した.当然,「懐疑的な環境保護論者」ぐらいは読んで議論すべきだと思うのだが,正直なところ私には,教官としてこれをまともに扱う自信がない.一度UAの図書館から借りてきたものの,なんとも頭に入りにくい英語で,全遍の精読をあきらめてしまったという恥ずかしい経緯もある.こういう時は,母国語で議論できることの重要性を改めて感じるんだなあ...英文読解からの逃避だと責めないで...翻訳が出ることは大いに期待したいところ.山形氏も書いているが,翻訳に際しては様々な配慮が必要な本だとも思う. 大学院教育で扱うとして,今の私に最低限言えることは,議論の筋道や正統性の評価力,あるいはトンデモ科学や疑似科学等との区別をつけられるだけの判断力を養っていくことだろう.実はこれがなかなか,一番難しい部分だったりする. 全く変な例えになるが,W杯の偏向報道や大本営発表に対する日本国民,特にネット上での議論に参加している人々,の動向を見ていると,日本人の批判的精神もまだまだ捨てたもんじゃないな,と思えることもある.それをどうやって影響力に発展させていくか,というところはまだ問題が多いとは思うが... |
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7月4日 (木) |
米国独立記念日でテロ攻撃が懸念される中,一時帰国していた妻子がエドモントンに戻ってきた.Shaw教授は我が息子に一目会いたい,と空港まで一緒に出迎えに行ってくれた.なんとありがたいこと. ということで,明日から数日間,ジャスパーに家族旅行に出かける. 暇なときに巡回するWebサイトイの一つでこんな旅日記を見つけた.私としてはそろそろ,こんな温泉旅行もいいなあ,と思う頃だが,カナダはこれからが夏本番で稼ぎ時.日本を懐かしく思っている暇などない.存分にカナディアンロッキーを満喫してくる予定. |
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7月5日 (金) |
午前中にエドモントンで買い物をすませて,一路ジャスパーへ.
西へ向かうハイウェーはこちらに来てから初めての道.ロッキーの峰が見えてくるまでは非常に単調で,眠気との闘いになる.
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7月6日 (土) |
ジャスパー・トラムウェーというロープウェーから,アサバスカ川の谷とジャスパーの街を一望する. ジャスパー周辺は谷が広く標高も低いので,バンフやレイクルィーズ周辺と比べて開けた感じがする.
しかし,子連れというのは,なかなか思うように行動の予定がたてられず,大人のペースで物事をすすめられないので大変.一昨年にスイスで白岩さんがぼやいていた気持ちも分かるような気がする. |
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7月7日 (日) |
宿泊地は,一応,世界的なリゾートロッジである.ゴルフ・乗馬・ボート・カヌー・ハイキング等,基本的には,この敷地内で全ての休暇生活を完結できる.
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7月8日 (月) |
朝方から雨.ジャスパー市街にあるイエローヘッド博物館を見学して帰途に就く. 帰路もずっと雨.これだけまとまって降るのもめずらしい. |
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7月9日 (火) |
ウェストエドモントンモールで一日を過ごす. |
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7月10日 (水) |
非常に暑い一日.家の中より外の木陰のほうがずっと涼しい. 「空調が発達して東京では感じられなくなった“暑さの中の冷涼感”がここにはあるね,なんだか懐かしい」 とは妻の言. |
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7月11日 (木) |
今日も30度を超す暑さ. 午後,妻子が一足先に帰国.在外派遣期間が終わるまでヤモメ暮しとなる予定. |
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7月12日 (金) |
夜になっても気温が下がらない.ニュースでもトップに近い扱いの異常な熱波だ.乾燥の度合いもハンパではなく,野火に注意するよう呼び掛けている.今はまだそれほどでもないが,8月にかけて蚊の異常発生が予想されていて,例年の100倍という見積もりも出されている. 暑くてなにもする気が起こらないので,木陰で読書(半分昼寝)を決め込んだ一日. 深夜,涼みに庭に出たら,みごとなオーロラが舞っていた. |
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7月13日 (土) |
曇り.全く風がないので暑さがこもる. 妻子がいた期間は,例によってレンタカーを借りていたので,自家用車のある便利さをすっかり覚えてしまった.それじゃ車を買おうか,と思ってみたところで,保険やメンテのことを考えると,レンタカーが今の自分の状況には一番合っているような気がする. 自家用車は,生活必需品であるにもかかわらず,メンテにはある程度の技術と知識が必要である.いろいろ聞く所によると,カナダでは自動車の修理を業者に任せても,一度では満足に治らないそうだ.業者がこの調子だから,ユーザーとして,車に関して多少の修理技術と知識があって,自分で修理してしまう人が多いらしい. カナダの修理屋に技術者としてのプロ意識がないのか,それとも客商売としてのやる気がないのか,その理由はよくわからない.しかし,世界的にみれば,カナダのこうした事情は決して特殊なわけではない.むしろ,ほとんど知識の無いユーザーでも常に良好な状態で車を維持できている国は日本くらいなものだろうと思う. まあ日本の場合は,“車検制度”なんてもので,業者にメンテしてもらうことを法律で強制し,それで車の状態を維持させられているという面もあるが,それでも,業者が比較的良心的に修理してくれることを考えると,ユーザーと業者とは,まあまあの関係にあると言って良いのかもしれない.一方で,自分の運転する車のメカを知らなくても運転できてしまうことが,はたして良いことなのか悪いことなのか,という問題は残る. さて,ここ数年,パソコンが生活や業務の中で必需品としての地位を築きつつある.ところが,ハードにしてもソフトにしても,メンテの負担はなかなか軽減されない.メーカーやリテーラーが信用できなければ,ユーザーは自己防衛策として自らのスキルを磨かざるを得ない.このような状態の中から,カナダ(だけではなくて日本以外の諸外国)における車のメンテ事情のように,自分でパソコンを組み立てたり修理したりできる“パワーユーザー”と呼ばれる人々が多く育ってきた. しかし,この先も“パソコンを使える=トラブルを自前で克服できる”という状態が続くようなら,“パソコンが使えないと生きていけない”という時代は,“パワーユーザー”になりきれない大半の人々にとっては辛い時代になることは必至である.自家用車と違って,これまでのパソコン業界は黎明〜普及期ともいえる時期だった.その中ではパワーユーザーは業界の批判的応援団みたいな位置付けとして,全体として業界の活性化に貢献してきた.しかし,これからはそうではない.メーカーやリテーラーが信用できないユーザーの自己防衛策として,パソコンメンテのスキル向上を期待するのは,むしろ後ろ向きな姿勢でしかない. 車検制度は,一般ユーザーから車のメンテのスキルを奪ったと同時に,ユーザーをメンテの負担から解放する役目も果たしている.その代わり,それ相当の金銭的負担をユーザーに強いていることも確かだし,メンテ業者の利益を保護する役割も果たしている.パソコン業界に車検のような制度ができるとは思わないし期待もしていないが,ユーザーをメンテの負担から解放することは,性能やスピードの向上以上に優先させるべき事項だと思う. 問題は,パソコンのメンテにかかる金銭的な負担をどこまで覚悟させるか,ということだろう.その点で,車検制度にかかる金銭的負担は,それほど国民的に疑問視されている様子は無い.知らない間に当然のこととして車検制度を定着してしまった,かつての日本の官僚の優秀さを見る思いだ.一方,日本の車検ならとても通りそうにないボロボロの車でも平気で走っているカナダの様子を見るにつけ,車検ってほんとに必要なのか?と思ってしまう.また,カナダの車メンテ業者の不真面目ぶりは非常に不可解な現象だし,パソコンのメンテ事情などを重ねあわせてあれこれと考えていると,ホントは何が最善なのかよく分からなくなってきた. |
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7月14日 (日) |
やや暑さがやわらぐ.掃除と洗濯をすませて,論文読みの続き.
午後,Shaw教授から電話.「明日からフォールドに行くけど,準備はいいよね」 ということで,明日から4日間ほど,カルガリー方面へ氷床末端付近の氷底水流地形の調査にでかける.滞在記の更新はしばらくお休み. Shaw教授から再度電話.「よく考えたら予定は16日だったよね.なんでさっきの電話で言ってくれなかったの?君はtoo politeだよ...ハハハ」だって. ということで,出発は火曜日. |
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7月15日 (月) |
久しぶりにヒンヤリした朝.
帰宅時に自転車をこいでいたら,肋間神経に激痛が走る.例の持病が再発したかも.過労もストレスもないのになんで?連日の猛暑が効いたのかもしれない.明日から出かけると言うのに...
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Jun.2002後半 |
エドモントン滞在記 |
Jul.2002前半 |



お昼過ぎ,アルバータ州議事堂周辺で開催されている祝賀行事を見物に行く.軍楽隊の演奏や祝砲,議事堂の一般公開,野外演奏会など盛り沢山.
中でも,ウクライナダンスは非常に楽しかった.カナダにはウクライナからの移民が多いことは前にも書いたが,ウクライナ移民の子孫として民族衣装をまとって踊ってはいても,その若者達は皆カナダ人である.聴衆もそれを知っていて(知り合いの踊りを見にきたというのもあるだろうが),すばらしいパフォーマンスを見せる彼等に誇らしげである.

